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第30話

「鈴木さんの死に場所を教えてください」

「また幽霊探しするの?」

「はい。瀬倉さんも、もし会えたら鈴木さんに訊いてみたいこと、あるんじゃないですか」

 瀬倉は一瞬顔を曇らせた。

「私のこと、どう思っていたのかな、なんて」

「どうって……ああ、そういうことですか」

「あ、やっぱり訊かないで。会えても訊かないで」

 瀬倉は真っ赤になって手を振る。その様子で充分察することができた。

「訊いてもいいですよ?」

「いや、駄目でしょう。相手は死人なんだから。どう思われていようが、私がどう思っていようが、片付けなきゃいけない感情だもん」

「それは、そうですが」

 まるで死んだ後の鈴木はいないものとして扱うかのような言い方に、しっくりこないものを覚える。死んだ相手に恋してはいけないのか。

 相手は死しても想ってくるのに。

「まあ、そう仰るのであれば無理にとは言いません」

「あ、でも、代わりに訊きたいことはあるよ」

「何です?」

「どうして、死ぬ前に私に相談してくれなかったのか、ってこと」

「それは」

 それは、どうしてだ。

「私ね、それなりに鈴木さんと仲が良かった自信はあるんだ。だから訴訟の手伝いもしているわけだし。でも、肝心なときに力になれなかったのかなって」

 それはずっと引っ掛かっている疑問の一つだった。鳴海の相談に乗っていた鈴木のことだ。死ぬほど追い詰められていたのであれば、死ぬ前に誰かに話す発想があってもおかしくない。孤独な生活をしていたわけでもなく、瀬倉とはそれなり以上に親密だった気配がある。

「瀬倉さん」

 思い切って訊いてみる。

「鈴木さんは、本当に自殺なのでしょうか」

「それって、会社に殺されたようなもの、という意味じゃなく?」

「ええ。他殺の可能性です」

「誰がそんなことするの?」

「誰でしょうね。少なくとも、私はそれを一番知りたくて、鈴木さんを探しているような気がしています」

 最初はキャストとして、連れ戻すのが目的だった。今だってその方針に変わりはない。だが今は、鈴木健太という人物には、見えない側面があるような気がしてならない。単純な自殺だと断じるには、違和感を無視できなくなっている。

「私は、鈴木さんについて知りたい。何が出てくるかわかりませんが、それでも、いつか知らないといけないことだと思います」

 鈴木への想いを片付けようとする瀬倉と違って、私と鈴木の時間はこれからも続いていく。それを、なんとなくで過ごしていきたくはない。

「そう」

 瀬倉は、心なしか目が潤んでいた。

「私なら、怖いけどな。知らない闇が出て来そうで」

「闇くらい出て来ますよ。生きていれば」

 誰だって闇でも病みでも持っている。そこには、知っている闇と、知らない闇があるだけだ。

 それくらい受け止められなくて、人を愛せるか。


 瀬倉から鈴木の死に場所となった団地を聞き出し、車を走らせて向かう。鈴木は地下鉄で通勤していたようだが、この辺りは車も便利だ。

 今日は「後ろの真実」が定休日なので清隆にも来てもらうように言ったのだが、除霊の仕事が入ったからと断られた。相変わらず、幽霊を目視できる水だけ渡されての単独行動である。

 気づけば、鈴木が失踪してから一週間が経とうとしている。

 浦永団地。郊外にある、四棟からなる大きな団地。近くに車を停め、歩いて踏み入る。

 団地のどこで死んだのか、具体的な場所は聞いていない。瀬倉も知らなかった。歩に訊くことも考えたが、行ってみればわかるか、と思い現地調査だ。わかっていることは、階段から飛び降りたこと。それだけわかっていれば、高さのある階段を探して回るだけでいい。たったの四棟だ。それほどの手間ではない。

 水を飲み、見渡す。ベンチに、さっきまでいなかった年配の女性が座っている。駐輪場の隅に立つ小さな男の子が見える。頭から血を流し、ポカンと口を開けて宙を見つめていた。

 反応してはならない、と自分に言い聞かせ、視線を引き剥がす。

 こんなのを日常的に見ている清隆の世界はどうなっているのだろう。気がおかしくならないのだろうか。

 団地内を歩き回る。平日の午前、遠くに主婦らしき人影が出て来た。生者か死者かわからず、反応に困る。買い物に行くただの主婦だろうと思いながらも、気づかない振りをした。

