目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第33話 

 その女性客は疑り深かった。

 鎧武者の浅田や般若が消えていった壁を念入りに調べ、辺りを見渡し、固定カメラにも気づいた。階段に座り込んで動かない烏丸を揺すろうとして失敗していたし、巾木の井戸に閉じ込められた後は床を這って仕掛けを探していた。

 その様子をモニタールームで見ていた桜子と清隆は、幽霊たちを指揮する立場にありながら不気味さを覚えるという新しい体験をした。

「どう思う?」

「触れられないし、何の仕掛けもないから、調べられても痛い腹はありませんけど、なんか、怖いですね」

「後で質問されたらどうしよう」

「企業秘密って答えればいいんじゃないですか」

「般若が労働基準法違反だと言われたら?」

「いや、未成年だからって働いたらいけない決まりはありませんよ。子役の役者とかいるじゃないですか」

「たしかに」

「それより、時間は大丈夫でしたっけ」

 一人の客の想定滞在時間は二十分だ。この客の場合、既に二十分経過している。

「幸い、次の来客まで時間はあるから大丈夫」

 平日の昼間、一番暇な時間帯であってくれて助かった。もしかしたら、それを見越して来たのかもしれないが。

「なんか、怖がりに来たって感じじゃないね」

「手品を見てタネを見破ろうとする観客に近いんじゃないですかね」

「それ、普通の楽しみ方じゃないよな。お化け屋敷なんて普通はタネも仕掛けもありはしないんだから」

「お化け屋敷好きの人が来てみたらトリックを疑うような内容だった。そして、そういう職業の人、とかですかね」

「トリックを疑う職業というと、何? 警察とか?」

 清隆が呟いた声に、二人で微妙な半笑いを浮かべる。二人とも警察は苦手だ。清隆は霊媒師と名乗っているため、警察からは詐欺師扱いされることが多いし、桜子に至っては人を秘密裡に殺している。

お化け屋敷「後ろの真実」について探られて痛い腹は無いが、個人的に弱点は持っているのだ。

 桜子は、web予約の管理者画面を開き、その客の情報を読む。

 福原恵美。三五歳。県内在住。アンケート欄の職業は未入力。

「次の部屋に行くみたいだぞ」

 清隆の声で目をモニターに戻す。福原は最後の、鈴木の部屋に移動している。移動中も油断なく目を周囲に走らせている。同業者という線もあるのか、と思いついた。

 鈴木が戻ってきてから、キャストの配置を変えた。一番手に浅田を、二番手と三番手は変わらず般若、烏丸を。四番手に巾木を置いて、最後に鈴木を配置している。

 鈴木は部屋に入って来た客と目が合うと、「さようなら」と言い窓から飛び降りる。客が窓に駆け寄っても、落下した鈴木の痕跡はない。当然、姿もない。清隆がかけた幽霊可視化の術は建物内に限定されているため、飛び降りて外に出た瞬間に姿は見えなくなるのだ。

 失踪中、エンドレスで飛び降りていた鈴木の姿から着想を得た演出なのだが、評判は悪くないと思っている。体験後のアンケートやレビューでも、「しれっと飛び降りてビビった」と書かれていることが多い。

 鈴木の目線では、落ちても怪我をすることはないらしい。二階くらいの高さなら恐怖を感じることもないそうだ。

 恐怖を感じても飛び降りさせようと桜子は思っていたのだが、笑顔でその言葉は隠した。将来的にはもっと高いところから飛び降りる演出もできないかと思っている。

 福原が鈴木の部屋に来た。鈴木が「さようなら」と言い、ゆっくりとした動作で足を窓枠にかける。

「待って」

 福原が叫んだ。桜子はギョッとする。お化け屋敷内で叫ぶのはよくあることだが、キャストが向かってきているわけでもないのに止めようする人は初めて見た。

 鈴木はそれに構わず飛び降りる。数秒遅れて福原が窓にとびつき、下を覗き込んだ。下はただの元校庭が広がっている明るい空間だ。当然、そこに鈴木の痕跡は無い。

 福原は呆然としていた。二階から無傷で飛び降りることは可能だ。身体能力に自信があれば飛び降りられるし、無事に着地もできるだろう。ただし、着地した後、姿を消すのは難しい。一階部分に入口を用意しておくとしても、着地してすぐに転がり込むにはスタントマン並みの身体能力が必要になる。それを来客ごとに行うのは現実的ではない。

