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第48話

 なぜこいつらは手の姿をしているのか。

 手とは欲する物を掴むためのものでもある。欲望を叶える瞬間を意味しており、それが人の暗い気持ちと繋がっているのだろう。この神社に、足、腹、首があって手が無い辺りも関係していそうだが、今はおそらく大事じゃない。

 清隆は爪を伸ばす。

 飛び掛かってきた一体の、真ん中についた口を引っ掻き、怯んだところを蹴り飛ばす。背後では、変化して首を伸ばした海人も、ワニを思わせるその爪で良くないモノを貫いていた。

 やっぱり、単純なパワーなら海人の方が強い。俺がやるべきことは別にある。

「海人君、ここ任せるよ」

「ああ?」

 清隆は参道脇の樹に向かって駆け出す。その瞬間、体が抵抗を感じて先へ進めなくなった。正面から暴風が吹いているかのような力を受け、足を前に運ぶことができない。少しでも力を抜けば吹き飛ばされそうだ。

 目線だけで花の神を見る。あれがおそらく、いわゆる豊穣の神の顕現した姿。そして、この花をつけた樹が御神木であり、力の源。だから俺を近寄らせない。

「やっぱり、これが弱点なんだな」

 清隆の言葉がわかったかのように、正面から感じる力が増した。一歩下がらせられる。

 手の化け物が二体にじり寄ってきた。それを見て海人が滑り込むように割って入る。

「何やってんだ」

「あの樹が弱点だ。あれさえ壊せば、手共は姿を維持していられないはずだ」

「ならさっさと折るなりなんなりしろよ」

「近寄らせてもらえない」

「あっちの花の方か」

 海人の周囲の空気がざわめく。キリキリとどこからか音が鳴り、足元から小石がいくつも浮き上がった。

「援護するから、行け。さすがに全部倒すのは骨が折れる」

「わかった」

 浮いていた小石が花の神めがけて一斉に飛ぶ。いくつかが神に当たり、清隆を抑えつけていた力が緩んだ。その隙に樹に向かって進む。だが、あと二メートルというところで再び阻まれた。

