そして、二十日の日曜日。
私は久しぶりに王都の地を踏んだ。
まだ紅葉が始まったばかりの木々の葉に、吹く風は少しひんやりする。だけどそこまで冷たくはない。
家に帰ると、両親たちの大歓迎を受けた。
「パトリシア、お帰りなさい! もう戻ってこないかと思ったわ」
と言いお母様が私に抱き着いてきた。
「そんなことあるわけないじゃないの」
苦笑して答えた私に、お父様が話しかけてくる。
「ところで手紙にも書いたが、王宮での仕事の話、受けるということで返事をしているが……本当に大丈夫なんだな?」
不安げな顔で言うお父様に、私は大きく頷き言った。
「えぇ、大丈夫よ。ところでどんな仕事なの?」
「国会に図書館があるんだが、そこの管理業務だ」
図書館なら以前も働いていたからちょうどいい。
私は頷き、
「わかりました。面接はいつですか?」
「さっそくで申し訳ないが、明日には行ってもらいたい。そちらを管理しているのは、ロラン=フレイレ様。フレイレ伯爵家のご長男だ」
ちょっとお父様、今なんておっしゃいました?
私は、お父様に言われた言葉の意味を理解するのにとても時間を要した。
翌日。
茶色のジャンパースカートに白いブラウス。それにケープを羽織って私は図書館へと馬車で向かった。
国会図書館。それが私の新しい職場になる予定の場所だ。
一般の図書館と違い、いわゆる資料保管の面が強い図書館となる。だから学術書や専門書が多く保管されていて、古文書も多くてそれらの研究も行われている機関だ。
国会図書館なので一般人の利用者は少ないらしい。
議員や役人たちの求めに応じて資料を探すのが主な仕事になるらしい。
国会図書館は三階建ての大きな建物だった。
ここで働くのかぁ……
にしても館長がアルフォンソ様のお兄様ってどういうことよ?
もしかして、アルフォンソ様が仕組んでる?
王都に戻ったらどうのこうの、って言ってたけどまさか……
結局私はアルフォンソ様の手の中で踊らされてしまう運命なのね。
もう、なるようになれ。
私は意を決して、図書館の扉をくぐり受付の方に面接に来た旨を伝えた。
通されたのは応接室だった。
館長はすぐに来る、と言われ、ソファーに腰掛けて待つよう言われた。
あー、緊張するなぁ……
アルフォンソ様のお兄様ってどんな方なんだろう……
出されたお茶を飲みつつ数分経った頃、扉を叩く音がした。
「失礼致します」
くぐもった男性の声がして、私は扉が開くと同時に立ち上がった。
入ってきたのは、金髪碧眼の若い男性だった。
黒いスーツに身を包んだ彼がアルフォンソ様のお兄様なのね。
彼はにこやかに微笑み言った。
「はじめまして、パトリシア=チュルカさん。私がここの館長であるロラン=フレイレでございます」
そして私の前に立つと右手を差し出してきた。
「はじめまして、パトリシアです」
言いながら手を出し、頭をさげる。
握手を交わしたあと、座るよう促されたので私はソファーに腰掛けた。
ロラン様も私の向かいに座る。
すると、計ったように扉を叩く音がして、女性がロラン様にお茶を出す。
彼女が去ったあと、ロラン様は私に頭を下げながら言った。
「本日はお越しいただきありがとうございます。急な話を受けていただき本当にありがたく思っています」
うわあ、貴族の跡取りに頭を下げられるの、恐れ多いですけど?
私は慌てて首を横に振って言った。
「い、いいえ、こちらこそお声をかけてくださりありがとうございます」
「弟のアルフォンソから話は伺っております」
ですよね。
「あ、そ、そうなんですね。アルフォンソ様にはとてもお世話になっております」
「今回の話も、弟からの推薦がありまして、それでチュルカ氏に使いの者をだした次第です」
やっぱりそうなのね……アルフォンソ様、侮れない。
まあ仕事探そう、て思っていたし図書館であれば迷うことなんてないけれど。
こうやって囲い込まれるとは……
そもそもここ、騎士の寮が近いのよね。
全部計算……? だとしたらすごすぎじゃないの。
「ひとりスタッフが妊娠で急にやめることになってしまって。とても助かります」
妊娠しただけで辞める……かなあ……
わりと妊娠してもしばらく働く人、多かったりするけど……
何か別の事情がありそうだな、と思いつつ、私は頷き話を聞いた。
「ということは採用、ですか?」
「はい。以前図書館で働いていらしたのですよね? ならばなれていらっしゃるでしょうし、問題ないかと思います」
見てる側が惚れてしまいそうな、素敵な笑顔で言われ、私は内心苦笑しつつ頷いた。
アルフォンソ様のお兄様……顔付きは確かに似てるけど、こうして見るとアルフォンソ様の見た目は誰とも同じではないのね。
そりゃ、子供の頃は色んなこと言われてしまうわよね……
異質を嫌うから。
昔は各家庭で家庭教師を雇っていたけど、今は専用の学校があって皆そこに通うから尚更目立っただろうなあ……
そんな事を思いつつ、私は仕事の事を質問した。
「そうしましたら時間や日数などの事を教えていただきたいのですが」
「時間は基本、八時半から四時半までです。図書館自体は六時まで開いていますが、資料の申し込み締め切りが四時なので、その時間までにしています。週に四日、土日は基本、役所が閉まっているのでお休みになります。それと……」
給料の話や休みの話など説明を受け、そのまま図書館や周辺を案内していただくことになった。
「用意した資料を役所や王宮、国会へと届けるのですが、距離があるし資料は重いのでロバを利用しています。一日に三回、各部署に資料を届けています」
「資料を届けるのはそんなに多いんですか?」
「日にもよりますね。それ以外にも古文書の収集や解読もありますのでやることは多いですよ。失礼ですが、パトリシアさんは古代文字は読めますか?」
「あ、はい。少しなら、ですが」
古代文字は学校で習いはした。だけど触れる機会がないからちゃんと読めるか、と言われるとかなり怪しい。勉強し直さないとな……
「そうですか。読めるようになるとまた楽しいと思いますから、時間がありましたら学び直してみるといいかと思います」
穏やかに話す声は、アルフォンソ様によく似ている。
これ、目を閉じたらアルフォンソ様と聞き分けできないかも……
「弟には会いましたか?」
「え? あ……あ、え? ア、アルフォンソ様、ですか?」
「えぇ。今、アルは騎士の寮におりますが」
「こちらに戻ってからはまだお会いしていないです。寮は女性禁止ですし、昨日、ルミルア地方から戻ったばかりなので」
「あぁ、そうでしたか。ここで働いていたら顔を合わせる機会は多くなると思いますよ」
そうですよね、やはりそうですよね。
絶対これ、仕組まれていますよね?
アルフォンソ様……まさか私の就職にまで関わってくるなんて。これからほんと、どうなるんだろう?