ホテルからどれくらい歩いただろう。
アルフォンソ様と話しをしながらだったせいかそこまで時間は経っていない気がするけれど、ゆうに二十分は歩いたのではないだろうか。
こんな距離、普通なら馬車を使うわよね。
そう思うけれど人と話をしながら歩くとそこまで苦に感じない。
一緒に歩いてわかったことがある。
アルフォンソ様本人が言う通り、確かに彼は目をひく。ちらちらと彼を見る人が多い多い。
あー、こんな視線をいつも感じているのか、アルフォンソ様は……
ここは観光地。よその国からの旅行者もいるにはいる。服装が違うからわかるんだけど、褐色の肌の人なんて見かけない。
人の視線に正直居心地の悪さを感じるけれど、アルフォンソ様は慣れているんだろうな。気にしている様子はない。
「あの……」
「何でしょうか」
「いつもこんなに人の視線を浴びながら歩いてるんですか?」
遠慮がちに尋ねると、彼は頷く。
「えぇ。こちらでは俺のことを見慣れている人は多いですが、やはり驚いた顔をする人もいますね。仕方ないですよ、人は異質なものを嫌いますから」
確かにそうだろうな。私が初めてパーティーでアルフォンソ様をお見かけした時、すごく目立っていたし誰もがひそひそとして、遠目に彼を見ていた。
「あぁ、そうか」
何かに気が付いたかのようにそう呟き、アルフォンソ様は立ち止まる。
そしてこちらを見たかと思うと頭を下げてきた。
え、なんなの急に?
「すみません、俺と歩いていたら貴方も目をひいてしまいますね。そこまで考えていなかった」
顔を上げたとき、アルフォンソ様は申し訳なさそうな表情をしていた。
その顔を見て、私は慌てて胸まで両手を上げてその手を横に振る。
「い、いいえ。あの、そこまで気にしているわけではないですから。それよりアルフォンソ様はいつもこんな視線を浴びて歩いているんだな、って思ってそれで……」
と、しどろもどろになりながら首も横に振ると、彼はにこっと微笑む。
「そうですね、まあ俺は慣れていますし。でも貴方はそうではありませんもんね」
たしかに私は貴族ではないし、そこまで人目を浴びることはない。
でもここで浴びる視線はパーティーに行きまくっていた時に感じたあの居心地の悪い感じのものとは違う感じだ。まあ、その視線が私に向けられているからじゃないだろうな。
だからそこまで嫌な感じはしないんだけど、良い感じもしなかった。
私は辺りをぐるっと見回した後言った。
「まあその内慣れますよ」
そう答えたときだった。
「あらアルフォンソ様、ごきげんよう。おひさしぶりですねえ」
通りすがりの年配の女性が、にこやかに話しかけてきた。
するとアルフォンソ様は頭を下げ、
「マローリさん、ごきげんよう」
と言い、微笑む。
ご婦人は身なりはいい感じがするけれど、いったい何者だろう。商人の奥様かな。
「騎士団に入りましたので、なかなかこちらに来ることができなくなりまして」
「聞いたわよー! 王家の騎士団だなんて素敵じゃないですか。もう、立派になられましたねぇ」
と言い、ご婦人はこちらに視線を向けてくる。そして驚いた顔をした後、ニコニコと笑顔になった。
「あら、お連れ様がいらしたのですか?」
その笑顔の裏に隠された思いを感じつつ、私は無理やり笑顔を作って言った。
「はじめまして、パトリシア=チュルカと申します」
そして頭を下げる。
「あらあらあら、まあまあまあ」
嬉しそうな声音で言い、ご婦人は口に手を当てて目を見開いて私を見つめる。
うーん、これは私たちが立ち去った後、瞬く間に噂が広まるんだろうなぁ。
あぁ、さようなら、私の静かな日常……
遠い目をする私の方を向いたご婦人は、頭を下げて言った。
「チュルカ様ですね、マローリと申します。アルフォンソ様のご両親には大変お世話になっていて」
そして頭を上げたとき、マローリさんは嬉しそうな、でも泣きそうな顔になっていた。
……おや? ちょっと様子が違う様な?
なんていうか、噂を広めてやろう、みたいな感じがしない。
「アルフォンソ様、一生ご結婚なんて無理だと思っていましたから……もう、嬉しくて」
と言い、マローリさんは目頭を押さえた。
……いや、それ本人の前で言いますか? それだけのことがあったって事かな。
いや結婚はまだ早すぎるんですけど……でも訂正するのも気がひける。戸惑っていると、アルフォンソ様が口を開いた。
「俺もそう思っていましたけれど、大丈夫ですよ」
大丈夫って何が?
もしかしてアルフォンソ様、私と本気で結婚するつもり……?
その時、頭の中にあの日のことがよみがえる。
クリスティの誕生日をお祝いするパーティーの日。
気が付いたら裸でアルフォンソ様とベッドに寝ていた時の事を。
あー! 忘れたい! 時間が戻せるのならあの時の私をぶん殴ってやりたい!
なんで私、あんなにお酒飲んだのよ? しかも何で服を脱いじゃったの? なんで覚えてないの?
あぁ、穴があったら埋まりたい。
微笑みつつも心の中でわーわーとやっていると、アルフォンソ様が私に手を差し出してくる。
「行きましょう、パトリシア。ではマローリさん、ごきげんよう」
「お呼びとめしてすみませんでした、楽しい一日をお過ごしください」
と言い、女性は嬉しそうな顔で私たちに手を振った。