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第58話

「桜子さんってそんなに暴力的だったっけ」

 清隆は呆れたように言う。

「生意気な年下には体で教えるのがモットーです」

「ヤンキーかな」

「部活レベルですよ」

「桜子さんって何部だったの」

「吹奏楽部です」

「吹奏楽部怖……」

「女があんなに沢山集まって、ドロドロしないわけがないじゃないですか」

「もっと平和的に部活しようよ」

「スクールカーストって知っています? 部活内にもあるに決まっているじゃないですか」

「嫌だ、知りたくなかった」

「まさか、女の子たちがキャッキャウフフと楽器吹いている部活だとでも思っていたんですか」

「思っていた」

「世間知らずですね。女に夢を見過ぎです」

「女の霊なら沢山関わってきたんだけどね」

「生身の女とも関わりましょうよ。だからバランス悪いんですよ」

「桜子さんと関わっているじゃないか」

「私は、ううん」

「何」

「規格外、とよく言われます」

「規格外」

「度胸がおかしい、らしいです」

「ああ」

「何ですか、その反応は」

「言い得て妙だな、と」

「そんなにですかね。自分では普通だと思うんですけど」

「普通ではない。それくらいは俺にもわかる」

「ええ?」

「霊に会いたがるなんてまともな感性じゃないよ」

「あの」

 小間が苛立った声を出した。

「帰してくれません?」

「帰すわけねえだろ!」

 桜子が小間を蹴り飛ばした。

「痛い! 捕虜の扱いは条約で決まっています!」

「捕虜じゃないだろ。ああん?」

 清隆は桜子が見たことない鬼のような顔をしていて軽く引いた。

「誰の差し金だ。師匠とやらはどこの誰だ」

 言いながら小間の腹を踏みつける。俺なら女の子をそんな風に扱えないな、と感嘆半分、恐怖半分で身を引きながらその光景を見る。

「言いません」

「呪いは返ってくるって知らなかったのか」

「言いません」

「ウチに来て全員成仏させるつもりだったのか」

「言いません!」

「いい加減にしろよガキが!」

 はあ、と清隆は今日何度目になるかわからない溜息を吐いた。桜子は小間の顔を踏みつけて床に押し付けている。

「参ったな。俺たちは尋問の専門家じゃないし。未成年に酒を飲ませるわけにもいかないし」

「飲ませれば喋らせられるんですか?」

「泥酔させることなら容易いよ」

「この際、良くないですか。無理やり飲ませましょうよ」

「警察に駆けこまれたらどうするの」

「先に営業妨害してきたのはこのガキですし、それを言うなら今のこの状況だって違法ですよ」

「そりゃあ、そうか。まあ、この子も警察に気軽に行ける身じゃないってことで、飲ませようか」

 物置部屋のドアが開いた。

「いやいや、未成年の体の成長に悪影響を及ぼすやんけ」

 困るわあ、とその男は金髪に照明を反射させながら言った。


 桜子はその男を見た瞬間、意味もわからず息が詰まった。大きい。何かと問われると答えられないが、強いて言うなら存在感が。

「ウチのが世話になったな」

 その男は右半分が金髪、左半分が黒髪だった。両耳にいくつものピアスがつき、革ジャンにジーンズという出で立ちをし、首からはいくつものペンダントがぶら下がっている。極めつけは、屋内にも拘わらず掛けている丸いサングラス。