 この一週間、頻繁に幽霊を目撃してみて思ったが、この水は多用するべきものじゃない。この世とあの世の境が曖昧になって、何を信じればいいのかわからなくなってしまう。見ない方がいいもの、見えないままでいるべきものがたしかにあって、私たちは見えないことで助かっている。当たり前に見えるようになってしまっては、日常生活に支障が出てしまう。

 団地は、各棟の中央に階段とエレベータがあり、八階まであった。高さとして充分とは言えないが、地面はコンクリートだ。落ちれば死ぬだろう。その他に、両端にも非常用と思われる細い階段が設置されている。一棟に三箇所、計十二か所の階段だ。見て回るのに苦労は無い。

 と、思っていると、二号棟の中央階段の真下に花が供えてあった。

 絶対ここじゃん。

 達成感よりも、良くないものを見つけてしまった感覚の方が強い。とりあえず周りを調べるが、鈴木の姿はなかった。

 ここも外れかな。

 献花を遠巻きに見て、上を見上げた。八階部分の階段は遥か上で、ここから落ちれば助からないと思えるには充分な圧迫感があった。恐怖はなかったのだろうか。何が鈴木を飛び降りさせたのだろうか。

 近くのベンチに座り、ぼんやりと見上げる。次はどうしようかと考えていると、声を掛けられた。

「ねえ、あなた、あの人の知り合い?」

「はい?」

 思わず振り返って、後悔した。真横に座ってにこにことほほ笑む年配の女性。

 水を飲んだときに見えるようになった、死者だ。

「あら。私が見えるのね」

 しまった。

 顔が強張る。誤魔化しようがなく反応してしまった。

「取って食おうってわけじゃないの。そういうのもいるけどね」

 女性は朗らかな雰囲気を纏いながら階段を指さした。

「最近、あの男の人がやってきて、ここに縛られちゃったみたいなのよ」

 あの男?

 指に誘われるまま顔を向けて、戦慄した。最上階の八階で、スーツ姿の男性が階段の壁をよじ登り、身を乗り出している。男は一呼吸おいて、ふらりと落下した。

 桜子は声を出す余裕もなく、ただ見送ることしかできなかった。

 パアンという液体が潰れる音がした後、地面に血だまりが広がっていく。手足があり得ない方向に曲がり、うつ伏せのまま微動だにしない。

 これは絶対に助からない。

「あの人、ずっと飛び降りているのよ」

「ずっと?」

「何度も、何度も。繰り返しね。見える人にとっては堪らないわよねえ」

「いつからですか」

「そうねえ、一週間くらい前かしら」

 桜子は勢いよく立ち上がる。女性はにこにことほほ笑んでいる。

「知り合いです。多分」

「迎えに来てあげたの?」

「そうです。あの、教えてくれてありがとうございました」

「またお喋りしてくれると嬉しいわ」

「それは、保証できません。私が見えているのは一時的なものなので」

「残念ね」

「でも、いつか、また」

 桜子は駆け出す。

 地面に伏している鈴木らしき人物の元に駆け寄る。顔も潰れてしまって、横顔が覗けるだけでは本人確認ができない。触れないから起こすこともできない。どうしようかと思っていると、姿が消えた。

 あれ、と思って見渡すと、今度は階段を上っていく姿が見えた。立ち姿、顔、間違いなく鈴木だった。

「鈴木さん」

 桜子が階段を追うが、返事は無い。鈴木は黙ったまま一歩一歩淡々と階段を上っていく。

 声が届いていない。「後ろの真実」の階段でうずくまる烏丸と同じだ。自分の殻に閉じこもってしまっている。

「鈴木さん。鈴木さん!」

 呼びかけながら歩くが、八階分の階段を上がると足と肺が疲れ、声が出せなくなってくる。鈴木は疲れを知らないのか、全くペースが落ちない。

 やがて、八階に辿り着き、落下した。

 パアン、という音が階下から聞こえ、桜子はその場でしゃがみ込む。下を見られる気分ではなかったし、こんなことを延々と繰り返している鈴木のことが、やるせなかった。

 どうにかしないと。鈴木はここに立ち寄って、死に場所に縛られてしまったんだ。

「あれ、どうして桜子さんがここにいるの」

 背後からの声に振り向く。

「清隆さん」

 いつものリュックを背負った陰陽師がそこにいた。


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