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第24話 くまのラリー

 さすがに住宅街は人通りがほとんどなかった。祭りの喧騒が遠くに聞こえるけれど、かなり静かだった。

 どの家も庭があって、色んな大きさの家が並んでいる。

 庭の木は色を変え、風が吹くと葉を散らせ庭を黄色や赤に染めていた。


「あ」


 人通りが少ないから、その熊の姿を見つけるのは容易だった。

 熊は人の目を気にしているらしく、きょろきょろと辺りを見回しながら路地を移動していた。

 ……いや、目立ち過ぎでしょう。

 子供たちが着ている着ぐるみのような服とは明らかに違うもの。でも騒ぐ人はひとりもいなかったから、わからないものなんだろうな。


「……ところで、あとをつけてどうするつもりですか、パトリシア」


「……え?」


 アルフォンソ様の問いかけに、私は目を見開いて彼を見つめた。

 どうするって……


「どうしましょう?」


 そこまで考えてなかった。

 聞き込みをしてみたかったし、あとをつけるのが小説みたいで楽しかったから、なんて言えない。

 だって今私、とってもワクワクしてるんだもの。


「そうですね……とりあえずなぜラリーが博物館を抜け出したのかを知りたいです。そもそもご遺族は気味が悪いといって預けたんですよね。自分を捨てた家に戻っていったい何をするつもりなのでしょうか」


 あ、そう思うとちょっと心が痛む。

 私も捨てられたんだよなぁ……信じていた人に。

 もう三か月も経つのにけっこう傷ついたんだな。

 捨てた相手に何をするだろう?

 物語の中ではたいてい悪いことが起こる。もしラリーが遺族に捨てられた復讐をするとしたら?

 もしそうなら止めたほうがいい、よね。


「捨てられた……」


 アルフォンソ様も捨てた、の部分が引っかかったらしい。まあそうよね。アルフォンソ様も捨てられたんだもの。


「まあ人とは違う存在ですし、復讐も考えられるでしょうね。でもそんな危険なことをするようなものであれば、あんな風に動ける状態で保管をしないと思うんですよね」


 そう言ってアルフォンソ様は顎に手を当てて首を傾げた。

 たしかにそうだけど……


「では何で、ラリーは博物館を抜け出してきたのでしょう?」


「気にはなりますから、とりあえず追いかけていきましょうか。今日は祭りですから、家に行っても誰もいないかもしれませんけど」


 そうか……そうよね。

 祭りの日だからみんな出払ってしまってるかもしれないのか。 もしそうならなんだか切ないよね。

 私とアルフォンソ様はラリーの跡を着いていきそして、彼がある家の門の前に立っているのを見つけた。

 やっぱりラリー、博物館で見た時よりかなり大きい。博物館で出会った少女……レイチェルさんだっけ。彼女より少し小さい位じゃないかな。

 そうなると倍以上の大きさになってるんじゃないだろうか。


「あの、絶対大きくなってますよね、あの子……」


 数十メートル離れた所からラリーを見つめ、私は言った。


「そうですね。かなり大きいですね。本当に同じぬいぐるみなのか疑わしく思う位には」


「動くぬいぐるみなんてそうそういないでしょうから、ラリーなのは間違いないと思いますけど」


 言いながら私はラリーに近づこうとゆっくり歩きだした。

 ラリーは門の前でうろうろし、門を見上げてまたうろうろする、を繰り返している。

 ラリーは門の方に気をとられているせいか私たちが近づいているのに全然気が付かないらしい。

 ラリーまで数メートルまで近付いたとき、


「こんにちは」


 と、声をかけた。

 すると、びくぅ! と大げさに身体を震わせたラリーはこちらを見上げて大きく目を見開いた……ように見えた。

 そして両手を口もとにあてて、カタカタと震えだす。


「え、あ、あ、あ……」


 私はアルフォンソ様から離れ、ラリーの目の前まで近付くとその場にしゃがんで笑って見せた。


「こんにちは、ラリー」


 するとラリーは、つま先で立ってブルブルと震えた後、半歩下がりながら言った。


「あ、え……ぼ、僕のこと、怖く、ない?」


 そして首を傾げる。

 か……可愛い……

 こんな可愛い生き物を怖がるわけなんてないじゃないの?


