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第16話 恋愛小説をよんだ!

 九月二十九日日曜日。

 私は図書館近くのカフェで、いつものようにお茶を楽しみつつ図書館で借りた本を読もうと思った。

 借りたのは公爵令嬢が探偵になって事件を解決していくミステリー小説だ。シリーズもので公爵家の娘が事件捜査とかあり得なすぎるんだけど、けっこう面白いんだよね。

 でも、私はさっきまで読んでいた本を目の前にしたまま、借りてきた本を読めずに凍りついている。 

 休日、ということもあり店内は混みあっていた。だから迷惑だと思うのよ、こんな風にじっと動かず、おかわりしたお茶とケーキに手をつけない客なんて。

 私が見つめている本は恋愛ものの本だ。

 普段は読まないこの本を読んで、アルフォンソ様とのお付き合いについて、少しは参考にしようと思って読んでみた。一時間ほどかけてちゃんと全部読んだ。

 読んだ感想は、甘い……甘すぎる。世の中の男女ってこんな風にお付き合いするの? 

 小説は庶民の娘と王子が知り合って付き合って、最後結婚するっていうかなりありえない設定の話だった。

 今人気の恋愛小説、ということで読んでみたわけだけど、突っ込みどころが多かった。

 手と手が触れてハッとしたり、見つめあって頬を染めたりするの?

 婚約する前に一緒に寝るのも普通なの? いや、酔った勢いとはいえ私、アルフォンソ様と一緒に寝ていたけれど。

 私は婚約者だったダニエルとそういうこと一切なかったわよ?

 デートはしていたけど、ご近所をお散歩していたくらいでどこかに出掛けたりしなかったし。

 あれがデートだと思っていたけれど、どうやらちょっと違ったらしい。

 手を繋いだのもアルフォンソ様が初めてだ。ダニエルとは手を繋ぎもしなかったし、口づけもしたことがない。

 付き合うってこういう事なのか……

 小説を読み、私は余りにも男女のことに無頓着だったと思い知らされた。

 貴族だと夜のことについて教育があるって聞いたことあったっけ。以前読んだ小説に少しだけそんな話が出てきたことある。

 その教育係が殺されて、て話だったけど。最初に恥をかかないためにそういうことをするらしい。

 アルフォンソ様もそういう教育受けてきたのかな。今回読んだ小説でも、王子は閨係とそういう練習をした、という話がでてきた。

 そう考えてまた恥ずかしさが増してきて、私は顔が熱くなるのを感じながらすっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。


「パトリシア、大丈夫?」


 声をかけてきたのはカフェ店員のジーナだった。

 彼女は心配げな顔をして、私の座る席のそばに立つ。


「あぁ、ジーナ。だ、大丈夫ようん」


 と、しどろもどろになりつつ答え、私はお茶を飲んだ。冷めててもこのお茶おいしいな。


「うーん……そうは見えないけど……ねぇ、パトリシア、私あと少ししたらお仕事終わるから、この後一緒にお散歩しない?」


 その誘いに私は間髪入れずに頷き答えた。


「えぇ、喜んで」


 するとジーナはニカッと笑い、


「じゃあ終わったら声かけるから、お茶のおかわり用意してくるわね」


 と言って、奥に消えていった。

 ジーナなら私より経験値高そうよね。なにか相談できるかな……

 アルフォンソ様との付き合い方が私、わからないって言ったら笑われるかなぁ。でも本当にわからないのよ。

 私は現状、アルフォンソ様に対して特別な感情はないけれど、このまま付き合い、というものを続けていいのか、という戸惑いがある。

 私が最も知りたいのは、あの日何があったかだ。

 クリスティの誕生日パーティーで私は飲みすぎてアルフォンソ様に介抱された。でもその先の事は何にもわかっていない。

 それだけはどうにかして確かめたいなあ。私、妊娠するようなことをアルフォンソ様としたのかな……もしそうならあと一か月もしたら兆候出るの……かな?

 アルフォンソ様に私、あの日の事を忘れてください、と言った手前、今さら聞きにくいのよね……

 あぁ、どうしたいの私。

 相手は貴族よ……

 だって貴族の奥方様って絶対に大変じゃないの。

 しかもアルフォンソ様ってご長男よね、後継ぎよね。そんな大役私には無理よ。商人の妻となる覚悟はしていたけど、貴族の伴侶となる覚悟なんてできていないんだからね。

 お母様はけっこう表にでて働いてるのよね。でも貴族の奥様って家の管理が仕事なんじゃないっけ。時には夫の仕事を手伝ったり、昔は鎧に剣を持って戦ったこともあったと聞いた。

 そこまでの教育、私は受けていない。

 貴族は貴族と結婚する覚悟、幼いころからしていて貴婦人としての教育を受けているだろうけれど私は違うのよ。

 あぁ、考えていたら憂鬱になってきた。

 王都に帰ったらまたお仕事しよう。私は外で働く方が向いているし。伯爵家ならそんな女性、嫌がる、よね?

 そう決意して、私は借りてきた本を開いた。

 半分くらい読んだ頃、


「お待たせ!」


 と言って、ジーナが声をかけてきた。

 顔を上げると、ワンピースにマントを着たジーナが立っていた。あ、仕事、終わったんだ。

 気が付くとあたりの客の数がかなり減っている。

 私は慌てて本にしおりを挟み、残っていたお茶とケーキを食べつくして立ち上がった。


「そんなにあわてなくていいのに」


「だって……待たせちゃ悪いし」


「気にしなくていいのに。とりあえずお会計して外行こうか」


 ジーナの提案に頷き、私は会計を済ませてカフェの外に出た。



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