そして、翌日火曜日。
「あら、知らない間にそんなことになっていたの?」
私の友達であり、アルフォンソ様の従妹であるクリスティのお屋敷。
私たちは並んでソファーに腰掛けて、お茶にお菓子を楽しんでいた。
彼女にお土産を渡しに来たついでに、私はアルフォンソ様のいろいろを、クリスティに話した。
そして出た言葉が最初の言葉だ。
テーブルの上にはクッキーなどの焼き菓子がならび、ティーウォーマーにのせられた透明なティーポットがある。
私はクッキーを摘みつつ言った。
「そうなのよ。まさかあちらでアルフォンソ様に会うとは思わなかったわ。しかもお祖母様と知り合うなんて」
「それはそうよね。マルグリット様、お元気そうで良かった。旦那様を亡くして、ずいぶんと経つし。にしてもアルフォンソさん、そんな執着心をみせる人だったのねぇ」
感心したように言い、クリスティはお茶を飲む。
「それよ、それ! 執着!」
あー、すっきりした。
そうだ、執着心。
ホテルの前で私を待っていたり、手を繋いできたり、身体を寄せてきたり。絶対何かおかしいと思っていたけど……そうだ。執着心だ。
執着かぁ……そうかぁ……
クリスティは、私の言葉に少し驚いた顔をした後、苦笑して言った。
「わりと真面目な人という印象でしたけど、そうね、そういう人のほうが走り出すと止まらないのかしら」
「そういうことなのかなあ。私、お付き合いなんてしたことないからよくわかんないんだけど。アルフォンソ様と会ったのはクリスの誕生日が初めてだったし、なのにこんなに距離詰めてくるなんて思わなかったの」
「そうねぇ。まあ、お付き合いをしているのであれば執着心を見せるのは普通のことなのかもしれないけれど。まさか仕事の斡旋までするなんて意外だわ。ロランさんの下で、しかも国会図書館であれば王宮は近いものねぇ。会おうと思えば毎日会えるから。これ、絶対に逃げられないと思うんだけど、パティはそれで大丈夫なの?」
「え? 大丈夫って何が」
不思議に思いつつ私はマフィンにかじりつく。
クリスティはクッキーを摘んで言った。
「アルフォンソさんとこのまま結婚するの?」
言われて私は完全に固まってしまう。
結婚……結婚……
「あ……そうか、そうね……結婚……」
その言葉を聞くと私はモヤモヤとしてしまう。
ダニエルに婚約をなかったことにされたし、私、しばらく結婚とか考えられないかなぁ。
さすがに婚約破棄して一年も経たずに婚約はどうかと思うのよ。
しかも、婚約破棄された同士よ? そんなのありかなあ。
「アルフォンソさんの様子を聞く限り、いつの間にか婚約式を仕込まれて結婚までまっしぐらになりそうよ?」
「そ、そんなことある?」
さすがにそれはない……よね、って言いきれない。だって、私どんどん囲い込まれているもの。
お父様の伯爵様にお会いして、お祖母様であるマルグリットさんは……私が勝手に知り合ったんだ。ロラン様の下で働くことになって……
これはクリスティの言う通り気が付いたら婚約式が決まりそうな感じはある。
いや、でも。
「そ、そんなことあるわけないじゃないのー」
と、笑いながら言うけれど正直笑えなかった。
だって本当にあり得そうだから。大丈夫かな、アルフォンソ様。ちょっと怖いんだけど。
クッキーを三枚連続で頬張ったクリスティはティーカップを持ってそれを見つめて言った。
「まあパティから嫌そうな感じはしないし、楽しんだらいいんじゃないの? 付き合ったからといって結婚に至るわけじゃないんだから。皆さんの話しを聞くと、くっついたり離れたり忙しそうよ? どこの伯爵家の令嬢に男を奪われた、とか男爵家の息子に寝取られたとか五股かけられたとか色んな話が入ってくるから」
貴族の子弟たちは暇なのかな?
そう思ったものの今目の前にいるクリスティも貴族のひとりなのでぐっとこらえる。
「ほんと、皆さん暇そうよね。私はそんな暇ないから笑って話を聞くだけだけど」
そうだ、クリスティはけっこう口が悪いんだ。平気で毒を吐くし。
「あはは、そうね。他にすることないのかなあ」
「まあ、花嫁修業や親の跡を継ぐために領地で仕事してたりする人も多いんだけどね。恋だの愛だのにかける時間は他に持っているのでしょう」
「私、そこまで器用じゃないなあ」
なんで浮気とかできるんだろう……複数と付き合うとか器用というかすごいわ。
「私、婚約とかまだ考えられないなあ。だって、まだあれから三か月しか経っていないもの」
「そういえばそうね。そうそう、ダニーを寝取った彼女、他にもお相手がいたらしいから本当にダニーとの子供なのか疑わしいわね。彼女についてはアルフォンソさんと結婚しなくてほんと良かったわ。あんなのと親戚になりたくないもの」
それはダニエルの親族も思っていそうだなぁ。
ダニーの子供でなかったとしても、彼は受け入れそうだけど。頭お花畑だけど、優しい人だし。
子供が可哀想なことにならなければいいけれど。
にしても彼女、確か伯爵家の娘よね、貞操観念どうなってるのよ……
いや、まともだったらそもそも妊娠するようなマネ、しないかそうか……
あー、やっぱり王都にいるとそういう話、入ってくるんだなぁ。
クリスティもアルフォンソ様のいとこだから、例の件に関する色んな話、聞かされるんだろうな。
「そんな話あるんだ」
もう笑うしかないわ、そんなの。
「ねえ、クリスはそういう話ないの?」
何の気なしに問いかけると、クリスティの動きが一瞬止まった、ような気がした。
あれ、気のせい?
クリスティはにこっと笑って言った。
「今はそういう相手、いないわよ」
「そうなの?」
貴族だしたくさん縁談がありそうなのに、無いんだなぁ、意外。
首を傾げる私に、クリスティは満面の笑みを浮かべて言った。
「ねえパティも気をつけてね。お酒の勢いで寝てしまって既成事実作られるとかそういう馬鹿なまねはしないように」
そんなクリスティの冗談に、私はティーカップを落っことしかけた。