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第32話 お仕事が始まります!

 水曜日。

 今日から私はお仕事が始まる。

 アルフォンソ様の思い通りにことが進んでいるのが怖いけど、考えても仕方ない。家で暇を持て余したくもないし。

 私は紺色のジャンパースカートにブラウス、それにジャケットを羽織り、帽子を被って家を出た。

 ルミルアはもう冬に向かっていたけれど、こちらはまだ秋の入り口、という感じの陽気だった。

 木々の葉はまだ色が変わっていないし、吹く風もまだ冷たい、ってほどでもない。

 王宮はさすがにうちから遠いので馬車で送ってもらった。

 国会図書館の界隈にはたくさんの商店や国の施設がある為この時間は人通りが多かった。

 新しい場所で新しいお仕事をする、というのはドキドキするし緊張するし、楽しみでもある。

 私は、国会図書館の大きな建物を見上げて、大きく息を吸う。


「よしっ!」


 気合を入れて、私は国会図書館へと大きく足を広げて歩き出した。


 国会図書館の事務所に案内された私は、数十人ほどの従業員の方々の前で挨拶することになった。


「パトリシア=チュルカと申します、本日からお世話になりますがよろしくお願いいたします」


 そして私は頭を下げる。


「セレナさんとイヴァンさんから仕事を教わってください。おふたりともよろしくお願いいたします」


「はい、わかりました」


「はい、館長」


 言いながら前に出てきたのは明るく短い茶髪の女性と、赤い髪の男性だった。

 女性の方は私と同じくらい、二十歳前後だろうか。

 もうひとりの男性は、私よりだいぶ年上だと思う。三十手前とかだろうか。


「イヴァン=コッソリーニです」


 赤い髪の男性が手を出してくるので、私は微笑みその手を握る。


「よろしくお願いします」


「セレナ=カメリンです、よろしく」


「よろしくお願いします」


 ふたりと挨拶を交わし、私のお仕事初日が始まった。

 仕事の内容は、各省庁などから依頼された資料の用意と、返却された資料の整理、新しく用意する本の選定などだ。


「借りたい方が直接手続きされる場合もありますけど、量が多い場合はお届けに行きます。本、重いですからね。互いに行き来するために馬車がありますけれど数は充分ではないので、お届けすることがとても多いんですよ」


 そう教えてくれたのはセレナさんだ。

 話を聞いたら彼女は二十歳だという。ってことは私と同い年かぁ。


「資料の申請は具体的な本の名前が書かれていない場合が多くて、その場合は該当しそうな本を見繕って用意する場合もあります」


「それだと結構な量になることも多いのでは……」


「そうなんですよー。だからお届けにあがるし、資料を回収にも行くんですよね」


「何の為にそんなに本を用意するんですか?」


「法律をつくるための資料だったり、新しい技術開発に必要だったりするみたいですよ。他に、過去の国会の資料や他国の本もありますから参考にすることがあるようです。だから専門書に特化していて手に入りにくい本もこちらには多いんですよ。論文の資料を見るためにいらっしゃる学生さんも多いですよ」


