マルグリットさんとのお昼の後、図書館で本を借りてホテルに戻った。
すっかり顔なじみになったベルボーイや受付のお姉さんに挨拶をすると、受付のお姉さんから呼び止められた。
「あの、お手紙をお預かりしております」
「お手紙?」
誰だろう……ってたぶんアルフォンソ様だ。そうだ、そうに違いない。
私は受付の女性から手紙を受け取り、礼を言ってそのまま部屋に戻った。
ソファーに腰かけて手紙を開くと、予想通りアルフォンソ様からだった。
『先ほどは失礼いたしました。まさかおばあ様とお知り合いになられているとは思いませんでした。明日ですが夕方五時半にお迎えにあがります。服は今日お召しになっていたものと同じで大丈夫です、家族のみですから。また後ほどお伺いいたします』
……後ほどお伺いします?
なにそれどういうこと?
困惑していると部屋のドアを叩く音がした。
私は手紙をテーブルに置いて立ち上がり、ドアに近づいて声をかけた。
「はい、何でしょう」
「お客様がお見えですが、お部屋にご案内してよろしいですか?」
「あの、どなたでしょうか?」
「その……アルフォンソ=フレイレ様です」
ホテルのスタッフさんは戸惑った声で答えた。
あ、本当に来たのね、どうしよう。
うーん……
このホテルにはカフェレストランが併設されているから、そこで話そうかな……
部屋に通すのはちょっとって思うし。
「あの、カフェでお会いしたいのでそちらにご案内していただいていいですか?」
「かしこまりました、そのようにお伝えいたします」
その言葉の後、足音が微かに聞こえてくる。
私は鏡の前で身支度を確認してから部屋を出た。
いったい何の用だろう。心当たりがあるようなないような……
お父様のお手伝い、と言っていたけれど本当だろうか? 正直信じられない。
まさか私を追いかけて来たとか?
……まさか、ねぇ?
カフェに入ると、ホテルの人が席に案内してくれる。
窓際の席に座る黒髪のアルフォンソ様は、とても目を引いた。まあ、見た目が余りにも他の人と違うからなんだけど。
彼はにこっと微笑み立ち上がると、
「会えて嬉しいですよ、パトリシア」
と言った。
その言葉に私はなるべく笑顔をつくって頷き答える。
「あ、は、はい。アルフォンソ様……あのお元気そうで何よりです」
そう言うのが精いっぱいだった。
アルフォンソ様を目の前にすると未だに恥ずかしいのよね……
あの日に何があったのかちゃんと知りたい……だけど聞けない。いつか聞こう……聞ける日来るかな。無理な気がする。
そんなことを思いながら私はアルフォンソ様の向かいに腰かけた。
そして、カフェのスタッフさんがメニューを渡してくれる。
「ありがとう」
「ご注文がお決まりになりましたらお声掛けください」
そう告げて、スタッフさんは一礼して去っていく。
時刻は三時過ぎ。私たち以外にもお茶とケーキを楽しんでいるお客さんの姿が何組かある。
このカフェは宿泊客以外でも利用できるから、ご近所の方が訪れるのよね。
静かなピアノ音楽が流れる中、互いに注文するものを決める。
紅茶とケーキを注文し、私はアルフォンソ様の方を見る。
すると彼もこちらを見つめ、微笑み言った。
「まさかお祖母様と一緒にいるとは思いませんでした」
「私も驚きました。まさかアルフォンソ様のご親族とは思わなくて」
マルグリットさん、上品な人だなぁ、とは思っていたけど。
「私がここに来るのを聞いたとき、どうしてここが領地であると教えてくださらなかったんですか?」
そう問うと、彼は驚いたような顔になった後、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「ご存じなのだと思いました」
知りませんでしたとも。知っていたら行先変えていた……かなぁ。
いや、でもどうだろう……そう思うとちょっと心が揺れる。
「知りませんでした。だから図書館でこの辺りの事を調べて知ったとき驚きましたもの」
「なので貴方に会うためにここに俺も来たんです」
アルフォンソ様が臆面もなく言った時、お茶とケーキが運ばれてくる。
ティーカップに紅茶が注がれて、チョコレートのケーキがのったお皿が置かれる。
アルフォンソ様が頼んだのはチーズタルトだ。
スタッフさんが去り、私は落ち着こうとティーカップを手に持ち口をつけた。
お茶おいしいな。
そして息をつき、私は言った。
「……本気ですか?」
「もちろんですよ。だって付き合うと言ったでしょう?」
確かにそうだけど……そうか、付き合うとこういうことになるのね。旅先まで追いかけてくるなんて思わなかった。恋愛ものの小説って読まないからなぁ……いまいちわからないのよね。
「そう、ですけど……」
「ですので、お会いできる日はこちらに伺いますね」
満面の笑みを浮かべて言われ、私は頷くしかできなかった。