「海人君、もう一回頼む」

「待て、無理だ」

 首だけで振り向くと、海人の周りに四体の手の化け物が集まっていた。その内の一体に腕を掴まれ、振りほどく。

 早くしないと、敵の数が多すぎる。サカグラシを火猫にしても、倒せるのは一体ずつだ。四、五体に同時に攻撃されたらひとたまりもない。

 清隆の右手に二体の手が近づいてきた。威嚇するように歯を打ち鳴らす。

 攻撃してこない? 花の神の力がかかっている内はこいつらも近寄れないのか。

 だが案に反して、じりじりと近寄ってきた。清隆の正面方向からの力は手の化け物も感じているようで、動きと姿勢が揺らいでいる。

 だが、近づかれるのは時間の問題でしかない。

 その三者の間に、サカグラシが割って入った。シャア、と歯を剥く。

「清隆、さっさとやれ。ここは私が押さえる」

「無理すんなよ!」

「ならば急げ」

 相手が普段実体を持たないタイプの怪異であれば、サカグラシも戦える。とはいえ、サカグラシは単体で強いタイプの妖ではない。時間稼ぎが精々だろう。

 急げ。急げ急げ急げ。

 気は急くが、前には進めない。それどころか花の神の力が増している気すらする。

 その清隆の背中が押された。急に力が掛かって、躓きそうになる。

「清隆さん、行きますよ」

 桜子が背中を押していた。力強く、一歩踏み込める。

「霊とか妖は霊感がある人に強く影響を与えられるんですよね。だったら私にはほとんど干渉できないんじゃないですか」

 その言を証明するかのように、桜子に押された背中が前へ進む。ビリビリと痛いくらいの力が前から清隆を押し返すが、桜子はそんなものを意に介さず清隆を押し出す。

「さすが桜子さんだ」

 そして、清隆の手が樹に届いた。

 抱き着くように樹を抱え、唇を押し付ける。ざらざらした樹皮の表面を感じ、息を吐きかける。

「さっき飲んだ酒は、キスオブファイア」

 キスオブファイア。朱色をしたカクテルの一種。

「俺が飲めば、キスした対象を燃やす炎になる」

 清隆の腕の中で樹が燃え上がった。生木らしく白い煙を盛大に吹き出しながら炎を上げる。

 空気を切り裂くような甲高い悲鳴が響いた。花の神が苦しそうにもがく。

「神に罪は無い。お前たちはそのように存在しているだけだ。でも、人間はお前たちを全て理解してやれるほど万能でもないんだ。しばらく、眠っていてくれ」

 花の神の叫び声が響くに合わせて、手の化け物たちの存在感が薄れていく。海人は最終的に六体の化け物に揉みくちゃにされていた。全身を掴まれ、振り回されていたのか、服が土まみれになっている。

 花の神が苦しみ、背中から根のようなものが四本生えてきた。するすると伸び、倒れている人たちの方へと向かって行く。

「あれが神のか」

 清隆が呟くのと、海人が花の神の首を切り落とすのが同時だった。

「これ以上、家族に手は出させねえよ」


 滝の神も消えた。異常を知らせる役目は終えたということだろう。

 花の神こと豊穣の神を祓った後、清隆たちは大急ぎで村の人間を起こして回った。朝方になって救助隊が出発し、首神社の失踪者たちは病院へと搬送されていった。搬送途中で意識を取り戻す者もいたが、既に呼吸をしていない者もいた。村人によれば最初の失踪者らしい。

 海人の家族たちはさすがと言うべきか、下山中に意識を取り戻し、病院ではなく家に帰った。軽い食事をして、それからは死んだように眠っている。豊穣の神から何日も生命力を吸われ続けたらこうはいかなかっただろう。ろくろ首が病院に行ったらどうなるのか、という問題もあるが。

「助かりました。ありがとうございます。何とお礼をしたらいいか」

 六郎家で、海人が頭を下げた。まだ村は大騒ぎで、家永には報告できていない。事が落ち着くまで待つつもりだった。

「お礼なら家永さんから貰うから、気にしないでいいよ。俺たちは依頼があったから来ただけだし」

「それでも、お礼を言うべきことだと思います」

「そう思うのは否定しないけどね」

「これで、失踪事件は終わったんでしょうか」

「一時的にはね。あれくらいで神が死ぬわけがないよ。依り代を失ったのなら、次の依り代が選ばれるだけだ。数年か数十年かすれば、また神が顕現し、失踪者が出る」

「じゃあ、どうしたら」

 清隆は海人を指さす。

「神輿を復活させるんだ。祭礼をこれから毎年行うようにするんだよ」

「でも、神主は死んでしまいました」

「君がやるんだ、海人君」

「ええ、俺が?」

 清隆は桜子を見た。

「桜子さん、六郎家が村で何と言われていたか、覚えているよね」

「人食いの化け物ですか?」

「この家はある種恐れられている。言い換えれば、神性がある。そんな家の者が祭礼を取り仕切れば、それは箔が付くってものだよ」

「そう言われれば、そうかもしれませんけど……」

「君は強い。力がある。念動力は強い霊力の証明だ。家族の中で君だけが豊穣の神の誘引に抗えたのも、家族の中で君がひと際強い力を持っていることを示していると思う。だから、適格なんだ。大丈夫、俺からも祭礼の復活を具申しておくから」

 俺が、と呟く海人に、桜子が人差し指を立てた。

「それから海人君、もう一つ提案があるんだけど」


 梅雨が始まった。天気予報は連日雨を予想している。この先二週間ほどはずっと雨だろう。

 そんな鬱々とした天気を吹き飛ばすように、元気のいい声が「後ろの真実」のエントランスに響く。

「六郎海人です。ろくろ首の十九歳。縁あって、こちらでバイトさせていただくことになりました。特技は首を伸ばすことと体術」

 ちらりと桜子を見る。

「あと、顔の良さが少々」





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