 結論、不可解。

 悩む人間を見るのは楽しいが、ここまで真剣に悩まれると騙しているようで後ろめたさを覚えるようになってくる。

「桜子さん、見送りに行こう」

 清隆に言われ、慌ててモニタールームを出た。受け付けに座り、福原が出てくるのを待つ。あとは階段を下りてくるだけだったが、福原はたっぷり三分かけて出てきた。

「ありがとうございました」

 桜子が挨拶をし、清隆とお辞儀する。それで終わりなのだが、福原は真剣な表情のまま、桜子たちを見つめて立ち去ろうとしない。

「あの……お客様?」

「本物の幽霊なんですね」

 福原は立ち去るどころか歩み寄り、清隆に向かって話しかける。

「あなたが、あの幽霊たちに指示して動かしているんですか」

「ああ、あ、あの、お、お客様」

 人見知りが発動している清隆に代わって桜子が答える。

「申し訳ございません。中のアトラクションに関しては企業秘密です」

 福原は桜子をちらりと見て、また清隆に視線を戻す。

「陰陽師なのでしょう。私の叔父があなたに除霊を依頼したことがあります。その際、幽霊たちとお化け屋敷もやっていると伺っていたので、イカサマではないのか、本物なのか確かめるため、体験させていただきました」

 福原は、まっすぐ立って清隆の手を握った。

「体験して、少なくとも本物の幽霊たちであることを否定する材料はありませんでした。それどころか、本物でないと説明つかない、普通のお化け屋敷とは一線を画すものでした。どうか、私に力を貸していただけないでしょうか」

「え、え、ええ?」

 手まで握られてドギマギしている清隆を肘でつつく。

「お、おじ様ですか。何の依頼だったかな」

 清隆が少しだけまともに喋るようになってきた。

「インターホンの画面に映る黒い影の依頼です」

「ああ、あった、ありました。あ、そうですか。あの方のご親戚ですか。へえ、そうですか。ほおお」

「すいません」

 桜子はどうしても可哀想になって話に割り込む。

「どうか、手を離してあげてください。この人極度の人見知りなので、その状態だとまともに話せないと思います」

「あ、これは失礼しました」

「失礼なんて、とんでも、とんでもない」

 お前はデレデレするな、みっともない。


「改めまして、福原です」

 受付スペースに椅子を持ってきて、三人で座る。幽霊たちは空気を読んでか、誰も出てこない。助かる。

「陰陽師の安倍清隆です」

「助手兼演出の鬼頭桜子です」

 清隆が安倍霊障相談サービスの名刺を差し出す。福原は大事そうにしまい、座り直した。姿勢がいい。体を動かしている人みたいだ、と推測する。

 次の来客予定まではまだ三十分ほどある。

 清隆に任せていると時間が足りなさそうなので、桜子が仕切ることにする。

「早速ですが、ご依頼の内容をお聞かせ願えますか」

「車の幽霊が出るんです」

「車の幽霊?」

 車に幽霊が乗ってくる話は多々あれど、車の幽霊だと?

「風鳴峠という場所をご存知でしょうか」

「まあ、地名くらいは」

 県境にある峠と、そこの峠道のことを指すことは知っている。

「そこに、あるはずの無い車が走っているんです」

 福原は、「順を追って説明しますね」と言い、スマートフォンを受付テーブルの上に置いた。福原と、別の若い女性が写っている写真だ。

「彼女は谷村季里きり。先日、風鳴峠で事故死しました。でも、彼女の愛車のフィアットが今も峠を走っているんです」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?