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第29話 騎士たちの訓練所

 国会図書館の周囲には国の機関が固まっている。

 国会議事堂に王宮、それに各省庁だ。

 中央に王宮があり、それを囲うように円形に国の機関が配置されている。

 王宮の周りは森とお堀に囲まれていて、森には国民が自由に入れるけれど、お堀の向こうには入れない形になっていた。

 年に一度、新年だけは国王陛下が挨拶のためにバルコニーに出るため、特別に国民も王宮の一部に入ることができる。

 人、すごいのよね。

 騎士たちの寮も、王宮を取り囲む円の中にある。

 騎士は王宮の守護の他、儀式の時の儀状隊の役割を担うし国王一家が遠出するときは必ずついていく。

 それに以前、アルフォンソ様がおっしゃっていたように、貴族に何か事件が起きた場合の捜査も騎士が担うらしい。

 貴族ってそんなにたくさんいるわけじゃないけど、不倫や隠し子の話は色々と飛び交うし、場合によっては傷害事件や殺人に至ることもある。

 そして今、私はアルフォンソ様のお兄様であるロラン様に連れられて、王宮内にある騎士の訓練所にいた。

 誰でも見学できる場所ではないんだけど、ロラン様が一緒なので入るのは容易だった。

 入ったことのない場所に来て、私はすごく緊張していた。

 大丈夫なの、これ。

 悪目立ちすることはないけれど、でも居心地の悪さは感じる。

 王宮って広いのよね。

 騎士や兵士の詰所もあるし、こういう訓練所もある。それに畑もあるし馬を飼っているから牧場もあったりする。

 さすがにその全てを見たことはないけれど。


「アルフォンソは今、訓練所の方にいるはずです。休暇期間がありましたので、現場復帰は少し先になるそうですよ」


「そ、そうなんですね」


「貴方の話も存じ上げておりますよ、パトリシアさん。大変な思いをされましたね」


 ロラン様の言葉が何を表しているのかすぐに察し、私は苦笑しかできなかった。


「結婚後の不倫はよく耳にしますが、まさか婚約式の後にあのようなことになるとは思いませんでした。私は同席をいたしませんでしたが、謝罪にみえられたレニー伯爵ご夫妻はずいぶんと疲弊されていたようです」


 レニーって誰だっけ……あぁ、思い出した、私と婚約していたダニエルと浮気して妊娠した伯爵家か。

 うちにも来たな……そういえば。


「うちにもいらっしゃいました。過分な慰謝料をいただきましたけど……確かに見ていられない感じでしたね」


 当の本人は何が悪かったのかわかっていなかったみたいだし。

 もう、あれから四か月くらい経つのかな。六月位だったし。私、本当ならもう結婚していたはずなのよね。

 今思えばそのまま結婚しなくてよかったのかな、って思うけど、なんだかなー、という思いは消えないでいる。


「あぁ、そうでしたか。まさかあのような事態になるとは思わず、かなり噂が流れて大変な思いをいたしましたが、アルフォンソは貴方と出会ってからだいぶ落ち着きました。感謝しています」


 ……落ち着いた、の? まあ……そうね、最初にお会いしたときは結構暗かったものね。

 いったい私とアルフォンソ様の間に何があったのかいまだにわかっていないんですよ。なんて言えるはずはなく、私はひきつった笑いを浮かべるしかできなかった。


「そ、そうなんですね。まさかあの、休養で訪れた地でアルフォンソ様やお祖母様であるマルグリットさんにお会いするとは思いませんでした」


「あはは、祖母は隠居して自由気ままに暮らしておりまして。貴方と知り合って楽しかったと、手紙が来ておりました」


 そうなんだ。楽しかった、と感じてもらえていたの、ちょっと嬉しい。

 マルグリットさんとはたくさん話したなぁ。

 ルミルア地方の想い出は楽しいものばかりだ。

 また会いに行きたいな。そうだ、私もお手紙書こう。


「私も、楽しく過ごすことが出来ました。またあちらに行きたいと思います」


 それはお世辞ではなく本音だった。

 するとロラン様は嬉しそうに頷き、


「ぜひ足をお運びください。冬は雪に囲まれてしまいますが、春は美しい祭りが行われますよ」


 それにちょっと心惹かれるのよね。雪も気にはなるんだけど。

 王宮内を歩き、大きな建物の中に入ると金属がぶつかり合う音が聞こえた。

 これは剣がぶつかり合う音、かな?

 ロラン様はその建物の二階に上がっていく。


「ここは訓練所です。騎士たちが普段鍛錬をしています。騎士は警備などの任務がありますが、ない者はこちらにいるはずなので、アルフォンソもこちらかと」


「アルフォンソ様、任務はないのですか?」


「今日から騎士に復帰なので。しばらくは任務からは外されるかと」


 そういうものなのね。

 私はロラン様に連れられるまま、階段を上っていく。


「ここからなら全体が見渡せますから、すぐにわかると思いますよ」


 階段を上った先には柵があって、下が見渡せるようになっていた。

 かなり広い、学校の体育館のような広い空間で、十人ほどの男性たちがふたりずつ向かい合い、剣を手に模擬戦をしているようだった。

 あ、よく見ると槍の人もいるし、短剣を両手持ちしてる人もいる。

 それに女性もいるの、かな?

 騎士って男性ばかりかと思っていたけどそうでもないのね。

 ロラン様の言う通り、アルフォンソ様がいるのはすぐわかった。

 皆同じ金属鎧を着ているけれど、顔を隠していないからだ。

 黒髪ってそもそも珍しいもんね。

 相手は金髪の男性だった。

 たぶん、私たちより少し年上だろう。

 アルフォンソ様が戦っているのを見るのは不思議な気持ちだな。

 剣がぶつかり、せりあい、そして離れて。

 どちらも疲れた様子はないけれど、金髪の男性の方が余裕を感じる。

 私は剣術のこと、何にもわかんないけど、戦う姿ってかっこいいんだな……

 そう考えて私は顔が熱くなるのを感じ、鼓動が早くなっていくのを自覚する。

 やだ、私、もしかしてときめいてる?

 きっと、初めて見るからよね。スーツ姿かラフな私服姿しか見ないから。

 でもやっぱりかっこいいな、アルフォンソ様。

 立ち合いが終わったのか、アルフォンソ様と金髪の男性は向かい合って頭を下げる。

 これ、どっちが勝ったとかあるのかなぁ。

 全然分かんなかったけど。

 アルフォンソ様は息をついて首を振ったかと思うと、ふいにこちらを見上げた。

 あ、目が合った。

 彼は私に向かって軽く一礼をするとスタスタと歩き始めた。


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