「怖くないわよ。ねえ、なぜ博物館を抜け出したの?」


 私が知りたいのはそれだ。

 その為にここまで来たんだから、その謎を解明するまで帰れない。

 ラリーは下を俯いてモジモジした後、


「あの……レイチェルが来ない、から……」


 と、小さく呟くように言った。

 レイチェルって、確か博物館で会った女の子よね。ラリーを見つめていた子。

 確か毎日来てるって司祭様がおっしゃっていたっけ?


「あぁ、祭りですからね。大人も子供も毎日祭りに出掛けるものですから、だから博物館に行けなかったのでしょう」


 背後でそう言ったのはアルフォンソ様だった。

 彼は私の隣まで来ると、その場にしゃがみ熊を見つめる。


「ま、ま、祭り……?」


 ラリーは顎と思われる部分に手を当てた後、ばっと顔を上げて言った。


「祭り! リアーナと僕も毎年行ってた! それでね、かっこいい服をいつも着させてくれてたんだ! でもリアーナの家族は僕が動くと驚いちゃうからなるべくじっとしていて。でも祭りの日は目立たないから喋っていいし歩いていいって! そうだ! だから町にたくさん人いたんだ! 全然わかんなかった」


 楽しそうに一気にしゃべった後、ラリーは下を俯いてしまう。

 まるでショックを受けているかのように。


「でもリアーナはいなくなっちゃった。リアーナはもうおしゃべりできない」


 そうよね、ぬいぐるみは年を取らないけど、人は年を取る。そして寿命がきて……

 そう思うと少し悲しい。


「でもね、レイチェルはおしゃべりしてもいいんだ! リアーナはレイチェルに僕を譲ったの! でも……僕は博物館にいれられちゃった」


 そしてまた、ラリーは俯いてしまう。

 まあそうなるよね。だって、動くぬいぐるみは怖いもの。

 だからレイチェルは毎日会いに行っていたのかな?


「でもね、レイチェル毎日来てたんだ。なのに今日も昨日も来ないから……」


「あぁ、それで会いに来たんですか?」


「うん! 何かあったのかなって」


「祭りに行っているのでしょうね」


 アルフォンソ様がさらっと言うと、ラリーはハッとした顔をしたあと、ぽん、と手を叩いた。


「そうだ! 祭りだから来られなかった……?」


 そして首を傾げる。

 さっきもそんな話、したような……?


「祭りは皆が参加するものですからね、だからきっと博物館には来られなかったのでしょう」


「そうか! だからレイチェルは来なかったんだ……」


 そしてまた、ラリーは俯いてしまう。

 このお屋敷の中に人の気配、感じないしなあ。よく知らないけど、使用人もお休みになったりするのかな。

 だとしたらレイチェルもきっとお祭りに行ってるよね。

 あのたくさんの人の中からあの子を見つけるのは難しそうだ。


「心配になって会いに来たんだけど、レイチェルいないんだ……」


 寂しそうに呟いて、ラリーは首を振った。

 なんだか可哀そうになってきた。せっかく会いに来たのに会えないのはなんだかなぁ……

 でも、尋ねたとしてなんて言おう?

 下手にラリーの事を言ったら騒動になりそうだよね。だって、気味が悪いって言って今度は悪霊退散みたいなことされてしまうんじゃないだろうか?

 どうしたらいいんだろう……


「ねえ、レイチェルの様子を見に来たかっただけなの?」


 そう問いかけると、ラリーは顔を上げてじっと私の顔を見つめる。そして、頭に手をやり照れ臭そうに言った。


「えーと……あんまり考えてなかった。ただレイチェルに何かあったのかなって、リアーナみたいにお空にいっちゃったのかなって、そう思ったら心配になっちゃって。でもでも、きっとお祭りに行ってるんだよね? じゃあ大丈夫!」


 そう言われて、そうですか、とうなずけるだろうか。

 だって、もし見つかったらどうなるかわからないし、騒ぎになったら他の人形たちと同じように閉じ込められてしまうかもしれないわけよね? それでも抜け出してきたのはレイチェルに会いたかったからだよね?

 なのに顔を会わせず博物館に帰らせるのはなんていうか可哀そうな気がする。

 でもだからって何ができるだろう?

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