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第65話

 夜の運動公園は思いのほか人の気配があった。体育館、テニスコート、ランニングコース、彼ら彼女らが照明の下に集まっている様は、救いを求める民衆が女神を探しているかのような印象をどこか覚える。

 桜子は、普段運動をしないわけではないが、定期的に打ち込む趣味であるわけでもない。運動公園は、子どもの頃はともかく、社会人になった今となっては縁遠い場所だった。

「意外と人がいますね。夜九時なのに」

 桜子の言葉に、陰陽師で上司の清隆は何を考えているのか、うん、と気の無い返事をよこした。

「社会人が運動しようとすると、こういう時間帯になるってことですかね」

「そうかもね」

「清隆さんは、こういう場所、来ます?」

「いや」

 清隆と桜子は公園内の池を囲んでつくられたランニングコースに併設されたベンチに座って、時間が経つのを待っていた。除霊を行うのは閉館後と決めている。それまでの暇つぶしがてら、公園内を見て回っていた。傍からはカップルが夜のデートでもしているように見えるのだろうが、清隆にそんな意図が全くないことを、桜子は知っている。

 滅多に来ない場所に、除霊すべき危険な霊がいないか見て回っておきたかったとか、そういうことだろう。朴念仁もいいところなこの男が、雰囲気のいい場所に色恋目的で相手を誘えやしないことを、桜子はよくわかっているし、自分たちがそういう関係でないことは火を見るより明らかだ。

 ま、何か企めば絶対に態度に出る人だしね。

「ランニングコースの途中に祠があったじゃないですか」

「あったね」

「あれは大丈夫なんですか」

「祠が危険なものだと思っている?」

 問われ、先入観を持っていたことに気付いた。言われてみれば、祠とは何だろう。祠を壊して祟られるのは怪談の定番だが。

「いや、何か憑いていそうじゃないですか」

「祠は、何かを祭っているものだよ。土地の神様、水害などで亡くなった方々、稲荷様なんかもあるな。あそこの祠の由来は知らないけれど、祭ることで無害化したり、逆に力になってもらおうとしたりしたものが祠だよ。普段は、ただそこにあるだけだ」

「そこにあるだけ、ですか」

「神や霊が危険だと思っているとしたら、桜子さんもずいぶん偏見を持つようになったね」

 清隆が少々馬鹿にするように笑う。それを見て、不快だとは思わなかった。心を許されるようになったな、と感慨深い。初対面の頃だったら、桜子の一挙手一投足を警戒し、怒らせないかと注意し、発言の一つ一つに清隆は気を回していた。今ではかなり、いい意味で雑に扱われるようになってきたと感じる。

「神や幽霊に、何度も危害を加えられましたからね」

「マイルドな言い方だね。殺されかけたと言ったらどう?」

「そこまで物騒なことになってはいないじゃないですか。お陰様で」

「そもそも、俺がいなければ巻き込まれなかったことではある」

「私が好きで首を突っ込んでいるんですよ」

「ああ、まあ、そっか。そりゃそうだ」

 清隆が経営するお化け屋敷「後ろの真実」に入社して、半年が経った。その間、お化け屋敷の演出として売り上げ向上を目指すと同時に、陰陽師としての活動について回り、それなりに経験した。もちろん、だから陰陽師の真似事ができるというわけではない。霊感は相変わらず無いし、式神が使えるようになったということもない。ただ、立ち会ってきただけだ。

 それでも、オカルトマニアでお化け屋敷愛好家としては冥利に尽きる日々を過ごしてきた。それまでの生活では考えられなかった刺激的なものを見て、体験し、そしてときに人と幽霊を救ってきた。上手くいかないこともあるが、それも含めて、充実した日々を送っているといえる。

 今日もそんな日々の中、舞い込んだ除霊の依頼のために来ていた。

「祠はともかく、除霊すべき幽霊はいましたか?」

「夜のこういう場は色々と彷徨っているものだけれど、危険というほどのものはいないかな。霊感が強い人なら避けるくらいのものはいるけど」

「駄目じゃないですか」

「そんなこと言っていたらキリがないよ」

 今回の依頼が来たのは、三日前のことだった。経過した時間でわかるように、緊急性はおそらくない。


 閉館したかぶらぎ運動公園は、閑散としていた。もっとも、閑散としていなければいけないのだが、人の気配が満ちていた場所からそれが失われると、今にもひょっこりと人が現れそうで、不気味に思える。

 そんなことを清隆に言うと、神妙に頷かれた。

「人の気配というものは場に残るからね。残留思念といってもいいけど。学校みたいな密度高く人が集まる場所はなおさら顕著だ。夜の学校が怖いのは、昼間の気配が残っているから、誰かがいるような気がするんだよ。誰かがいるような気はするのに、誰もいない。そのギャップが怖いんだ」

「ここもそうなんですか?」

「まあね。人が集まる場所には違いないし、運動している人、活発な人が放つ気配は強いから、敏感な人にとっては怖い場所かもしれない」

「公園が心霊スポットになっていることって、結構ありますもんね」

「それとはちょっと違う」

 ニコリともせず不愛想に否定され、むくれてやろうかと思ったとき、館長の竹下が出迎えるように現れた。夕刻、簡単な説明を受けたときも感じたが、人の良い、好々爺然とした人である。

「見て回られて、いかがでしたか」

「と、と、特に気になるものはあり、ありませんでした。あん、安全な場所です」

「それは良かったです。一安心しました」

 本心だろうな、と桜子は営業スマイルの裏で考える。見て回ったところ、悪霊が何十体もいて、何百万円もかけて除霊しないといけません、と清隆に言われたらどうしよう、と思っていただろう。悪質な霊媒師なら実際に言う可能性はある。そういう意味では、清隆の口下手も、正直な人という印象を与える効果があるのかもしれない。初対面でガチガチに緊張する清隆は、詐欺師にはとても見えない。

「では、問題のプールに案内します」

「桜子さん、水着持って来た?」

「持って来ましたよ。持って来ましたけども」

 まさか、清隆相手に水着姿を見せることになるとは思わなかった。

「着る必要、あるんですかね」

 清隆は無神経な男ではない。桜子の葛藤も見抜いている上で、言う。

「それは、向こうの出方次第かな」


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