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第30話 新しい約束

 「あぁ、こちらに来るみたいですね、アルフォンソ」


 言いながらロラン様は柵に両腕をのせて下を見つめる。

 あ、やはりそうですよね。知ってた。ロラン様が私をこちらに連れてきたのはそれが目的ですよね。


「あの、ロラン様はアルフォンソ様から私のこと、どのようにうかがっているのですか?」


 それがとても気になる。

 まさかあの事は口外してないよね? でも兄弟だから話す可能性、あるわよね……そう思ったら落ち着かないんだけど?

 変な緊張を抱く私に対し、ロラン様はこちらを向いて微笑んで言った。


「あぁ、素敵な女性であると、伺っています。従妹のクリスティの誕生日パーティーで知り合ったと。相当酔っていらして絡まれたと、笑って話していましたよ」


「すみません、その事は忘れてくださいすみません」


 言いながら私は両手で耳を塞ぐ。

 それ、忘れたい黒歴史です。

 いや、重要なのはその後の話ではあるんだけど。


「あの、そ、そ、それ以外は……?」


「それ以外は、婚約者の件と、仕事を探しているようだから何かないかと相談を受けたくらいですね。とても仲良くしていただいている様で嬉しいですよ」


 そう言って笑うロラン様の言葉に嘘はない……よね? でも貴族だから嘘なんて簡単に言いそうなのよね。偏見だけど。

 それでも私はロラン様の言葉を信じるしかない。

 内心落ち着きなんてないけれど、私は張りつけたような笑顔を浮かべて言った。


「わ、私こそあの、とてもお世話になっております」


 お世話になっているというか、囲い込まれているというか。

 別に嫌ではないけれどなんていうか戸惑いが大きいんだけど。

 付き合う、ってああいうものなのかな。ダニエルの時と違いすぎてよくわからないのよね。


「あの見た目なのでなかなか良い縁に恵まれなくて、せっかく婚約が決まったと思ったらこれですからね。貴方の話をするアルフォンソはとても幸せそうなので安心しました」


 そ、そんな感じなんだ。私からするとアルフォンソ様は何考えているのかわかんないけど……好意を向けられているんだな、っていうのはわかる。

 アルフォンソ様、そんな風に私の事を人に話しているのね、不思議な感じだな。

 そんな話をしていると、背後から足音が近づいてくるのに気が付いた。


「兄さん、パトリシアさん、いらしていたのですね」


 振り返れば、鎧姿に剣をぶら下げたアルフォンソ様が立っていて、私たちの方に向かってうやうやしく頭を下げた。

 私もアルフォンソ様に向かって礼をする。


「ごきげんよう、アルフォンソ様」


「アルフォンソ、元気そうで何より」


 そう言ったのはロラン様だ。

 彼は柔らかい笑顔をアルフォンソ様に向けている。


「今日は彼女の面接と案内ついでにこちらまで足を伸ばしたんだ。ここには来たことないと言っていたから」


 それはそうだ。

 だってここ、一般の国民が用なんてないし、許可証が必要な領域だから入るわけないわよね。


「色々と見せていただいて楽しいです」


 実際、ここに来る前に国会にも立ち寄ったし、王宮内を見られたのはとても貴重な体験だった。

 私の答えにアルフォンソ様は嬉しそうに頷き、


「それはよかたったです。貴方にとても合う仕事だと思ったので」


 と言った。

 そうですね、確かにこの仕事はとても合うと、自分でも感じる。

 本と関わる仕事だし、目新しい本がとても多いからだ。

 元の職場に戻りにくいし、それを考えると別の仕事を探すしかなかったものね、私……

 花嫁修業は今やる気ないし。両親も好きにしていいと言ってくれたから私、好きに生きるんだ。


「アルフォンソ様が進言してくださったとうかがいました、ありがとうございます」


 言いながら私は頭を下げる。

 これも囲い込みでは、と思うけれどそんなこと、今は置いておこうと思う。鈍感力って時には大事よね。

 するとアルフォンソ様は首を横に振り、


「図書館で働いていらっしゃったとうかがっていましたし、向いていると思いましたので」


 と言った。

 たしかにそうね。

 仕事を探さなくて済んだのはとてもありがたい。

 するとロラン様が柵から離れ、こちらを向いたかと思うと頭を下げて言った。


「仕事がありますのでパトリシアさん、アルフォンソ、俺はこれで失礼します。」


 え、嘘でしょ? もう行ってしまうの?

