四時半で仕事を終え、私は国会図書館を後にした。
通りには迎えであろう馬車が、数台待っていた。けれどうちの馬車はない。
帰りは迎えを頼んでいないのよね。歩いて帰るか、辻馬車で帰るかにしよう、と思ったからだ。
この辺りはあまり歩いたことがないから新鮮なのよねー。
そんなことを思いつつ、私は家がある方角へと歩き出した。
吹く風は昼に比べてひんやりしている。
まだ日が暮れるには早いけれど、太陽は傾き始めている。
夕暮れ前には帰らないとなー
辺りを散策してから、馬車で帰ろうかな。
そんな事を考えつつ、私は昼間の事を思い出していた。
アルフォンソ様、絶対いたと思うんだけどあれ、気のせいだったのかなぁ。
今度会った時に聞いてみようか……
どうせ明日とかに偶然を装って国会図書館近辺に現れるだろうし。
どこに寄り道しようかと考えながら歩いていると、目の前に立ちはだかる人物がいた。
この辺りでは見かけない、褐色の肌の背の高い男性……
黒いズボンに焦げ茶色のマントを羽織ったその人物は、私の行く手を阻むかのように立ちはだかっている。
たぶんだけど、この街に褐色の肌の人なんてひとりしかいないと思う。
「あ、あ、アルフォンソ……様?」
大きく目を見開いて私は、その男性の顔を見つめその名前を呼んだ。
「そろそろ様付け、やめてもいいんですよ、パトリシア」
そう言って微笑むアルフォンソ様の笑顔が少し怖い。
そんなこと言われてもなかなか難しいのよ、それ。だって、私は商人の娘でそちらは伯爵家の息子。身分差があるもの。
てっきり今日は現れないと思っていたのに、その考えは甘かったらしい。
執着心がすごいというべきか、恋心のなせる業というべきなのかわからないけれ、ど世の男性はこんな感じなのかなぁ。
ダニエルは全然違ったし、小説の中のキャラクターはここまでしてなかったと思うんだよね。
だから私、アルフォンソ様の行動が読めない。
私の想像を軽く超えてくるからだ。
私はアルフォンソ様の提案になんと言っていいのかわからず、目が泳いでしまう。
「え、あの……あ、あ、アルフォン、ソ……さん」
「はい、何でしょうか」
いや、何でしょう、は私の台詞なんですけど?
私は胸に手を当てて、大きく息を吸って息を整えてから言った。
「どうしてここに?」
「貴方をお迎えにあがりました。今日は朝が早かったので仕事がもう終わったのです」
それ本当ですかね?
でもそれを確かめる手立てはないので、
「そうなんですね」
と言うしかできなかった。
「日が暮れるのが早くなりましたし、その様子ですと馬車の迎えを頼んでいらっしゃらないでしょう? 送っていきますよ。もうしばらくしたらうちの馬車が来ますから、少し散歩をして待ちましょうか?」
なんでわかるんですか、それ。
あぁ、そうか。通りにいる馬車の中にどう見てもいないもんね、うちの馬車。
どの家の馬車もその家の紋章をつけているから、どれがどこの家の馬車か、なんてわかるものね。
でもアルフォンソ様は騎士の寮に住んでいるんじゃなかったっけ……?
なんで迎えの馬車がくるんだろう?
「アルフォンソ……さんは、騎士の寮にお住まい、なんですよね?」
小さく首を傾げつつ尋ねると、アルフォンソさんは頷く。
「えぇそうですよ」
「なぜ馬車が迎えに……?」
私の問に、アルフォンソ様は何も言わずただこちらを見つめるだけだった。
これは何も言うつもり、ない、ってことよね?
なにか用があったのかな……それとも私が迎えを頼まないことを見越して事前に呼んでいたとか?
……やめよう。考えたらいけない気がするから。
「何でもないです忘れてください。えーと、送ってくださるってことですもんね、よろしくお願いします」
内心納得はしていないけれど、とりあえずお願いするしかないよね。
でもふたりきりで馬車に乗るのかぁ……前に馬車に乗った時の事を思い出すとちょっと恥ずかしいんだけどな……
するとアルフォンソ様は私に手を差し出してきたので、すっと、その手を掴んだ。
アルフォンソさんは嬉しそうな顔になり、
「では参りましょう」
と言い、通りを歩きだした。