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第17話

 叫び方には色々ある。ジェットコースターに乗ったときの絶叫。テストの点が悪かったときの悲嘆の叫び。部屋の中に虫が出たときの嫌悪の悲鳴。スポーツで自分に気合を入れるときの喝。場面に応じて様々ある。

 では、お化け屋敷に相応しい叫びとは何だろう、と桜子は考える。

 恐怖、驚き、戦慄の絶叫。それこそがお客様に出してもらうべき叫びであることに間違いはない。ここ、お化け屋敷「後ろの真実」が四六時中そんな悲鳴で満たされることこそ、演出担当である自分が目指すべき姿だ。

 ただ、それだけ明確に反応を想像できているにも拘わらず、演出としての正解はわからない。正確には、キャストが何をすれば客にそんな悲鳴を上げさせることができるのか、その正解がわからない。

 先日、「後ろの真実」のキャストに加わった鎧武者の幽霊である、浅田修平が「きえええええ」と叫びながら向かって来たことがあった。相当驚いたのだが、それは人が叫びながら突っ込んで来たら誰でも驚く類のものだった。お化け屋敷に求められているものじゃない。

 でも一方で、その発想を捨てきることが、桜子にはできないでいた。叫び。それは手っ取り早く相手に警戒心を呼び起こす。警戒した相手は敏感になる。こちらの演出の効果が効きやすくなるというわけだ。上手く使えば、叫びは有効な手段になる。

 でも、叫びねえ。

 桜子は頭を掻いて悩んだ。目の前には般若面を被った女の子の幽霊、通称、般若が仁王立ちしている。

「ワアアアアアアア!」

 試しに叫んで怖がらせてみて、と言っていたら、全然怖くならなかった。

 般若は体格から、小学校低学年くらいの歳で死んだと推測されている。本人の記憶が無いからはっきりしたことは言えないのだが、まあ、だいたいそのくらいだろう。その体格の子に叫んでもらえば不気味さが出るかもしれないと思ったのだが、大外れだった。安易にすぎた。せいぜいが駄々を捏ねる子どもくらいにしか見えない。どちらかというと、可愛い。

 これは、ホラーじゃないな。

 額に手を当て、うつむいた。

「般若ちゃん。ごめん、私が間違っていた」

「なんで?」

 般若は首を傾げる。面のせいで表情が分かり辛いため、感情表現はオーバー気味くらいがちょうどいい。桜子が「後ろの真実」に来たときにはすでにその癖がついていた。

「子どもがわけもわからず叫んでいたら不気味なんじゃないかって考えたけど、そういうわけでもなかったみたい。私が答えを持っていないことを演者にさせるのは、無理だったね」

「ごめんなさい」

 謝る般若に、手を振って否定する。

「謝ることないよ。失敗したのは私だから」

 桜子は「後ろの真実」の演出を担当しているが、元々は普通の会社員だ。お化け屋敷とも、演劇とも関わりがない。演出の難しさを実感する日々でもあった。

「『シャイニング』でも、別に不気味な子どもが叫んでいたわけじゃなかったしね。ただ立っていたってだけで」

「シャイニングって?」

「有名なホラー映画なんだけど、般若ちゃんは知らないだろうね」

 年代だけでいえば桜子だってリアルタイムで観たわけではないのだが、ホラーファンとして押さえておくべきだと思ったので視聴したことがある。

「まこと、恐怖を与えるとは難儀なものよ」

 いつの間にか近くにいた浅田が腕を組んでうんうんと頷いていた。幽霊連中は基本的に移動に際し音がしないから、いきなり現れるように感じる。それにも慣れてきた。

「拙者の振舞いをきっかけに新たなる試みが生まれたとは、この浅田修平、まこと誇らしい」

 浅田は余程嬉しいのか、一時間に一回はこうして褒めて欲しそうに話しかけてくる。何度も褒めたのでもう褒めない。

 若干面倒くさい武士なのだった。

「さて、それじゃあ、浅田さんの稽古でもつけましょうか」

「あ、いや、桜子殿、拙者よりも巾木はばき殿を見てあげた方がよいのではないか。なにせ一番の新入りであるし、笑ってしまう癖が残っているのであろう」

 水を向けると、浅田は明らかに狼狽し始める。ようやくカルチャーギャップが無くなってきたとはいえ、まだまだ浅田の演技だって伸び代がある。というか、カルチャーギャップがなくなってからが本番という気さえしている。