 国会図書館に入ったことなかったからそこまで知らなかったなぁ。

 今日は受付と一連の仕事の流れを教わり、すぐにお昼の時間となる。


「国会図書館には食堂がないので、外で食べる形になります。今日は私と一緒に食べに行きましょう!」


 セレナさんの申し出を断る理由はないので、私は頷いた。

 時刻は一時前。

 国会図書館をでると近所には何軒もの食堂がある。時間も時間なので通りに人が多く、行列ができているお店もあった。


「どこも混んでるようですねぇ」


 私は視線を巡らせながら言った。


「そうですね。パトリシアさん、好き嫌いはありますか?」


「だいたいは大丈夫ですよ」


「ではあちらにパンの露店が出ているのでパンにしませんか? 色んなサンドウィッチが売っていますよ」


「露店なんて出てるんですね」


 私がいた図書館の界隈はそこまでなかったなぁ。露店て休みの日だけかと思っていたけど違うのね。


「たくさんの商店や国の機関がありますからねー。食堂がある所も多いですけど外で食べる方も多いからおのずとお店、集まるんですよね」


 セレナさんに案内されたのは、少し歩いたところにある公園前の通りだった。

 屋台でおじさんが元気な声で呼び込みをしている。


「ハムにチーズのサンドウィッチ、野菜のサンドウィッチなどありますよ!」


 私たちが屋台に近づくと、その前に屋台の前に立つ人がいた。

 金髪の男性で、黒い綿のパンツに茶色のマントを羽織っている。

 あれ、この人、この間アルフォンソ様と訓練していた人、よね。


「えーと、鶏肉のサンドウィッチとホットドッグとトマトとキュウリのサンドウィッチください」


 三つも頼むんだ。


「はーい、お飲物はいかがですか?」


 あ、飲み物もあるんだ。


「コーヒーください」


「はい、かしこまりました」


 店のおじさんはてきぱきとパンを用意し、それぞれを包み紙につつみ、紙袋に入れた。そして紙コップにポットのコーヒーを注ぎ、それを男性に渡す。

 男性は代金を支払いこちらを振り返ると、私たちと目があった。


「あれ、国会図書館のセレナさんと……君は、この間、ロランさんと一緒にいた人、ですよね?」


 男性はそう、にこやかな笑顔で言った。

 あ、見られてたんだ。


「あぁ、ロベルト様」


 そうセレナさんが呼んだ。様をつけるってことは貴族なのかな。騎士には貴族の子弟が多いからな。


「彼女は今日から国会図書館で働くことになったパトリシアさんです。こちらはロベルト=ブラッツィ様。国王陛下の甥にあたる方です」


 へぇ、国王陛下の甥……甥? ってことは公爵家のひとって、こと?

 驚き目を見開く私に向かって、彼は満面の笑顔で言った。


「初めまして、パトリシアさん。ロベルト=ブラッツィと申します。すみません、両手がふさがっていて手が出せませんが」


「え、あ、えーと、パトリシア=チュルカと申します」


 私は慌てて頭を下げた。

 すると彼は一瞬首を傾げた後、


「あぁ」


 と呟いた。

 この感じはもしかして、私のこと知ってる?

 まあ、貴族や商人の間じゃあ有名だろうからなぁ……あの、パーティーでの噂話を思い出したらそうなるわよね。


「ロベルト様、どうかされましたか?」


 セレナさんの不思議そうな声が聞こえる。私は沈黙の意図を理解してしまったので黙るしかなかった。

 彼ははっとした顔になると首を横に振り、


「なんでもないです、ふたりはこれからお昼ですか?」


 と言いだす。


「はい、そうですが」


「よろしければ一緒にいかがですか? 俺、あっちに席、取ってきます!」


 と言って、私たちの返事を聞かずに走り出してしまった。

 あっち、と言って走り出した先にあるのは、低い丘の斜面に作られた広く大きな階段だった。その階段の下には人工的に作られた川が流れていて、ちょっとした水遊びができるようになっている。

 さすがに時期が時期なので川遊びをする子供はいないけれど。

 見れば色んな人たちがその広い階段に腰かけて食事をとっていた。もしかしてその為にあんな階段をつくっているのかな。


「ロベルト様に誘われたのは初めてなんだけど、どうしたんだろう。そもそもばったり会ったのも初めてだけど……どうしますか、パトリシアさん」


「え? あぁ、大丈夫ですよ。悪い人ではなさそうですし」


「あはは、そうですね。悪い人ではないですね。なんといっても国王陛下のご親族ですし変な噂は聞かないです。少々軽い方らしく、色んな女性に声をかけるらしいですけど」


 いるわね、そういう人。パーティーでも見聞きしたな。

 にしても私、あの方にあったことないなぁ。私が行くパーティーにはいなかったってだけかな。

 まあ、週末になるとどこかしらで色んな口実でパーティーが行われていたし、誕生日のパーティーだって貴族の人数を考えたら全部行けるわけないしね。

 公爵家の息子でなおかつ国王陛下の甥なら人気ありそうだけど、指輪をしていなかったし結婚はしてなさそうだな。


「じゃあ私たちも買いましょう。すいませーん」


 セレナさんがおじさんに声をかけ、注文をしていった。

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