葉物野菜とハムをはさんだものと、苺のジャムのサンドウィッチ、それにオレンジジュースを買って私たちはロベルト様が向かっていった丘の階段を目指す。
すると彼は立ち上がってこちらに向かって大きく手を振っていた。
「おーい、こっちこっち!」
「わかりやすいけれどちょっと恥ずかしいね」
苦笑しながら言うセレナさんの言葉に私は頷く。確かに恥ずかしい。
だから早足で川を越えて丘に行き、にこにこと笑うロベルト様の所にたどり着いた。
「お待たせしました、ロベルト様」
「いいえ、突然お誘いしてすみません。ひとりで食べるよりも皆で食べる方が楽しいかと思いましたので。じゃあ、いただきましょう」
誘われたもののどう座ろう、と思っていると、セレナさんがロベルト様の隣に座ったので私はその隣に腰かけた。
心地いい風が吹く公園でご飯って、なんだか新鮮だなぁ。
そう思いつつ私は紙袋から買ってきたサンドウィッチを取り出した。
「いただきます」
「だいぶ涼しくなりましたねぇ」
そう言って、ロベルト様はパンをほおばる。
「そうですね。もうしばらくするとこの辺りの木も色が変わり始めて目を楽しませてくれますね」
セレナさんがそう答え、サンドウィッチを袋からだした。
そんなとりとめのない話が続いた後ロベルト様はこちらを覗きながら言った。
「パトリシアさんは、アルフォンソと知り合いなのですか?」
あ、あの日私が彼と一緒にいる所を見られたんだろうな。そうよね、ロラン様といる所を見ていたならそうなるわよね。
私は頷き答える。
「はい、そうです。えーと、ロベルト様はアルフォンソ様と訓練されていましたよね」
「えぇ、そうです。ロランさんと貴方が姿を現したら、手を止めて『会いたい人がいる』と言いだしてそちらに向かわれたんですよ」
あ、そうだったんだ。
会いたいって、私たち数日前にも会ってますよ? アルフォンソ様。結構な頻度で顔を会わせていると思うんだけどなぁ。
「アルフォンソ様……って確か、ロラン館長の弟さん、ですよね」
セレナさんが小さく首を傾げながら言う。
「そうです」
「あれ、たしかアルフォンソ様って確か婚約したけれどお相手が妊娠されたとかで騒動になったんですよね。噂聞きましたけどさすがにロラン館長には何にも聞けなくって」
それはそうでしょうね。
「ただ一時期雰囲気がすごく怖かった頃があったので、きっとあの時に色々あったんだろうな、っていうのはあるんですが。たしか六月だったか七月位」
そうそう、その通りです。いろいろあったのその頃です。
私はその話を聞きつつ、サンドウィッチをほおばる。やっぱりあの件からは逃げられないのかぁ。そんなに噂になってたのね。
「そうそう、アルフォンソはそれで好奇の目にさらされて休暇を出されたんですよね。見ていて痛々しかったですし。久しぶりに戻ってきて、だいぶ表情が変わったんですけど吹っ切れたんですかねー。領地の方に行っていたとは聞きましたけど」
私は何にも言えなくて、ひたすらサンドウィッチをもぐもぐとした。
言えない。あんなこととかそんなこととかこんなこととか……
アルフォンソ様に肩を抱かれた時や手の甲に口づけられた時のことを一気に思い出して、顔からボン、という音が聞こえた気がした。
「パトリシアさん、どうかした?」
「う? え? な、な、なんでもないですよ」
口を押えながら言い、私はジュースを飲んで口の中の食べ物を流し込んだ。
「婚約かぁ。私、まだそう言う相手いないですけど、ロベルト様はそういう話、たくさんあるのではないですか?」
セレナさんが話を振ると、ロベルト様は笑顔で首を横に振る。
「ないですよー。貴族といっても次男ですからね、二十二歳になりますけどそういう話は本当にないんですよ」
家督を継ぐのは長男って決まってるものね。次男は長男に何かあった時の控えになるけど財産わけたりとかできないから騎士になったり国の機関に就職する人が多いんだっけ。
だからアルフォンソ様も次男だから騎士になったんだろうな。やっぱり国の機関で働くのは収入が安定するし強いから。
場合によっては騎士として領地に行き、領主である父親や兄に仕えたりもするんだっけ。
女性だと二十二歳で未婚は焦り出す頃だけど、男性はなもう少し上でも問題ないものね。
「ロベルト様、色んな女性との噂、聞いてますよー? 商会の受付嬢を口説いていたとか、レストランの従業員とデートしていたとか」
からかう口調でセレナが言うので、私は内心驚き彼女とロベルト様の反応を見た。
え、大丈夫なの、そんな口きいて。
ロベルト様は大きな口を開けて笑い、
「あはははは、よく御存じですねー! でも俺、フラれてばかりですよ。『遊ぶのはいいけれど本気で付き合うのは無理』と言われてしまって」
「えー? そんなこと言われるんですか? 意外ですね」
私は国王陛下の血縁者であるロベルト様が、そんな軽い扱いであることに驚きなんですけど?
たぶんロベルト様の性格的なところになにか問題があるんだろうな……
ロベルト様はセレナさんの軽口を気にする様子は全くないし、内容を否定もしない。
「せっかくですから色んな人と色んな体験をしたいですからまあ、仕方ないですけど。結婚については親からせっつかれているので、かわすのが面倒です」
「それはどこの家庭もそうですよね。二十歳をすぎると途端に言われる数が増えますし」
私が言うと、ロベルト様とセレナさんが何度も頷く。
「そうそう、私もすごい言われるの。せっかく国会図書館で働いているんだから貴族や商人を捕まえろって。そうそううまくいくわけないじゃないの、ね?」
まあ確かにそうね。
「出会いはどこにあるかわからにけどなかなかねー」
私の頭にはアルフォンソ様の顔が浮かぶ。ほんと、何があるかわかんないわよね。
……もう、あの時の事は忘れたいけど無理よねぇ……
私、酔った勢いで何して裸でベッドに寝ていたんだろう……?
考えても未だに答えはわからない。
三人でお昼を食べた後、ロベルト様は立ち上がりながら言った。
「お付き合いくださりありがとうございました。ゴミは俺の方で片付けておきますよ」
と言って、手を出してくる。
「い、いいえ、そういうわけには……」
さすがに恐れ多いでしょう?
私とセレナさんが恐縮すると、彼は笑顔で言った。
「大丈夫ですよ! どうせ俺も捨てないとですから、一緒に処分しますよ」
そこまで言われ、私とセレナは視線を交わす。そして頷き合った後頭を下げて言った。
「ではあの……すみません、お願いします」
「ありがとうございます」
セレナさんと私は交互に言い、紙袋を差し出すと、ロベルト様はそれを受け取った。
そして彼は私たちに頭を下げ、
「ではまた!」
と言い、背中を向けて去っていった。
「気のいい方よねぇ。だからいい人で終わるのかしら?」
そんなことを言い、セレナさんは首を傾げる。
そうかな……そうかもしれない。
「あー、私たちも戻って仕事しますか、行きましょう、パトリシアさん」
「そうですね」
私はロベルト様が消えていった方角を見つめ、首を傾げた。
今、アルフォンソ様の姿が一瞬みえたような気がするんだけど……気のせい、かな?
遠くからこちらを見ていたような……
でも今、彼の姿は見えない。あんな目立つ容貌だし、見間違えることはないと思うけど。
変なの。