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第27話 ラリーのお仕事

 その日の夜は私がラリーを預かることにして、翌日の夕方、レイチェル、アルフォンソ様と一緒に博物館へ連れて行くことになった。

 レイチェルは学校があるそうなので、それが終わってからホテルの前で待ち合わせ、という話になった。


「ラリー、また明日ね!」


 花火を見たあと、アルフォンソ様が送っていく、ということでレイチェルはラリーとハイタッチして嬉しそうに出て行った。


「ではパトリシア、また明日」


 と言い、アルフォンソ様は私に手を振る。

 ふたりが去ったあと、私はラリーを振り返って言った。


「ねえラリー、ひとつ聞いていいかしら?」


「うん、何?」


 期待に満ちた目で見つめられるけど、そんな大した話ではないんだけどな……


「ラリーはいつからお喋りできるようになったの?」


「えーと、ずーっと昔です! リアーナがまだ小さい時に。リアーナ、病気がちで家に引きこもっていて、友達がいなくて、それで両親が僕をプレゼントしたんだ!」


 そう語ったあと、ラリーは俯いてしまう。


「リアーナ、ずっと一緒だった。でも僕、知らなかったんだ。人間が死んじゃうってこと。リアーナがいなくなって、僕、さみしくて、でもレイチェルが今度は遊んでくれるって、いっぱいお話するって約束したのに……僕は博物館に入れられちゃった」


 ラリーの声にどんどん悲しみの感情が帯びてくる。

 死を知らなかったか……それはそうか、ぬいぐるみは死ぬこと、ないんだから。


「リアーナさんのご両親は亡くなられているんじゃあ」


「だって、死体ってものみてないし。今まで一度もみたことなかったからリアーナの死体が、初めて見た死体だったから」


 あーそうか、リアーナさんのご両親が亡くなられたとしてもリアーナさんがご結婚されたあとならわざわざ葬式とかにぬいぐるみを連れて行かないわね……

 だから死が、ラリーにとって遠いものだったのか。

 そして死を知ったのは大切なリアーナさんが亡くなった時……

 それは切ないなあ。


「なんでリアーナが動かないのかわからなかった。花に囲まれて動かなくて。レイチェルが教えてくれたんだ。リアーナは死んじゃって、天国に行ったって。死ぬのがわかんなかったから、もっと死ぬを知っておけば僕もリアーナと死ぬを選べたのに、僕だけおいていかれちゃった」