「ビジュアル系バンドのギタリスト?」

 桜子の言葉に、海人が噴き出した。

「誰がバンドマンや。ワイは霊能力者や」

「霊能力者が何の御用で?」

「そいつ、小間を回収しに来た。ワイの弟子やねん」

「弟子?」

 桜子は小間と男を交互に見る。季節外れの革ジャンが共通している。

 海人が小間との間に入る。

「そもそも、あんた誰。名乗れば?」

 男は手を叩いた。

「おう、ワイとしたことが、自己紹介が遅れたな。ワイは狐塚。さっきも言ったが霊能力者や。そちらの陰陽師さんと同じく、霊障や怪異、妖に関する相談事を生業にしとる」

 桜子が清隆を見る。

「だそうですが、知り合いですか」

「いや、知らないな。家族以外の陰陽師の知り合いは数人いるけど、狐塚って名前は聞いたことがない」

「ワイは陰陽師やないからなあ。陰陽師界隈には名前が届いとらんのやろ。それか、そこの陰陽師さんの耳が遠いか」

 桜子と海人の視線が清隆に集まる。清隆は気まずそうに頭を掻いた。

明らかに、清隆は人脈を積極的に広げるタイプではない。

「知り合いでもそうでなくても、営業妨害は良くない」

「それはそうです」 

 清隆の言葉に、桜子は首肯する。

「まずは話合いで事を収めるのが、あるべき社会人の姿だと思う」

「清隆さんも、まあ、社会人の一員ですしね」

「そこは疑わないでよ。だから、今問い詰めるべきは俺の社交性じゃなくて、狐塚さんの行動でしょ」

 桜子と海人の視線が狐塚に戻る。

「だいたい、ここには入ってきた人を感知する結界が張ってあるんだ。どうやってすり抜けて来たんですか」

「あんな古典的な結界、いくらでも誤魔化せるわ。ちょっと知識があるモンにとっちゃ、有っても無くても変わらんやろ」

 清隆の眉間に皺が寄る。

「誰の依頼か、教えてもらえはしないんでしょうね」

「まあ、当然やな。依頼人の情報を漏らすほど非常識やあらへん」

「それ、何弁ですか?」

「何やろなあ。あちこち転々としとるから、色々混ざってしまったんや」

「お弟子さんは、雑誌でウチのことを知ったと言っていましたけど?」

「まあ、そうやな。ピーンと来たわ。あ、これ本物やな、と。もちろんあんたのことも本物の陰陽師やと思っとるで。でないと、悪霊を使役してお化け屋敷のキャストにするなんてことは不可能やからな」

「あなたも、ウチを危険だと思っているのですか」

「そうやな。悪霊なんてもんをみだりに人前に出すべきやないやろ。式神や使い魔として、悪霊退治のときに使うならまだしも、一般人を脅かすために野放しにしておくなんて、危機管理がなってない、いや、危険物を街中に放置して事故が起こるのを待っているようなもんやろ」

「事故なんて起きませんよ。というか、生きている人間だって事故を起こすんです。死んだ人間が起こすリスクだって同等にあるというだけじゃないですか」

「避けられんやろ」

 狐塚が清隆を指さす。

「危険物が放置されとったら、普通の人間は近づかん。危険を察知して逃げることもできる。だけど、ここで霊が牙を剥いても、一般人は避けようがあらへん。察知することすらできんやろな。せやから危険やねん。あんた、ここの霊が逃げ出して姿消して、人に害を為したとき責任取れるんか」

 桜子の脳裏に、鈴木が姿を消したときのことが浮かんだ。あのとき、清隆は鈴木を見失った。結果的には桜子の調査と偶然来た依頼とで発見できたが、運が悪ければそのまま鈴木が帰ってくることはなかった。

 狐塚はペンダントの一つを首から外した。先に四角錘が付いた、細い鎖を手にぶら下げる。

 その手を、清隆に向かって突き出した。

「あんたはもっと自覚した方がええな。自分がやっとること。それを周りがどう思うかっちゅうこと。そこまで鈍感であられへんやろ、ワイらみたいな、感覚が売りのモンは」

 狐塚は、手を海人に向ける。

「イケメン君も、見えるモンやろ。こっち側の同類や。人間にしては妙な気配しとるな。見ればわかるで。駆除したろか」

 海人が殺気立つ。清隆が手を出して海人を制した。

「霊のみならず、ウチの生きている従業員にも危害を加えるつもりですか」

「それはそちらさんの出方次第やな。素直に店畳むんやったら手ェ出さへんで」

「断ります」

「ま、せやろな」

 狐塚の手が桜子に向く。

「お姉さんは……へえ」

 狐塚の手からぶら下がったペンダントが揺れ始めた。円を描くように周り始める。

 桜子はそれに心当たりがあった。

「ダウジング?」

 ダウジング。それは、L字の棒や振り子を使って、水脈や失せ物などを探す技法だ。超能力のように語られることもあるが、人間が無意識に拾っている情報から答えを導き、無意識に動かしている筋肉が棒や振り子を操作していると、科学的には説明される。

 これは、何を探知している?

「意外やな。お姉さんが核か」

「核?」

 海人と清隆が前に出て、桜子と狐塚の間に入る。

「ええなあ。男二人も侍らせて。そんなに殺気立つなや。今日はこれで退散するから。小間、帰るで」

 狐塚は悠々と物置部屋を横切って小間の元にかがむ。ビリビリと養生テープを破る音が響く。

「清隆さん、連れて帰られちゃいますよ」

「いいよ。どうせここに閉じ込めておくわけにもいかないんだ」

「そんな」

 そうこうしている間にも、小間は解放され、手足を解しながら立ち上がった。

「皆さん、お世話になりました。特におばさん、踏みつけてくれたお礼はさせてもらいますからね」

「おばさんって言うな、コラ」

 狐塚は楽しそうに笑った。

「それじゃ、また」


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