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第49話

「雑誌の取材が来ます」

 桜子が朝礼で高らかに宣言した。お化け屋敷「後ろの真実」では、毎朝朝礼を開き、烏丸と海人を除くキャスト全員が揃う場としている。階段から動かない烏丸と、夕方に出勤する海人は例外だ。

 桜子は得意気な表情で見渡す。はばと鈴木は拍手をし、鎧武者の浅田は顎をざらりと撫で、興味深そうな顔をしている。般若は首を傾け、横に立っている巾木に訊いた。

「雑誌って何?」

「本に載るってこと。ここが有名になってお客さんが沢山来るよ」

「儲かる?」

 明け透けな言い方に、桜子は思わず笑いそうになってしまう。

「うん、きっと」

 巾木は穏やかに応える。桜子は咳払いを一つした。

「さて、海人君も入れたフルメンバーでお迎えするよ。取材に来るのはライターとカメラマンの二人。最初に一周してもらった後に、私と清隆さんでインタビューを受けます」

「拙者も、いんたびゅーとやらを受けてみたいものであるな。演技のこだわりなど、いくらでも語れるのであるが」

「浅田さん、というか皆が本物の幽霊だってことは一応秘密なんだから。ウチは幽霊に会えるお化け屋敷を謳っているけど、それが本当に本物の幽霊だってバレたらテレビとかそういうレベルじゃない騒ぎになっちゃう」

「有名にはなるであろう?」

「皆を無理やり成仏させようって霊媒師も大挙して押し寄せるかもね」

 清隆がポツリと言うと、浅田は口を開いたまま言葉を止めた。

「特に巾木さんや浅田さんなんかは元悪霊だ。周りから見たら皆が無害かどうかなんてわからない。世間的にどんな扱いになるかわからないよ。最悪、何百年も封印されることになるかもね」

「清隆殿、さらりと怖いことを言いまするな」

 浅田の顔が心なしか青くなっていた。幽霊にとっても封印されることは怖いらしい、と桜子は一つ学んだ気分になる。

 鈴木が手を挙げた。

「それで、取材は何時からですか?」

「午後四時から一時間半で約束している。海人君もそれくらいに来るよ」

 鈴木が意地の悪い笑みを浮かべた。

「思いっきり怖くしていいんですよね」

 桜子も悪い笑みを返す。

「もちろん。怖ければ怖いほどマニアが呼び込めるんだから、最恐のお化け屋敷だって書いてもらおう。皆、手抜きは無しね」

「怖さに関しては問題ないであろう。海人殿が入ってから我ら絶好調であるしな」

 浅田がうんうんと頷く。桜子もそれは感じていた。ろくろ首の海人が大トリを努めるとき、「後ろの真実」には悲鳴が響くようになった。浅田、般若、烏丸、鈴木、巾木の順で客の前に現れ怖がらせた最後に、「お楽しみいただけましたでしょうか」と言って美形男子が現れたかと思ったら首が伸びて顔を寄せてくるのだ。合成かもしれないと思っても怖いものは怖い。人に近い形をしたものが人の形でなくなったときの本能的な嫌悪感と恐怖はどうしようもない。何人か腰を抜かして階段を転がるように下りてきたこともある。

 その後のネットへの書き込みは星5。コメントは、「漏らすかと思った」「意味が分からない。怖すぎ」「全力で叫んでしまった」などと好評だ。

 桜子は手を叩く。

「油断は禁物だよ。最近の皆がすごくいい仕事しているのは確かだけど、気を抜いたらすぐ相手にバレるからね。最初のお客様が来るのは三十分後。よし、今日もよろしくお願いします」


 取材に現れたのは宮島栞と名乗るライターと、田野端華奈子と名乗るカメラマンだった。

 桜子と清隆は名刺を交換した。田野端は外観や内装、そして清隆たちにシャッターを切る。

「学校を改装しているんですよね」

 宮島が珍しそうに見渡しながら訊く。清隆はおどおどとしているので、桜子がさっさと答えてしまう。

「はい。社長のおばあ様の持ち物だったこの建物を改装して使っています」

「すごい。お金持ちなんですね」

「いえいえいえいえ、そ、そんなこと、あり、あり、ありませんよ」

 清隆の滑舌がいつにも増して酷い。女性相手が苦手なのはいつものことだが、女性二人組が来たせいで悪化しているようだった。

「み、み、宮島さんこそ、ライターなんてす、すごい、です」

 宮島は清隆の喋りに気を悪くした様子もなく笑顔を浮かべた。

「いえ、ただのフリーのライターですから。格好良さそうに見えてもカツカツなんですよ。田野端もフリーのカメラマンでよく仕事が一緒になるんですけど、お金が無いっていつも言っています」

 さっぱりした人だ、と桜子は宮島を観察した。お金が無いと言う言葉に嫌みや卑屈さを感じない。眉の上で切り揃えた前髪とセミロングのボブカット。ぱっちりとした二重瞼。

 うん、モテそう。可愛い。

 その様子を撮っている田野端は、背中まである茶髪を揺らしてファインダーを覗き込んでいる。少し面長で、美形でもないが不細工でもない。

 なんだろう、この、主役と脇役感。

 非常に失礼なことを考えているのは承知だが、この二人の関係は本当に対等な友人なのか疑わしくなった。

 まあ、取材には関係ないか。

 ごにょごにょと話す清隆と、笑顔で聞いている宮島の会話に割り込んだ。

「うちの社長、この通り口下手なのでインタビューのときにゆっくり話した方がいいと思います。それより、早速体験してみませんか、弊社自慢のお化け屋敷を。キャストが今か今かと中で待ち構えています」

「え、あ、そうですね」

 宮島が唾液を、ゴクリと音が出そうなくらい大きく飲んだ。おや、と意外に感じた。この反応は、怖がっている人のものだ。沢山の客を見てきたので、何となくタイプ分けできるようになってきた。これは、悲鳴を上げるタイプと見た。

「行こう、華奈子」

 宮島の声が震えている。一方で田野端は冷静にカメラをケースにしまった。

「栞、抱き着いてもいいけどカメラだけは壊さないでね」

「預けていったら?」

「それくらいは約束してほしかったな」

 田野端が笑顔を見せた。どうやら田野端は宮島をフォローするポジションらしい。二人の関係性が透けて見えて少し微笑ましい。桜子は邪推していた自分を戒めた。

「預かっておきましょうか」

 桜子は田野端に言う。

「中の撮影は禁止ですし、腰を抜かしてこける方もいらっしゃいますし」

「腰を……?」

 宮島の口がひくついた。

「大丈夫ですよ。怪我人が出たことはありませんから」

「じゃあ、荷物、預かっておいてもらってもいいですか」

 田野端は淡々と鞄にカメラを入れて渡してきた。ズシリと手ごたえがある重い荷物に、カメラマンという仕事が肉体労働であることを示された気がした。

「さて、それでは行ってらっしゃい」

 その後、甲高い悲鳴が何度も響き渡り、桜子はにやつく頬を堪えることができなかった。そんな桜子を見た清隆が「サドだなあ」とぼやき、一発殴られた。


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