 俯いたラリーから雫が零れているような気がした。

 ……ぬいぐるみって泣けるんだ……

 泣くぬいぐるみにどうしたらいいのかなんてわからず、ちょっと考えてから私はラリーの前にしゃがんでその頭をそっと撫でた。




 翌日。

 私はラリーを抱えてホテルを出ると、玄関のところに茶色のワンピース姿のレイチェルと、黒のズボンにシャツ、それに黒いマントを羽織ったアルフォンソ様がいた。

 今日はさすがにスーツではないのね。


「お待たせいたしました」


「ごきげんよう、パトリシアさん!」


 ニコニコ顔で挨拶をしたレイチェルに、私は動かないラリーを手渡す。

 すると彼女はラリーをぎゅっと、抱きしめて言った。


「じゃあ行こう、博物館に!」


 そして彼女は元気よく歩き出した。


 昨日にぎやかだった通りはまるで何事もなかったかのように、閑散としていた。

 舞台は解体され、通りも綺麗に片付けられている。昨日までの祭りがまるで夢みたいだな。

 歩くと距離があるので、私たちは辻馬車に乗り教会へと向かった。

 教会の前には観光客の姿がそれなりにあったけど、明らかに人の数が減っているように思う。

 祭りが終わるといっきに冬の準備が始まるって言っていたっけ。

 確かに向こうに見える山は灰色の雲が覆い、雪でも降っていそうだし、吹く風がはっきりと冷たくなっていると感じる。


「ラリー、楽しみだね」


 レイチェルは満面の笑みを浮かべてラリーに話しかける。だけどラリーは動かない。ただのぬいぐるみになっている。

 じっとしてると小さくなって、動き出すと大きくなるの、なんでだろう……

 そんな疑問を抱くけれど、きっとその答えはわかんないだろうと思い言葉を飲み込む。

 私たちが入り口に入ると、カウンターに受付の女性が座っていた。その女性は私たちを見ると、ニコニコと笑い言った。


「いらっしゃいま……って、あれ?」


 受付に座る女性は、レイチェルを見て何度も瞬きを繰り返す。

 彼女はレイチェルが抱えるぬいぐるみとレイチェルの顔を交互に見て、


「え、あ……あ……え?」


 という、素っ頓狂な声を出す。

 まあ驚きますよね、展示していたはずのぬいぐるみ、きっと行方不明になっているはずだし。なのにそのぬいぐるみは今、レイチェルが抱きかかえているんだもの。


「え、でも昨日、レイチェルちゃん、来てないって……え?」


「すみません、司祭様にお会いしたいのですがお手すきでしょうか?」


 アルフォンソ様が静かに言うと、彼女はびくん、と身体を震わせて頷き動揺した声で言った。


「あ、あ、あ……あの、えーと、はい、会堂の方にいらっしゃるかと思いますが……」


 女性は、戸惑った顔をしてレイチェルとアルフォンソ様の顔を交互に見る。


「あ、あの……ラリーは昨日、行方不明になったんですがあの……なぜレイチェルちゃんがその子と一緒に……?」


 戸惑いと、不安の色も見えるなぁ……それはそうよね、私だってにわかに信じがたいもの。


「えぇ、その事も含めて司祭様にお話があってまいりました」


「あ、は、はい、あの……はい、中にどうぞお入りください」


 女性に促されて、私たちは会堂の方に入る。

 静けさに包まれた会堂に、人は少なかった。


「おや、アルフォンソ様、ようこそお越しくださいました」


 司祭様はにこやかに笑い、私たちの方に歩み寄ってくる。

 そしてレイチェルと彼女が抱えるぬいぐるみを見て言った。


「おや、やはりおうちに帰っていたのですが、ラリー」


「そうなんです。ちゃんとラリーはうちに帰って来たんです」


 そうレイチェルは言い、ぎゅっと、ラリーを抱きしめる。

 考えてみたら家の場所わかったのすごいよね。

 どうやって帰ったんだろう。帰巣本能?

 司祭様はニコニコと笑ってレイチェルの話を聞いている。


「それで、ラリーはまたこちらにいる予定ですか? それともおうちに帰るのですか?」


 司祭様の問いかけに、レイチェルは私たちを見上げた。


「そのことで司祭様、お話があるのですがどこか別室はございませんか?」


 アルフォンソ様が言い、司祭様は頷き言う。


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 そして会堂の奥へと向かっていった。

 会堂を出て廊下を歩いた先に、応接室みたいな部屋があった。

 ソファーにテーブルが置かれただけのシンプルな部屋だ。

 向かい合っておかれているふたり掛けのソファーのひとつに司祭様が腰かけ、私とレイチェルは向かい側に腰かけた。

 そしてアルフォンソ様は司祭様の隣に座る。


「飲み物を用意させておりますのでしばらくお待ちください。それで、お話というのは?」


「ラリーをここで働かせてほしいのです」


 アルフォンソ様が身体を司祭様の方に向けて言った。

 なんだか緊張するな……

 ドキドキしつつ私は司祭様の表情を見る。

 ちょっとお揃いたような顔をした後、笑いながら司祭様は言った。


「面白いことをおっしゃいますね、アルフォンソ様。それは構いませんが、ラリーはなんと言っておりましたか?」


「僕、働く! 働いたらいっぱいおしゃべりできるでしょ?」


 ばっと、レイチェルの腕から飛び出したラリーは、ソファーの前におかれたテーブルの上にちょこん、と座った。


「ラリー! テーブルの上は座っちゃだめなんだよ!」


 そう声を上げて怒ったレイチェルが、ぐわし、とラリーの身体を抱きしめてソファーにひきもどし、隣に座らせた。


「そうなの、知らなかった!」


 ラリーは恥ずかしげに頭に手を当てる。


「おしゃべりするところ、初めて見ました。こんにちは、ラリー」


「こんにちは! 司祭様。僕、何ならできるの?」


「そうですねぇ……」


 司祭様は顎に手を当てて、ラリーの顔を見る。

 ラリーとレイチェルは期待に満ちた目で司祭様を見つめていた。

 熊のラリーにできる仕事って限られるよねぇ……


「来館者のお相手をお願いしていいですか? 来館者とお話したり、展示物の説明をします。その為に少し、展示物について覚えていただきたいですが大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ! だって僕、皆がいなくなった後に展示のやついつも見てるし、説明文も読んでるから!」


 と言い、ラリーは胸を張る。

 あ、字も読めるのね。すごいな、ラリー。


「リアーナに字、教わってたんだよ!」


 あ、そういう事なのね。


「ではよろしくお願いします、ラリー。では貴方のために部屋を用意しましょうか」


「ねえねえ司祭様! 私、ラリーに会いに来ても大丈夫?」


「大丈夫ですよ。ちゃんとお休みの日も作りましょう。アルフォンソ様が後見人、ということでよろしいでしょうか?」


 あぁそうか、働くとなるとそういう存在、必要よね。

 アルフォンソ様は頷き、


「大丈夫ですよ」


 と言った。

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