 どうしよう、ふたりきりにされても困るんだけど……

 ここからどうやって出たらいいのか、経路全部憶えてないですよ? ちょっと自信ない。

 ロラン様は困惑する私を置いて、背中を向けて去って行ってしまった。

 後に残されたのは鎧姿のアルフォンソ様と私だけだ。

 下の広間では騎士たちが訓練をしているようで、金属がぶつかり合う音が響く。

 ふたりきりにされるとなんだか気まずいんだよな……

 どうしようかと思っていると、アルフォンソ様が私の前までやってきて言った。


「国会図書館は大丈夫そうですか?」


「あ、はい。余り知らない世界なので楽しみです。今までと違って専門書とか多いですし」


 知らない世界は怖いものではあるけど楽しみでもある。

 私は何かしゃべらないと、と思うけれど何にも出てこなくて黙り込んでしまう。

 何話せばいいの、どうしよう……

 思わず俯いて頭の中でぐちゃぐちゃと考えていると、アルフォンソ様が言った。


「ここでまたお会いできて嬉しいです。手紙を出す手間が省けました」


「そう、ですね。私も使いを出さなくて済みました」


 言いながら私はなんとなく腑に落ちない気持ちになる。

 もしかしてアルフォンソ様が私を国会図書館に引き入れたのは、そういう理由もある……?

 用意した本や資料などを届けるのも仕事らしいし、国会図書館と王宮は近いですもんね。王宮に届け物をすることもあるそうだから絶対顔を会わせる頻度、高いよね。

 絶対それも計画の内でしょう?

 そこまでして私を囲い込もうとするの、怖いしすごいし。こういうのなんて言うんだっけ……?

 えーと、言葉がでてこない……うーん、まあいいか。

 明日、クリスティに会う約束してるし、その時に話そう。

 で、明後日からお仕事だ。


「日曜日はお休みですよね。俺も休みなのでお会いしませんか?」


 その申し出を断れるわけはなく、断る理由もなくて私は頷いた。


「大丈夫ですよ。でもどちらに行かれるんですか?」


「郊外の広場にサーカスが来ているのご存知ですか?」


 そういえば、そんな話を聞いたような……?

 そこって水遊びもできて人が集まる憩いの場なのよね。

 広いひろい広場で、大きな遊具もあるんだっけ。小さい頃、何度か連れて行ってもらったことがある。


「サーカス、ですか?」


「大道芸や動物たちのショーが見られるそうです。チケットを頂いたのでご一緒にいかがですか?」


「あ、はい、大丈夫ですよ」


 頷き答えると、アルフォンソ様は嬉しそうに頷き言った。


「そうですか。では日曜日の午前十時頃、お迎えに行きますがよろしいですか?」


「あ、ありがとうございます。家の者に伝えておきますね」


「夕方までお付き合いいただいてもよいですか? せっかくですから、他にも一緒に見て回りたいのですが」


 もちろん予定なんてないし、断る理由も何もないから私は微笑み答えた。


「はい、大丈夫ですが……どちらに行かれるんですか?」


「貴方と一緒ならどこへ行っても楽しいかと思いますが、天幕のショーを見に行きませんか?」


 天幕のショー?

 天幕ってつまり、テントよね。大きなテント……サーカスが思い浮かぶけどでもサーカスは行くわけだし……

 いったいどういうことだろう?


「それってどういうものですか?」


「俺も初めて見るのでどういうものか、と聞かれるとよくわかりませんが、とても綺麗らしいですよ。楽しみにしていてください」


 なんて言われたので、私は頷くしかできなかった。


「わかりました。ところであの、アルフォンソ様」


「なんでしょうか」


 私は顎に人差し指を当てて、苦笑しつつ言った。


「どうすれば、外に出られますか?」


 するとアルフォンソ様は一瞬驚いた顔をした後言った。


「送っていきますよ。ここ、攻め入られた時のために複雑な経路になっていますからね」


 あぁ、そうか。だからなんだか道が変だったのか……

 振り返った時、どっちから来たのかよくわからなかったものね。


「すみません、お願いします」


 言いながら私は深く頭を下げた。



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