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第23話 尾行

 ってちょっと待って。

 私は教会にあった博物館で見た、熊のぬいぐるみを思い出す。名前は確か……


「ラリー?」


 そうだ、熊のラリー。動いて喋るぬいぐるみだって言っていた。でもあれ、抱っこできるくらいの大きさじゃなかったっけ?

 でも今見た熊のぬいぐるみはもっと大きかったような?


「パトリシア、どうしました?」


 不思議そうなアルフォンソ様の声が隣から聞こえてくる。

 どうしたもこうしたもない。あれ、見間違えではないと思う。

 私はばっとアルフォンソ様の方を向いて言った。


「ラリーがいました」


 するとアルフォンソ様は瞬きを繰り返した後小さく首を傾げた。


「ラリー……ってあの、熊のぬいぐるみですか?」


「えぇ、そうです。あの博物館にいたぬいぐるみが、さっきあちらの路地に入っていって」


「博物館を抜け出してきたのでしょうか」


 アルフォンソ様が言い、私たちは顔を見合わせ黙り込んでしまう。

 ぬいぐるみが動くだろうか? でもあの博物館にある物は皆、何かしらのいわくがある物ばかりだった。

 真実かどうかなんてわからない。だけど司祭様が言っていた。

 人の思いがその物に意味を与え、呪いとなったり魂を宿すと。

 私が見た熊のぬいぐるみは、蝶ネクタイをしていた。あのラリーと同じように。


「博物館を抜け出して大丈夫なのでしょうか?」


 私の言葉にアルフォンソ様は肩をすくめた。


「どう、なのでしょうか。そこはさすがにわかりませんが……なぜこんなところに?」


「確か持ち主の名前はリアーナさん、でしたよね。彼女の家があの方向にあるのでしょうか?」


「あぁ、その可能性はありますね。ここ数か月の間に亡くなった、リアーナという老齢の女性……商人でしたらわかる方がいるかもしれませんね。そういう話は広まりますから」


 っていうことは聞き込みをする、ってこと?

 それってとっても心ときめく展開なんですけど?

 推理物大好きな私は、目を見開いて言った。


「聞き込みしましょう!」


 出た声は自分でも驚くほど弾んでいる。

 私の様子にちょっと驚いたのか、アルフォンソ様は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔になり頷く。


「わかりました。貴方が望むようにしますよ」


 やった! 本物の聞き込みだ!


「では行きましょう!」


 そして私たちは、熊が消えた方角へと人の波をかき分けて行った。

 その路地に入っても人通りは多かった。

 人が多くてさっきの熊がどこに行ったのかわからないなぁ。


「見当たらないですねぇ」


「とりあえず、あそこのパン屋で聞いてみましょう。食料を扱うお店であればどの家庭の者も行きますから情報を聞けるかも知れません」


「そうですね」


 アルフォンソ様の提案で、私たちはパン屋さんに向かう。

 祭りだからだろう、店の前にテーブルを出して持ち帰りのパンを売っている。


「すみません、こちらのパンをひとついただけますか?」


 私は丸いパンを指差して店員である女性に言った。

 三十代と思われるその女性は、ニコニコと笑いパンを紙袋に詰めて渡してくれる。


「ありがとうございます」


 私は女性にお金を渡し、本題であるリアーナさんの事を尋ねた。


「あの、ひとつお尋ねしたいことがあるのですが」


「はい、何でしょう?」


「この辺りで、数か月の間にリアーナ、という女性が亡くなられたりしていませんか?」


 すると女性は首をかしげた。


「うーん、どこかで聞いたことあるような気がするけど……ごめんなさい、どこのご家庭だったか……」


 そうか、一軒目でいきなり情報を聞けるわけないわよね。

 本物の聞き込みっぽくて私はがぜん、やる気になってくる。


「ありがとうございます」


「いいえ、またどうぞ」


 私たちはパン屋さんを離れて辺りを見回しながら言った。

 熊のぬいぐるみが歩いていたら目立ちそうなものなのに、人々が騒ぐ気配は全くない。今日が祭りで人通りも多いからかな。それに子供たちも同じような格好だからわからないのかもしれない。


