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第18話

 桜子は、受付を清隆に任せ、受付の傍にあるモニタールームで中の様子を見ることにした。ちなみに、元視聴覚教室を改造してモニタールームにしている。この物件は元学校というだけあって、部屋一つ一つが大きすぎて使い勝手が悪い。

 固定カメラに幽霊は映るのか。世の中に心霊写真や心霊映像は多々あれど、いまだ確かな結論は出ていない。

 ここ「後ろの真実」においては、幽霊もカメラにばっちり映る。今は一階廊下でうろうろしている鈴木が映っているし、二階を映しているモニターに目をやれば、今か今かとそわそわしている浅田が待機している様子もわかる。階段には相変わらず烏丸がうずくまっている。こいつは微動だにしない。

 本物の心霊映像なのに、どこからどう見ても生身の人間たちによるお化け屋敷に見えるのだから皮肉だ。

 やがて一階の廊下に動きがあった。ドアが開いて一旦明るくなり、また薄暗くなる。来客は二人組だったはずだ、と思って見ていると、男女二人組が恐る恐る、といった足運びで視界に現れた。悪くない。お化け屋敷に慣れきって堂々としている客よりも怖がらせ甲斐がある。

 固定カメラにはマイクも付いている。客の反応を見るためには音声も必要だったからだ。今は鈴木が小さめな声で話しかけている。挨拶なんてしなくていいと言ったのだが、鈴木は頑なに挨拶したい、いらっしゃいませと言いたい、と主張したので、それならいっそ普通に挨拶させてみようということになった。普通に挨拶した相手が壁の中に消えていくという演出は、なかなかに不気味というか、人によってはそれだけで恐怖してくれそうだ。

 カメラの中の鈴木はふらふらとした足取りで壁の中へ消えていった。うん、悪くない。幽霊というよりただの疲れたサラリーマンに見えるのがまだ難点だが、及第点だろう。

 男女二人組は壁を軽く調べ、首を傾げながら先へ進む。一階の廊下には般若が控えている。よし今、と桜子が思ったタイミングで、部屋から般若が駆け出して廊下を横切った。男女二人組がぎょっとして立ち止まる。再び般若が姿を現し、部屋の中へ戻る。

 軽く拳を握った。完璧なタイミング。男女二人組からは確実に見えたし、気を引いた。速すぎず遅すぎず、誰かいることを印象づけられた。

 男女二人組は部屋を覗き込む。そこには一人掛けソファが無造作に置かれており、般若が陰から飛び出す。そして、男女二人組と目が合う。

「ワアアアアア!」

 叫んだのは男女二人組ではなく、般若だった。

 虚を衝かれたのは桜子の方だった。

 なんで?

 一瞬考え、モニタールームで頭を抱える。

 そうだね、叫ぶ練習していたもんね。本番ではやらなくていいとは、私は言わなかったね。

 あるいは般若なりにひと工夫したかったのか。

 モニターの向こう側に沈黙が流れる。男女二人組はリアクションに困っている。

「ワアアアアア!」

 もう一度般若が叫んだ。次は両腕を振り回しながら。

 駄目だ、完全に遊んでいる子どもだ。見ていて可愛くなってきた。

 般若はなぜ上手くいかないのかわからない様子で首を傾げ、おずおずといった様子で申し訳なさそうに壁の中へ消えていった。

「何だったの?」

「わかんない」

 という会話がマイク越しに聞こえてくる。なんだかもう、苦笑いをするしかない。やっぱり叫びを演出に取り入れるのはハードルが高かったのだと再認識できただけでもよしとしよう。

 男女二人組は先へ進む。そのとき、鈴木がモニタールームへ入って来た。建物の外を通って外壁から透りぬけて来たらしい。

「何があったのですか。般若ちゃんが大声を出していたようですが」

「私の指示がまずかったの」

「はあ。どんな指示を?」

「叫んでみてって言ったら、それを本番でもやるものだと思っちゃったのよ」

「ああ。なんとなくわかりました。でも大丈夫ですよ。二階には浅田さんと巾木さんがいますし」

 男女二人組は烏丸を気味悪そうに横目で見ながら二階へと上がっていく。ここまでアクティブに動くキャストばかりだったから、動かない烏丸が却って気味悪く見えているのだろう。烏丸をいつまで放置しておくのかという問題はあるが、今のところキャストとして機能している。