 だが一方で、巾木の稽古が優先的であることもたしかなのだった。巾木は、悪霊だったときの能力をそのまま使え、井戸に閉じ込めて恐怖を味わわせるという唯一無二のアトラクションを再現できる。間違いなく「後ろの真実」の目玉だ。なのに、巾木は客に優しい笑顔を向けてしまう癖がある。どうも生前は接客業に従事していたらしいのだが、そのときの癖が抜けず、オートで笑顔になってしまうということだった。

「巾木さんは清隆さんが見ているから大丈夫だよ」

「それは、本当に大丈夫であろうか」

 一瞬返事に詰まった。

 このお化け屋敷のオーナーであり社長である安倍清隆は、陰陽師の家系であり、幼い頃から除霊に従事してきたせいで恐怖心が一般とはズレている。わかりやく言うと、幽霊や妖怪の類に恐怖を感じない。

 客が何を怖がるかわからないから、効果的な演出ができない。それが、桜子が入る前の「後ろの真実」の実情だった。

「清隆さんも成長しているはずだから、練習相手くらいにはなれると思うんだけど。鈴木さんも一緒だし」

「いやしかし、やはり桜子殿の稽古に比べると数段落ちる。これは拙者にかかずらっておらず、桜子殿も、いや、我々も巾木殿の様子を見に行った方がよいであろう」

 自分が稽古を面倒だから、体よく誘導しようとしているな。

「まあ、他の人の動きを見て勉強になるケースもあるか」

「そうであろう、そうであろう。拙者、また良いことを言ってしまったようであるな」

 武士ってこんな感じなんだっけ。もっと無口で無骨で、謙虚なものだと思っていた。

 桜子たちが二階から一階に移動しようとしたとき、スマートフォンが震えた。抜くと、メッセージアプリの通話機能で呼び出されている。相手は清隆だった。

「はい、もしもし」

「そろそろお客様が来る時間だから、準備させておいて。特に浅田さんは時間がかかるから」

「もうそんな時間ですか」

 時計を見ると、午前十時四十分。今日最初の予約客は十一時に来場予定だ。

 通話を切り、般若と浅田に言う。

「時間だから、準備して。浅田さん、鎧を乱してね」

「合点承知。落ち武者の風情を出してご覧に入れよう」

 浅田が意気揚々と鎧の肩の部分の紐を緩め始める。最初は武士だからとか、武士らしくないとか言っていたのだが、最近は嬉々として怖がらせるようになってきた。髪のまげも解く。戦で人を殺せなかったという話だが、こういう平和的なイベントこそ、性に合っているのかもしれない。

 その様子を見ていると、巾木が姿を現した。巾木はサカグラシのように床を透りぬけず、階段を使って上がってくる。幽霊や妖怪にも、浮かべる者とそうでない者がいるらしい。

「巾木さん、今日からデビューだね」

 巾木は土で汚れたパジャマに裸足、髪はボサボサのボロボロという酷い有様だ。これはこれで雰囲気があって大変良いのだが、出演しているとき以外でもこの格好なのは、女として少々可哀想に思わないでもない。

「はい、頑張ります」

 緊張と生真面目さが表に出た声に、桜子は微笑ましくなる。

「そう固くならないで。怖がらせることを楽しんでいこう。これも一種の接客業だから得意でしょ、とは言わないけど、楽しんでいない接客が伝わってしまうことはわかるでしょ」

 ふと、巾木の表情が空虚になり、吹き出すように笑った。

「そうですね。こっちが楽しんでいないと、お客様にも楽しんでもらえませんもんね」

「そうそう。じゃあ、怪我させないレベルで思い切りやってね。練習通りに」

 そう声を掛け、桜子は一階へと降りていった。


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