「どうしましょう?」


「この辺りではないのかもしれませんね。もう少し先に行って聞いてみましょうか」


 アルフォンソ様の提案に頷き、私たちは人の波をかきわけて通りを進んで行った。

 こんなことならリアーナさんについてもっと聞いておけばよかった。せめて名字がわかればなぁ。リアーナという名前は珍しいものではないし。

 途中、八百屋さんや洋服屋さんにも話を聞いたけれど、最近亡くなられたリアーナさんを知る人はいなかった。

 うーん、なかなか情報を集められない。まあ物語の中でもすぐ情報にたどり着けないしな。

 そう思いつつ私は辺りを見回す。


「あ」


「どうしました、パトリシア」


「あそこに熊のマークが入った看板があるので……あれってぬいぐるみとかが売っているお店かなって」


 熊のぬいぐるみが本当に喋ったり歩いたりしていたのなら、誰かその話を知っている人がいるんじゃないだろうか。そしてぬいぐるみを扱うお店ならそういう噂が入って来るんじゃないかな、って思ったんだけど。

 ……短絡的かな。


「色んなところで話を聞いてみるのはいいでしょう。行ってみましょう」


 アルフォンソ様が頷き、私たちはその熊の看板を掲げた雑貨屋に向かった。

 他の商店と同じように、お店の前にテーブルを出して商品を販売している。

 小さな熊のぬいぐるみがあり、どれも祭りの衣装を着ていた。観光客と思われる女性がそのぬいぐるみを手に取り購入していく。


「ありがとうございます」


 私も、藍色の衣装を着ている熊を手に取り、それを購入して話を聞いてみることにした。


「あの、すいません」


「はい、なんでしょう?」


 年配の男性はニコニコと笑い、紙袋に入った商品を渡してくれながら言った。


「このあたりでリアーナさん、というご年配の女性が最近亡くなったという話、ありませんか?」


 すると男性は、顎に手を当てて考えた後、


「あぁ」


 と言ってこちらを見た。


「玩具の卸し業をされているフォルテさんのところのリアーナさんですかね? 確か三か月くらい前に亡くなられて」


「そのリアーナさんの熊のぬいぐるみを持っていらっしゃいましたか?」


 思わず前のめりになって尋ねると男性はちょっと驚いた顔をして頷く。


「え、えぇ。茶色の熊のぬいぐるみを大層大事にしていらしたと……ちょっと怖い噂もあったのでよく覚えています」


「噂って」


「それが動いたり喋ったりするって。気味がわるいと教会の博物館に寄贈したとうかがいましたけど……」


「ありがとうございます! そのお宅ってどちらにありますか?」


 声を弾ませて尋ねると、男性はかなり驚いた顔をしながらも住所を教えてくれた。

 いや、住所を教えられても私には全然場所はわからないんだけど。


「この先をまっすぐ行って、曲がった先にある住宅街ですね」


 と、アルフォンソ様が教えてくれた。


「ではラリーは家に向かっているのでしょうか? いったい何の為に」


 言いながら私は首を傾げる。

 たぶん消えた方角から考えるとその可能性が高いだろう。

 それにあの子が別の場所に行くとも思えないけど……何の為に戻ろうとしているんだろう?

 だって、持ち主だった女性は亡くなっているんだもの。そして遺族はラリーを博物館に預けてしまったんだから。

 私とアルフォンソ様の間に沈黙が流れる。

 ラリーはなんで家に戻ろうとしているんだろう。

 ……うん、なんだかすごくミステリーっぽくてわくわくしてきた。


「わかりませんが、とりあえずお宅の方に伺ってみましょう。博物館から姿を消したことがわかったらさわぎになるでしょうし」


「そうですね。行きましょう」


 私たちは人の流れに逆らい、通りを抜け住宅街へと向かった。

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