「烏丸さんは安定していますね」

「安定っていうか、動いていないだけだけどね」

「私もあれくらいどっしり構えていたいものです」

「やめてよ。動かないキャストは一人で充分なんだから」

 二階のモニターに目を移す。落ち着きのない鎧武者が折れた槍を持って廊下を行き来している。

「後でもうちょっと落ち着けって言っておこう」

「お客様からは見えない場所だからいいんじゃないですか」

「予想より早く上がってきたら、あのうろうろしているところを見せることになるから駄目。怖くて走り出しちゃう人だっているかもしれないんだから」

「そんなお客様は見たことがありませんね」

「そんなに怖がらせることができていないって意味でもあるわけよ」

 そうなのだ。冷静さを失うほどの恐怖を与えることができていない。今回の男女二人組だって、冷静に鈴木と般若の演技を見ている。

 さて、ではこちらはどうだろう。

 二階は一階の真っすぐな廊下と違って、くねくねと曲がっている。廊下と部屋を行ったり来たりするルートになっており、そこで浅田と巾木のアトラクションを体験してもらう流れだ。

 男女二人組はその曲がりくねった廊下を進んでいく。何が飛び出して来るかわからない恐怖を演出できているのか、少々不安はある。内装にもっとお金をかけてボロボロの建物感を出したいのだが、如何せん先立つ物の無い身だ。安普請な工事になってしまっている。

 浅田の部屋に客がやってきた。何もない部屋と見せかけて、壁からゆらりと浅田が姿を現す。

「その首、頂戴いたす」

 薄暗い場所ということも相まって、鎧の乱し方が見事にきまり、落ち武者に見える。片方だけの脛当て、解かれた髷、締まりが甘くなった具足。足を引き摺るように歩き、顔が斜めに傾いでいる。

 百点!

 浅田からは見えないにも拘わらず、画面のこちら側で親指を立ててしまった。鈴木が「素晴らしい」と横で声を上げる。

「死者に見えますね」

「死者なんだけどね」

 浅田は、おおう、おおうと意味の無い声を出し、男女二人組にゆっくりと近づく。悪霊だったとき、こんな感じだったなあ、と桜子は思い返す。

 そして、浅田が怠そうな叫び声を上げると同時に、男女の間めがけて突っ込んだ。二人が両手を挙げて顔を庇ったところを、通り抜けてそのまま壁に消えていく。

 何が起きたのかわからない。そんな顔をした二人が残された。

 桜子は拍手をする。ほぼイメージ通り。後で褒めてあげないと。

 男女二人組は何度も振り返りながら順路を進んでいく。浅田がどうしてぶつからなかったのか、そしてどこへ消えたのか、さっぱりわからない様子だった。これが、幽霊だから、という発想に至ってくれれば良いのだけれど、実際は何かのトリックがあると思われるのがオチだろう。まだまだ、幽霊らしさを演出する道は果てない。

 さて、次はどうかな、と面白くなりながら見守る。最後の部屋に、巾木を配置した。ぐねぐねと曲がり、その部屋に二人組が到着する。

 二人組の女性の方が男の陰に隠れるのが見えた。部屋の真ん中に立っている巾木と正対したのだ。

そして巾木と二人組が、カメラから消えた。

「おお、心霊映像」

「どちらかというと、カメラの故障みたいじゃないですかね」

「鈴木さん、うるさい」

 巾木は悪霊だったとき、神隠しを起こせる能力を持っていた。正気を取り戻した後もその能力はそのままだったので、活用させてもらっているわけだが、大成功だといえよう。こんなアトラクションは日本中探してもきっとない。

「戻ってきましたね」

 鈴木の言葉に、再びモニターに集中すると、いつの間にか二人組がカメラに映っていた。巾木は神隠しを解除する際、部屋の外に戻ってもらうように桜子から指示している。二人組がよろよろと歩き出すのを見届けて、桜子は見送りのため受付に出て行った。

 男女二人組が出てくると、清隆と桜子は二人でお辞儀した。

「ありがとうございました」

 男の方が勢いよく受付台に手を突いた。

「あれ、どうなっているんですか」

「最後、最後のやつ」

 女の方も興奮している。

「井戸みたいな所に放り込まれて」

「女の人が上から覗いてきて、めっちゃ怖かった」

 男女が交互に詰め寄ってくる。思いがけない反応に、桜子も圧倒された。

「どこにあんな仕掛けが隠されていたんですか」

「どうやって出したんですか」

「どうやって戻したんですか」

「どうやって消したんですか」

 どうやって、どうやってと鬼気迫る勢いで問い詰めてくる二人を見て、仲がいいんだろうなあ、と場違いなことを思う。

 桜子が片手を前に突き出すと、男女は一転して静まり返った。

「それは」

 清隆も含めたその場の視線が集まるのを感じる。

「企業秘密です」

 またのご来店をお待ちしています。

 その日、口コミサイトに星4がついた。



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