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第12話 教会と博物館

 街並みを抜けた先、大きな広場にそれはあった。

 見た目はただの大きな黒い岩のかたまりだ。高さは三階建ての建物くらいかなぁ。横幅はそれよりもある。

 その岩のかたまりに扉がつけられていて、それがただの岩のかたまりではないことがわかる。それに岩を喰抜いて作られた窓がいくつかある。

 これが岩の教会、ネローチェかぁ。すごいなぁ、本当に岩だ。こんな巨大な岩、初めて見た。


「すごい……」


 私は岩のかたまりを見上げて呟く。

 観光客と思しき人たちが、岩に取り付けられた扉の中に吸い込まれていく。


「この巨大な岩を教会にしてしまおうっていう発想がすごいですよね」


 そのアルフォンソ様の言葉に、私は岩を見つめたまま頷いた。


「そうですねぇ……岩をくりぬくの、大変だったのでは?」


「魔法で岩に穴をあけることができますけど、それでもその労力を考えると気が遠くなりますね」


 あぁ、そうか。魔法がありましたね。それでもこの岩をくりぬいて部屋をつくる労力は相当なものでしょうね。


「中に入ると博物館に通じる入り口がありますので、中に入りましょうか」


 アルフォンソ様に促され、私は教会の入り口へと向かって歩いて行った。

 扉を開け中に入ると、白いローブをまとった女性がカウンターに座っていた。彼女はニコニコと笑い、


「ようこそ、こちらが教会の案内でございますのでどうぞおもちください」


 と言って、冊子を渡してくる。


「ありがとうございます」


「向かって左側が教会への入口、博物館の方は向かって右に入口がございます。そちらは有料になりますが、ご覧になられますか?」


「はい、お願いいたします」


 そう私は答えてバッグから財布を出すと、そっとその手を制された。

 驚いてアルフォンソ様を見ると、彼も財布を出して言った。


「俺に払わせてください」


 と言い、彼は女性に料金を支払う。


「え、と……あの、ありがとうございます」


 言いながら私は頭を下げた。

 奢られることに慣れてないし、申し訳なく感じてしまう。しかも相手は貴族だっていうのに……

 あー、何だかザワザワしてしまうなぁ。そうだ。


「あの、次は私に出させてください」


 私の申し出にアルフォンソ様は一瞬驚いた顔をしたけれど、微笑み、頷いた。


「わかりました、では次はそうしましょうか」


 その言葉を聞き、私はほっとする。奢ってもらったら奢り返せばいいのよね。


「じゃありあえず、まずは教会の方に行きましょうか」


「そうですね」


 私たちは左側の扉に歩み寄り、その扉をゆっくりと開いた。

 広い空間に茶色の長椅子がいくつも置かれている。そして向かって左手側には大きなパイプオルガンが置かれていて、女性が曲を演奏している。

 正面には祭壇があり、その奥には大きな天使の白い像が置かれていた。天使は右手に剣を持ち、首には大きな十字架のネックレスがかけられていた。それに六枚の羽根がある。

 そして、白いローブをまとった老齢の男性が祭壇のそばに立ち、観光客と話をしている。

 天井はドーム型で丸く天窓が設置されていてあり、岩の中とは思えないほど明るかった。


「すごいですね、あの天井。あんなところに天窓があるなんて」


 私は天井を見上げて感嘆の声を上げる。 


「えぇそうですね。わざわざ天窓まで設置してすごく手間がかかっていますね。穴は魔法で開けられますけど、設置は人の手でないとできませんからね」


 石や木を使って造る方が楽なんじゃないだろうか。って思うけど。


「あの、なぜ岩をくりぬいて教会を造ったのでしょう?」


「あの祭壇の奥に天使がいるでしょう。この岩にあの天使が降りたったから、らしいですよ」


 と言い、彼は祭壇の奥に佇む天使に目を向けた。

 六枚の羽根をもつ天使の像だ。剣を持つ姿は教会らしくない気がするけれど、何か理由があるのだろうか。


「あの天使はどのような方なんですか?」


「昔、俺の先祖がこの地でドラゴンと戦ったそうなんです。そのドラゴンはたくさんの人々の命を奪ったと聞きます。そこにこの天使が降りてきて、あの首にかけられた十字架を用いて人々を甦らせた、と言います。その十字架は俺の先祖が受け取り、ドラゴンによって殺された他の人々を甦らせて回ったと。それを祈念するためにこの教会を造らせた、と聞いています」


 ドラゴン、死んだ人を甦らせた、アルフォンソ様の先祖……

 すごく情報量の多い話だ。

 だから剣をもっているのかな。でも今の話だと剣を使った様子、ないよねぇ。


「かなり壮大なお話ですね。死者を甦らせる十字架かぁ……神話って感じですねぇ」


 いくら魔法でも死者が甦ることはない。でもどこの国のどこの神話にもそういう魔法は出てくるんだよね。

 冒険ものの小説でもよく見る設定だ。


「実在するんですよ、その十字架」


 さらり、とアルフォンソ様が言い、私は驚いて彼の顔を見る。

 実在、ですって?

 アルフォンソ様は下を指で示して言った。


「言ったでしょう。ここにはたくさんの呪いの展示物があると。十字架もあるんです」


「え? あ、あの……え?」


 死者を甦らせる十字架が実在する、ですって?


「死者を甦らせるなんて本当にできますか?」


 驚く私に、アルフォンソ様は肩をすくめた。


「さぁ、どうなんでしょうね。実物は門外不出なので俺も見たことがありません。本当に甦らせることができるのかもわからないです。でもその十字架は存在します。厳重に隠されています。その十字架のレプリカがあの天使が首にかけている十字架なんですよ。とても大きいでしょう」


 言われて私は改めて天使を見つめた。

 天使の首にかけられた十字架は手のひらよりもずっと大きそうだ。


「そうですね……かなり重量感もありそうです」


「ここの地下に博物館があるのですが、そこにもレプリカが飾られているのでもっと間近で見られますよ。そうしたら大きさがもっとわかりやすいかと思います」


「呪いの遺物と奇蹟の十字架を、レプリカとはいえ一緒に飾っているのですか?」


「えぇ、十字架は目玉のひとつですからね」


 と言い、アルフォンソ様はにこやかに笑った。

 そんな話をしていると、ローブをまとった老齢の男性がこちらに近づいてきた。

 そして彼は私たちの側で立ち止まるとうやうやしく頭を下げて言った。


「アルフォンソ様、ようこそおこしくださいました」


「司祭様、お久しぶりです」


 そしてアルフォンソ様は頭を下げたので、私も合わせて頭を下げた。


「おや、お連れ様がいらっしゃるのですね」


「はい、パトリシア=チュルカです。彼女に色々と見せたくて連れてまいりました」


 そうアルフォンソ様が答えると、司祭様は一瞬驚いたような顔になった後微笑んで頷く。


「そうでしたか。せっかくですから博物館の方をご案内いたします」


 そうおっしゃるので私は頷き、


「よろしくおねがいいたします」


 と答えた。


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