「ところでおふたりはなんで僕に声をかけて来たんですか?」
「えーとそれは……」
と言い、私はアルフォンソ様の方を見てしまう。
これ、なんて言えばいいんだろう。
あとをつけて来たって言うのはなんだか気がひけるんだけど……
「博物館で見かけた貴方が歩いているのを見かけたので、追いかけてきたんです」
アルフォンソ様が事実をありのままに言ったから、私は驚いて目を見開いてしまう。
え、いいのそれ。それ言って大丈夫なの?
ラリーの方を見ると、彼は目を瞬かせて言った。
「あれ、そうなの? ごめんね、覚えてなくて……でもおふたりは驚かないんだね! リアーナの子供たちは、最初は一緒に遊んだりしていたけど、大人になったら相手にしてくれなくなって、怖がったりしたのに」
そしてまた、寂しそうな顔になる。
でしょうね。
それを責める気持ちにはならない。
「そういう人もいるでしょうし、リアーナさんと同じように貴方を受け入れる人もいるでしょう。人はわからないものを怖がるものですから」
確かにそうね。わからないって怖いことだもの。そしてラリーがなぜ喋って動くのか、誰も説明できないだろうから。
「そうだね。レイチェルは僕と遊んでくれるから! だから僕、レイチェルのこと大好きなんだ! でもレイチェルと遊べなくて哀しいんだ」
そしてまた、ラリーはしょんぼりしてしまう。
熊のぬいぐるみは玩具だもんね。人と遊べなかったら確かに寂しいんだろうな……でもだからってどうしたらいいんだろう?
このままここにいて、レイチェルたちが帰ってくるのを待っているわけにはいかないよね。
うーん、どうするのが正解なのかな。
太陽は傾き始めて、空がオレンジ色に染まり始めている。
夜も祭りは続くから、お屋敷の人が帰ってくる可能性は低いんじゃないかな……
そう思った時だった。
「あの……うちの前に何か……?」
遠慮がちな男性の声がして、私は慌ててラリーを抱きかかえた。
隣りにいるアルフォンソ様は立ち上がって言った。
「すみません、祭りの喧騒を避けて少し休んでいました」
「……おぉ、貴方は伯爵家のアルフォンソ様ですね。このような場所でお会いするとは思いませんでした」
こういう時、目立つ容貌は便利なのかもしれない。じゃなくちゃ私たち、ただの不審者だ。
私はラリーを抱きかかえて立ち上がり、声がした方を振り返った。
そこにいたのは私と同じようなドレスを着たご婦人たちとスーツ姿の男性、それにドレス姿の女の子と熊の着ぐるみ姿の男の子だった。
女の子は、博物館で出会ったレイチェルだ。彼女は私の方をじっと見つめ、ハッとしたような顔になる。けれど声を全然出さなかった。
博物館で彼女はラリーに話しかけていたもんね……きっと、私が抱えるぬいぐるみがラリーだって気が付いているだろう。
でも親の手前、何も言えないのかもしれない。
「申し訳ございません。もう、祭りも終盤ですし僕たちは戻って花火を見ようと思います」
「そうでございますか。我々は家のバルコニーから花火を見ようと思い、戻ってきたところです。祭りが終われば冬が参りますね」
「あの、お父様!」
レイチェルが声を上げ、皆の視線が彼女の方を向く。
大人たちに注目されて一瞬ひるんだみたいだけど、彼女は父親の方を見て言った。
「あの、私、お外で花火見たい!」
「ひとりでは危ないよ、レイチェル。暗くなるとサンドマンがお前たち子供をさらってしまうから」
そう、心配そうな声で男性は言った。
サンドマンって何だろう……私が住む王都では聞かないな。
でもきっとおとぎ話か何かだろう。
子供が夜、外に出ないよう聞かせる怖い話系かな。
「でも、私、お外で見たいの、ねえお願い」
レイチェルは必死みたいだった。
これって私たちについてきたい、ってことかな?
どうぞって言いたいけど、私が何か言ったところで信用されないだろうしなぁ。
「僕たちが一緒についていますよ。彼女とは先日会っていますから、顔見知りですし」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。
するとレイチェルの両親は顔を見合わせ困ったような顔をする。
まあそうよね。相手はここを収める伯爵の息子。彼の申し出を断るなんて、領民である彼らにはそう簡単にできないだろう。
とはいえ、彼らはアルフォンソ様についてよく知らないだろうから、大丈夫か心配なんだろうな……
「そうなの、お父様、お母様! 私、アルフォンソ様のこと知ってるよ! だから大丈夫、お願い!」
必死な様子でレイチェルは両親の方を交互に見ながら言った。
博物館で顔を合わせたとき、彼女は逃げるように行ってしまったからそれは嘘なんだけど……嘘をついてでも私たちと一緒にいたいんだろうな……
様子を見ていると、ご両親は困った顔のまま頷き合い、レイチェルの方を向き言った。
「アルフォンソ様が良いとおっしゃるのなら……」
まあそうなりますよね。
「構いませんよ」
そうアルフォンソ様が言ったので、レイチェルはぱっと明るい顔になり、ぐるっとこちらを向いて私の腕を掴む。
「じゃあ行ってくる!」
そう弾んだ声で言い、レイチェルは私の腕を引っ張って歩き出した。