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第17話 ジーナとお出かけ

 時間は昼過ぎ。

 休日と言うこともあり、普段より人通りは多かった。

 空を流れる雲の流れは早くて、遠くに見える山の頂は雲の中で見えない。一日経つたびに肌寒く感じるようになってきた気がする。


「とりあえずこの先にある公園行こうか? 小動物に触れるんだよ」


「え、そんな公園あるんだ」


「うん、うさぎとかいて可愛いよ」


 うさぎかぁ……小さい頃、動物園で触ったことあったっけ。


「ねえパトリシア、今日は何を読んでいたの?」


「え? えーと……探偵ものとその……王子と庶民の子の恋愛小説」


「恋愛小説?」


 私の答えにジーナは驚きの声を上げる。

 彼女は私の好みをもちろん知っている。だから普段恋愛ものなんて読まないことも。


「えー、意外。なんでそれを読もうなんて思ったの?」


 興味津々、という顔でジーナはこちらを見て言った。

 それはアルフォンソ様と付き合うことになったからなんだけど、恥ずかしさにその言葉が出てこない。

 どうしよう、なんて答えよう……

 口をぎゅっと閉じて下を俯き考えていると、


「何かあったの?」


 と、ジーナが聞いてくる。まあそうよね、沈黙したら何かあった、って言っているのと同じよね。

 ありましたよ色々と。でも恥ずかしくて言えない。昨日のあのアルフォンソ様の行動、私には意味不明すぎるんだけど、でもそのことを聞けるわけなかった。


「昨日、アルフォンソ様のお宅に招かれたんだよね。お夕食どうだった?」


 たぶん気を利かせてくれているんだろうな。ジーナが話題を変えてくる。


「え? あ、えーと、美味しかった……よ?」


「そうなんだ、よかったね。伯爵様にも会ったんだよね? ちょっと変わった人でしょう」


 そう言って、ジーナは笑う。確かにちょっと変わっていた。やたら感情の起伏が激しいというか。


「そうねぇ……泣いたり笑ったり、忙しかったな」


「そうそう、感情をすごく大げさに表す人なのよね。アルフォンソ様のこと、見た目がああだからすごく心配してるらしくて。婚約者探しに奔走されてるそうなんだけどなかなか決まらないって聞いたなぁ。だからきっと、女性を夕食に招待なんてしたら大喜びでしょうね」


 確かに喜んでいた。婚約式を口にするくらいに。

 っていうかジーナ、アルフォンソ様が婚約破棄された話、知らないの、かな?

 私とマルグリットさんが話している時、アルフォンソ様がジーナがいるカフェに来たけど……そうか、離れていたから会話は聞こえていないか。

 下手にあの事を口にはできず、私は渇いた笑いを浮かべるしかできなかった。

 ジーナなら大丈夫かなぁ。


「ねえ、ジーナは誰かとお付き合いしたことあるの?」


 勇気を出して尋ねると、彼女は不思議そうな顔で頷いた。


「えぇ、そりゃああるけど……なんで?」


「いや、私そういう経験、全然ないから……」


 そう消え入るような声で答えると、ジーナは何度も頷き真顔で言った。


「あー、そうなんだ。あれ、でもパトリシア、アルフォンソ様とお付き合いしてるんだよね? だから昨日招待されたんでしょう?」


 その通りだ、その通りなんだけど。

 私は俯き、


「付き合うって何するのかわからなくて戸惑ってばかりなのよね」


 そしてため息をつく。


「あー……悩んでいたのはそれについて? アルフォンソ様とどう付き合ったらいいかわからないとかそういうこと?」


 はい、その通りです。


「そう、なんだよねぇ……アルフォンソ様からお付き合いを申し込まれたんだけど、どうしたらいいのか全然分かんなくて、言われるままにお出かけしたりしてるんだけど、このままでいいのかなって、不安になって……」


「あ、アルフォンソ様から言い出したんだ」


 私の言葉にジーナはちょっと驚いたような声を出す。


「なら別に、そのまま誘われるままでいいんじゃない?」


「そういうものなの?」


 疑問を口にすると、ジーナは首を横に振る。


「ううん、私的には違うけど。でも相手は貴族だしね。普通のお付き合いとは違うかな、と思って」


 そうなのよ。相手は貴族だ。だから私としては気を使ってしまう。だから私、ずっと様をつけて呼んでいる。

 アルフォンソ様の方は、私の事を呼び捨てにしたり、さん、をつけたりさまざまなだけど。

 どこに出掛けるとか何したらいいのか全然わからないし、普通どうするのかさえ分からない。


「そうだよねぇ。だから余計によくわからないの」


「別に、無理に合わせる必要はないと思うけど。嫌なこと、何かされた?」


 その問いに私はちょっと間を置いた後首を横に振った。

 嫌なことはされていない。だけど恥ずかしいことならいくつかあった。でもさすがにそれは口にできない。

 私の返答にジーナは頷き、


「でしょ?」


 と言う。


「だから別にそんな気を張らなくても。付き合うことが必ず結婚につながるわけじゃないんだし」


「まあそうだけど……」


 不安しかないんだよねぇ……アルフォンソ様に囲い込まれそうな気がして怖いと言うかなんというか……

 何を考えているのか全然つかめない。


「パトリシアはアルフォンソ様と付き合うことについてどう思ってるの?」


「う、え?」


 驚いて私は顔を上げてジーナを見た。

 彼女はじっとこちらを見て口を開く。


「アルフォンソ様のこと、どう思ってるの?」


「え、いや、どうって言われても……」


 どう思ってるだろう。

 そこまで私、アルフォンソ様のこと知らないしな……


「嫌、ではないけど。うーん……」


 婚約破棄された者同士で、そのことでそれなりに傷ついて。だからこうして知り合ったわけだけど。

 何かこう、特別な感情は今のところないかなぁ。


「何考えてるのかよくわからないしなぁ……」


「あはは、それはアルフォンソ様が感情表現、下手なのかな」


 あぁ、そうだ。言葉にされないからよくわからないんだ。

 そう気が付くとなんだかすっきりしたかも。


「でもパトリシアはアルフォンソ様のこと、嫌そうじゃなさそうだし。わかんなかったら聞いてみたらいいんじゃない? たぶん聞かないと言葉にしないわよ」


 そういうものなのかな? 

 考えてみたらなんでアルフォンソ様、付き合いたい、って言い出したのかしらないかも。

 そのことについてちゃんと聞いていないような?

 付き合いたい、と言われて、お互いひとり身だから大丈夫、って話になって。

 私はあの一夜のことがあるから断らなかった。

 いったい私とアルフォンソ様の間で何があったんだろう。そしてなんでアルフォンソ様、私と付き合う、って言い出したんだろう。

 今度聞いてみようかな、わからないのは嫌だから。


「うん、ちょっとすっきりしたかも」


「あんまり考えすぎない方がいいよ。何するかなんて結局は人それぞれだし。互いを知る期間だと思っておけばいいんじゃない?」


「そうね、ありがとうジーナ」


 ちょっと心が軽くなった気がしたとき、公園へとたどり着いた。

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