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第19話 何をしたの私

 ジーナとカフェに寄り、別れた後私はホテルに戻って明日、何を着ていこうかと服を広げた。

 アルフォンソ様と次の約束をした。だから何を着ていくのかちゃんと考えないと。

 誘われて嫌じゃないけど、完全にアルフォンソ様のペースなのがちょっと嫌なのよね。でも私から誘うっていうのもなぁ。どこ行くのよ、ってなるし。そこまでの感情はまだない。なんていうかこう、私的にはアルフォンソ様って友達感覚よね。

 私にとってアルフォンソ様はどんな存在だろう。

 私と同じ、浮気されて婚約破棄された人。

 なぜか一緒に寝ていた人。

 うーん、アルフォンソ様への私の感情もよくわかんない。いい人だとは思うけど、なんていうかつかめないんだよね。


「どんな服が好みなんだろう……って、そんなこと考えるのは私らしくないわね」


 たぶんアルフォンソ様は、私が何を着ていっても大丈夫だろう。

 そもそもアルフォンソ様、服とかそんなに気にするような人じゃなさそうだし。そもそも私、服にこだわりがあるわけでもないし。

 うーん……服、少ないから似たような服ばかりになっちゃうよね。

 それは仕方ないか。そもそも旅先だもの。最低限の服しか持ってこなかったし、新調するほどでもないしなぁ。

 でも本に出てきたヒロインは好きな相手のために新しい服を買ったり、メイクを工夫したりしていたっけ。

 私にそういう感情がないわけじゃないけど……うーん、考えてみたらダニエルと出かける時も適当だったな。

 私もあのヒロインみたいに、彼のためにおしゃれしようとか、服を買おう、とか思ったりするのかな。まだわからないな。

 そんなことを思いつつ、私は明日の服を決めた。午前中のお出かけは深緑のワンピースにして、アルフォンソ様とのお出かけは茶色のスカートに白いブラウス、それにケープに帽子でいいかな。

 公園にある展望台に行く、って言っていたけど何するのかな。たまには私が誘ったりした方がいいのかな。でも何にも思いつかないな……

 王都に戻ったら誘ってみようかな。特にどこに行きたい、というのは思いつかないけど。

 着る服を決めた私は、それをハンガーにかけてしまうと夕食をとろうと部屋を後にした。 




 翌日。

 午前中は図書館で過ごして午後はホテルに戻り、着替えてからホテルの入り口横にあるカフェで本を読んで過ごした。

 アルフォンソ様がお迎えに来るのは三時だって言っていたっけ。この本が読み終わる頃にはいらっしゃるだろうか。

 今日はアルフォンソ様に、なんで私と付き合おうと思ったのかちゃんと聞こう。


「チュルカ様」


 声がかかり顔を上げると、ホテルの男性スタッフの方がテーブルの横に立っていた。


「お迎え方がいらっしゃっております」


「あ、はい、ありがとうございます」


 私は立ち上がり、お会計をしてカフェを出た。すると、玄関を入ってすぐの所に黒いマントに帽子を被ったアルフォンソ様が立っていた。

 彼は私を見るなり帽子を取って頭を下げた。


「ごきげんよう、パトリシア」


「ご、ごきげんよう、アルフォンソ、様」


 慌てて私も頭を下げる。


「では参りましょうか。行先は昨日行っていらしたという公園になります。歩きになりますが大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です」


 正直歩きの方がいい。色々な物を見られるから。あの公園なら少し歩けばいいだけだし。ここからなら三十分くらいだったかな。お話をしながら歩いていたらきっとあっという間だろう。

