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第7話 友達ができた

 レーベルンに来て一週間が過ぎ、話し相手ができた。

 ひとりは図書館併設のカフェの従業員である女性、ジーナ。私より少し年上のサバサバしたお姉さんだ。

 もうひとりは老齢のご婦人、マルグリットさん。綺麗な白髪の女性で孫がいるらしい。

 もともと首都で暮らしていたそうだけど隠居して五年ほど前からこちらで悠悠自適に暮らしているのだとか。

 ふたりとは毎日図書館に通い、カフェに足を運んでいたら話しかけられて仲良くなった。

 なのでお昼時になるとマルグリットさんとカフェでランチをしつつお喋りを楽しんでいた。

 そして、九月二十七日金曜日。

 今日も私はカフェでマルグリットさんとランチを食べている。

 ベーコンとトマト、レタスが挟まったサンドウィッチに野菜のスープ。それにピクルスが添えられている。

 アルフォンソ様が現れるんじゃないか、て、最初はビクビクしていたけれど、今のところそんな気配はない。

 それはそうよね、だって私の滞在先、教えてないもんね。 


「まさかこの歳で孫みたいな歳の子とこんなにお話するとは思わなかったわ」


 私の向かいに座るマルグリットさんは笑いながら言い、お茶の入ったティーカップを手にする。

 たぶんだけど、マルグリットさんは上流階級の人だと思う。

 はっきりとしたことは言わないけれど、ひとつひとつの所作が綺麗だ。


「私も旅に出て良かったです。ここでたくさんの出会いがあったし、温泉はゆっくりできるし、肌もツヤツヤになってきました」


 笑いながら言い、私はサンドウィッチを掴んだ。

 ベーコンおいしい。レタスのシャキシャキ感が好きなのよね。


「温泉はお肌にいいものね。私もおばあちゃんだけど肌ツルツルなのよ」


 なんて言って、マルグリットさんは笑う。

 こんな感じのお茶目な人なので話していて楽しい。


「今度ね、孫がこちらに来るらしいのよ」


「……マルグリットさんの孫っていうと……」


「パトリシアさんと同じくらいなんだけど、それがね、聞いてくださる?」


 と言い、彼女はティーカップを置きずい、と身を乗り出してきた。

 おお、どうしたんだろう。


「孫がね、ひどい目にあったらしいのよ」


「ひどい目……ですか?」


「ええ、婚約していたんだけどね、相手の人、妊娠してしまったの」


 マルグリットさんは声を潜めて言った。

 婚約相手が妊娠……そういう話、最近流行りなのかな?


「それってつまり……」


「もちろん、うちの孫は関係ないのよ。それでね、お相手はそのお腹の赤ちゃんの父親にあたる人と結婚すると言い出して、大変な騒ぎになったのよ」


 と言い、マルグリットさんは深いため息をつく。

 なんだか聞き覚えのある話。

 そう思いつつ私は頷き言った。


「物語でときおり見かけますけど、いるんですねほんとに」


「ええ、私も驚いたわ。そういう話が嫌で私、こちらに来たんだけれどまさか孫がそんな事に巻き込まれるなんて思ってもみなかったもの」


「それはそうですよね」


 浮気されて捨てられるなんて、誰も思いはしないだろう。

 私だってそんな事思いもしなかったし。


「それで、そのお孫さんがこちらにいらっしゃるんですか?」


「ええ、そうなの。仕事をしているんだけど長い休暇をいただいて、こちらで息子……孫にとって父親よね。父親の仕事を手伝うそうなの」


「へえ、そうなんですか。息子さんは何をしてらっしゃるんですか?」


「あら、言っていなかったわね。息子はここの領主をしているのよ」


「あー、領主さんなんですか」


「そうなのよ。それでお祭りがあるじゃない? その準備の手伝いにくるんですって。なんて声を掛けたらいいかと思っていたんだけど、私は普通にしていようと思うの」


「そうですねぇ、それが一番だと思いますよ」


 そう言ったあと、私はマルグリットさんに言われたことを頭の中で繰り返した。

 今、息子は領主、て言いませんでした?

 領主……ここを統治する人……フレイレ伯爵家……それってつまり、アルフォンソ様のお父様?

 てことは、マルグリットさんはアルフォンソ様のお祖母様?

 私は目を見開いてマルグリットさんを見た。

 全然似てない……って当たり前か。アルフォンソ様は隔世遺伝で肌の色や髪の色が珍しい色なんだものね。

 私の様子を見たマルグリットさんは、小さく首を傾げる。


「あらパトリシアさん、どうかされました?」


「い、いいえ、何でもありません」


「ならいいけれど……孫はね、見た目がちょっと変わっていて苦労してるのよ。肌は褐色だし髪は黒くて。家族と余りにも見た目が違うからずいぶんとねもはもない噂を流されたものよ」


 あぁ、クリスティがそんな事言っていたっけ。

 そういう貴族の気質、嫌いよほんと。だから私、ここに逃げてきたんだけど。


「それで今回のことでまた奇異の目に晒されてるらしくて。私、そういうの嫌いなのよね」


 そしてマルグリットさんはため息をつく。


「私も嫌いです。無責任な噂流すの」


「そうなのよ、本当のことならある程度仕方ない、と思うけれど、不倫の子だとか養子だとか、悪魔の血をひいてるとか言われたこともあるのよ? あらぬ噂を流す人たちが本当に嫌なのよ」


 そう言ったマルグリットさんの顔には嫌悪の表情が浮かんでいた。

 とてもわかる、その想い。

 アルフォンソ様、ほんと苦労してきたのね。

 悪魔の子は酷すぎるでしょう。褐色の肌の人はこの辺りにはめったにいないだけで、大陸の南部には多いんだから。


「結婚も難しい、と思っていたんだけど婚約が決まって喜んでいたのよ……なのにあんな事になってしまって」


 わかりますわかります。私も婚約者に浮気されて捨てられましたから。

 あ、忘れていた色々を思い出してきた。


「その婚約の件なんて時間が経てば忘れられるでしょう。きっともう、誰か違う人の話でもちきりですよ」


 そう私が言うと、マルグリットさんは口元に手を当てて笑った。


「それもそうね。新しい話がきっと生まれているでしょうね」


「そうですそうです。ですからお孫さんのことも大丈夫ですよ」


 そう私が告げた時。

 マルグリットさんが明らかに私ではなく別の誰かに視線を向けた。


「お祖母様、ご挨拶に参りました」


 聞き覚えのよくある若い男の声。


「あらアルフォンソ、もうこちらにいらしたの? 土曜日になると聞いていたけれど」


 とても優しい笑みを浮かべるマルグリットさん。


「ええ、予定より早く参りました。お元気そうで何よりです」


「ありがとう、アルフォンソ。こちらに来てから若い友人がたくさんできたのよ」


 楽しそうにマルグリットさんが笑う。

 私はおそるおそる振り返って、現実を見た。

 そこにいたのは私もよく知っているアルフォンソ=フレイレ様だった。

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