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第56話

 雑誌『アンダーストリート』を読んでいると、鈴木が後ろから覗き込んできた。

「桜子さん、それは我々の記事じゃないですか」

「そうですよ。私も今読んだところ」

「見せてください。私にも是非」

「はいはい」

 該当のページを開いて置いてやる。鈴木は幽霊だから、ページを捲れないのだ。

「焦らなくても、皆にアナウンスするのに」

「一刻も早く読みたいじゃないですか」

「ま、気持ちはわかるけどね」

 記事は、お化け屋敷特集というだけあって複数の特色あるお化け屋敷にインタビューした記事の連続で構成されていた。マネキンや人形に特化したお化け屋敷や、ヴァンパイア城をモチーフにした洋風のお化け屋敷など、まだまだ知らないお化け屋敷があるのだと、桜子も驚いた。中には、行ったことがある場所も掲載されていた。

 「後ろの真実」については、「本物の幽霊に会えるお化け屋敷⁉」という見出しで、比較的大きく紙面を使って掲載されていた。宮島の筆も上手く、感じた恐怖が生々しく書かれていた。まあ、宮島の筆にかかると、どのお化け屋敷も最恐の恐怖の館になるのだが。

「筆が上手いですね。具体的なことは一切書いていないのに、感じた恐怖が伝わってきます」

「写真もいいでしょ」

「ええ、ええ。見やすくも、不気味な印象になっています。ただの写真といえど、侮れないものですね。桜子さんと清隆さんも写っていますよ」

 桜子は恥ずかしくなって腕を掻いた。まさか顔まで載せられるとは思っていなかった。もっと念入りに化粧しておけばよかったかもしれない。

「桜子さんが美人に写っていますね」

「どういう意味?」

「あ、いや、実物よりも美しく写っているなあ、と思いまして」

「実物が美人じゃないって言っているように聞こえるんですけど」

「いや、いやいや、桜子さんは美人ですよ。お美しいですよ」

 焦るように言う鈴木に、舌打ちをした。そりゃあ、絶世の美女ではないことくらい自覚しているけれど、そこそこ、本当にそこそこくらいは通用すると思っているのに。

「そ、それでは私は皆にこのことを知らせてきますね」

 そそくさと逃げるようにモニタールームから出て行く鈴木をしっしと手を振って追い出した。まったく失礼な男だ。

 「アンダーストリート」が発売されたのは昨日で、昨日は定休日だった。そのため、今日がキャスト達にとって初めて「アンダーストリート」を目にする日である。じきにぞろぞろと浅田、巾木、般若がやってきた。

「桜子殿、どこであるか、我らが乗っている番付表とは」

「番付表って、言い方古いね、浅田さん。それに番付はないよ。併記されているだけで」

「ぬ、そうなのであるか。てっきり我らが一番を取ったものかと」

「自信満々じゃん」

 笑いながら「アンダーストリート」を押し出すと、わらわらと群がった。

「ああ、清隆殿と桜子殿の写真が載っている。拙者も写りたかったである」

「私の井戸の話が無い。ネタバレできないとはいえ、残念ですね」

「ここの写真が写っている」

 ガヤガヤと賑わうモニタールームに清隆も入ってきた。

「皆ここにいたんだ。何、記事読んでいるの?」

「清隆さんが格好良く写っていますよ」

「実物以上に写されると嫌だな。やっぱり海人君を代わりにすればよかった」

 これでお客さんが増えればいいけど、と予約サイトの管理者画面を清隆が開く。雑誌の効果があったのか、普段より埋まりがいい。本格的に反響が見えるのは、これからだろうか。

 そのとき、清隆が「ん」と顔を上げた。

「どうしました」

「誰か来た」

「え、予約の時間まで間がありますよ」

「早めに来たのかも」

 清隆が立ち上がったとき、叫び声が響いた。

「清隆さああああああああん、助けてええええええ!」

 鈴木の声だ。

 清隆がドアを跳ね飛ばすような勢いでモニタールームを出て、エントランスに向かう。桜子も続くと、受付デスクの傍に、鈴木が転がっていた。季節外れの革ジャンを着たショートカットの女の子が鈴木を踏みつけて、光る縄のようなものを握っている。縄の先端は鈴木に巻き付き、拘束していた。

 踏みつけている?

 桜子は咄嗟に反応できなかった。「後ろの真実」は幽霊が見えるように術を施されている。だが、触れることはできない。

 普通ならば。

「君、誰」

 清隆が女の子に問う。いつの間にか、清隆の足元にサカグラシが控えていた。

「本名を明かすほど迂闊じゃありません。ただ、一応名乗っておいてあげましょう。私は小間です。小さいに、間隔の間で、小間です」

 小間と名乗った女の子は光る縄を引いた。鈴木がぐう、と声を上げる。

「悪霊がたむろするお化け屋敷があると聞き、除霊に参りました」

「何を勝手な。ここは俺が管理している。他人にとやかく言われる筋合いはない。それに、ここには悪霊なんていないぞ。鈴木さんはただの浮遊霊だ」

「嘘ですね」

 小間はばっさりと断じた。

「後ろの女の方、少なくともあなたは悪霊です」

 振り向くと、巾木たちもエントランスに出てきていた。浅田は刀を抜いている。

「違う。もう悪霊じゃない。人に危害は加えない」

「信用なりません。まとめて消滅させてあげます」

「サカグラシ」

 清隆が声を掛けると、サカグラシが肩に飛び乗った。次いで、サカグラシの口から酒瓶がぬうっと現れる。

 清隆は酒瓶を抜いた。栓を開けようとしたとき、小間が清隆を指さした。

「酒の能力を使う陰陽師。師匠の言う通りですね」

 その言葉が終わった瞬間、清隆が膝を折った。床に手を着き、呻く。

「清隆!」

 サカグラシが叫んだ。桜子には、何が起こっているのか、全くわからない。

「呪いか」

 小さな声で清隆が絞り出すように言った。

「指さすだけで発動する呪い。病の類を押し付けているんだな。霊には効かない、対人用の術だ」

 清隆が顔を上げる。

「こんなもの、誰に教わった。師匠とやらか」

「教える必要がありません。そこで大人しく見ていてください」

「断る」

 清隆はふらふらと立ち上がった。見るからに調子が悪そうで、足元も覚束ない。

「もう一度言うぞ。ここは俺が管理している。他人に口出しされる筋合いはない。今なら見逃してやる。呪いを解いて、鈴木さんを解放しろ」

「こちらもお断りします」

 清隆が酒瓶を煽った。

「無駄ですよ。どんな能力を使おうが、呪いに罹った状態で私を止めることはできません」

「呪い、ねえ。こんな言葉を知っているか?」

 清隆が背筋を伸ばした。体に力が入り、声も張りを取り戻していく。

「酒は飲むべし百薬の長ってな」

 パキン、という音が聞こえたような気がした。清隆の周りの空気が急に晴れたような、明るくなった感覚。

「そんな」

 驚愕に染まる小間に対し、清隆が叫ぶ。

「サカグラシ!」

 その声と共に清隆が一歩で間合いを詰めた。飛び蹴りが小間の頭を狙う。

 小間は伏せて避けた、ように見えた。体勢を切り返した清隆と、それを見ていた全員が「あ」と声を出した。

 小間は、床に倒れていた。

 呪詛返し。呪いを破られれば行使した人間に返っていく。

「なんなんだ」

 清隆の呟きだけがエントランスにこだました。



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