 またアルフォンソ様が手を差し出してきたので、私はその手を握る。

 外を歩いて来たからだろうか、ちょっとひんやりする。


「だいぶ過ごしやすい気候になってきましたが、祭りが終わるころにはすぐに冬の訪れを感じるようになるんですよね」


 歩きながらアルフォンソ様がそう語る。


「冬は雪に包まれるんですもんね。王都も雪は降りますけど、数回ですし積もるほどは降りませんから雪にはなじみが薄いです」


「そうですね。子供の頃、冬場をこちらで過ごすことが何度かあったのですが、毎日雪で遊んでいました。雪だるまをつくったりして」


 そしてアルフォンソ様は懐かしそうに目を細めた。

 雪だるま。雪を丸く固めて二つ重ねて作るものだ。本には時々出てくるけれど、私は作ったことないし見たことはない。


「そうなんですか? いいですね。私、雪だるまなんて本でしか知らないですよ」


「そうなりますよね。雪の時期にこちらにいたのは子供の時だけで、成長してからは来てないです」


「そういうものなんですか?」


「学校もありますし、騎士になってからは本当に時間がなかったので」


 昔、貴族は皆家庭教師を雇って各家庭で教育をしていたらしいけれど、いつからか王侯貴族向けの学校をつくりそこで教育しつつ人脈をつくろう、ってことになったらしい。

 場合によっては寮生活も送るとか。

 私はそういう学校には行かなかったから詳しくは知らないけれど。

 確かに学校があったらあんまりここには来られないか。雪の時期って汽車、走るのかなぁ。雪かき大変そう。


「そうなんですね。そういえばこちらにいらっしゃるのは久しぶり、みたいなことをおっしゃっていましたっけ」


 この間、一緒に歩いていた時に話をしたご婦人とそんな話をしていたっけ。

 するとアルフォンソ様は頷き答えた。


「えぇ、数年ぶりですよ、こちらに足を運んだのは。本当なら、結婚に伴い来る予定でしたけど」


 あ……

 その言葉にちょっと気まずさを感じてしまう。本来なら結婚して、奥様を連れて領地に、っていう予定だったんだろうな。もしくはこちらで結婚式もあり得たのかな。


「でもまあ、あのことがあったから貴方と知り合えたわけですし」


 そして彼はこちらを見て微笑んだ。

 その顔にちょっとドキッとしてしまう。

 もしかして私、ときめいてる?

 やっぱりアルフォンソ様と話していると調子が狂う。流されるっていうか、どうしたらいいのかわからなくなるっていうか。

 そうだ、この流れなら聞ける、かな。なんで私に交際を申し込んできたのかって。


「え、あ、あの、アルフォンソ、様」


 緊張のせいか出た声は震え、なんだか上ずっている。


「はい、なんでしょうか」


「なぜ私にあの、交際の申し込みをされたんですか?」


 言えた! そのことが嬉しくて、心の中で小躍りしてしまう。

 するとアルフォンソ様は大きく目を見開いて言った。


「気になるんですか?」


 気になるのは当然じゃないですか?


「はい、あの……だって唐突っていうか。だって私もアルフォンソ様もひとり身ですし問題はないですけど、その……何があってそう決意されたのか気になって。だってアルフォンソ様だって私のこと、よく御存じないですよね。クリスティの誕生日に初めてお会いしたわけですし」


 婚約する前に、何度もパーティーには行っていたしクリスティの誕生日のパーティーだって何度も行っている。だけどアルフォンソ様に会った記憶はない。この肌の色だし、見たら覚えているだろう。


「パトリシア」


「は、はい」


「あの日のこと、覚えておいでですか?」


 黒い双眸が私をじっと、見つめている。なんでも見透かしていそうな目で。

 う……そう言われると黙り込むしかない。

 だって覚えてないんだもの。

 私の沈黙にすべてを察したのか、アルフォンソ様は口元に指を当てて笑う。


「やはり覚えていらっしゃらないんですね。忘れてください、とおっしゃっていましたけど、そもそも覚えていらっしゃらないと」


 ですよね、わかりますよねそんなの。

 私は気まずく思いつつ、頷き答えた。


「そう、です。あんまり覚えていなくて……」


 そして私は下を俯く。


「『過去は変えられない、だけど、未来への選択肢は無限にある』と、そう言ったの、覚えていますか?」


 そ、そんなこと言いましたっけ……

 必死に思い出そうとするけれど思い出せない。

 そのせいで視線が泳いでしまう。


「他にも色々とおっしゃっていましたけど。俺は貴方とあの時話をして、貴方との未来を見てみたいと思ったんですよ」


 ちょっと待って、私一体何を言ったんですか?

 覚えてない……

 なんか絡んだな、という自覚はあるんですけど……


「そ、そうだったんですね……」


 と言うのが精いっぱいだった。


「なので貴方も俺に興味を持っていただきたいんですけどね」


 そう言われて、私は顔が真っ赤になるのを感じながら俯いた。

 てっきり、私に興味を持ったのは寝たのがきっかけなのかと思っていたけどそうじゃない、ってことなのかな?

 正直意外なんだけど? じゃあ責任取ろうとしている、って事ではない?

 じゃあ実はあの時、何もしてないのかな……じゃあなんで裸で寝ていたんだろう?

 そうは思うもののさすがにそのことは聞けない。恥ずかしすぎるから。

 アルフォンソ様は歩きながら話を続けた。


「最初、貴方が絡んできたのは正直うっとうしく感じましたけど。話しているうちにくよくよしていることが馬鹿みたいに思えてきて。貴方の言う通り、あの事で意気消沈するのは損ですしね。だから貴方と付き合ってみたいと思ったんです」


「そ、その節は本当に申し訳ございませんでした」


 絡みまくったのは覚えているので私は今さら、と思いつつ頭を下げた。


「気にしてはいませんよ。だからパトリシアが俺のことを様をつけずに呼べるようになるのを楽しみにしていますよ」


 そして彼は微笑んだ。

 う……は、恥ずかしい。

 私は顔が紅くなるのを感じながら、呟くように答えた。


「そ、それはあの……いずれ」


 様、をつけずに呼ぶのはまだ無理かなぁ……だってアルフォンソ様、貴族だし。

 商人の家に生まれた私とは身分が違うもの。

 クリスティみたいに子供の頃からの友達ならともかく。そうそう身分の壁は越えられない。


「べつに無理強いするつもりはありませんよ。ねえパトリシア、一緒にたくさんの想い出をつくりましょうね」


「そう、ですね」


 たくさんの想い出かぁ。そんなこと、考えたことなかったな。

 私はアルフォンソ様と一緒にしたいこととか出てくるのかな。

 まだよくわからない。


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