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第12話

「神隠しって事象はさすがに知っているよな」

 清隆と桜子は、桜子の運転で霧崎山に向かっていた。天気はどんよりと曇り、夕方には一雨くるだろうと予報されていた。もちろん、山の天気は変わりやすい。夕方を待たずに降り出す可能性は大いにあった。清隆は、降る前に兄弟を見つけられればいいな、と考えながらも、楽観視できないことを覚悟していた。

「当然です。突然人が消えることですよね。ある日戻ってくるケースもあれば、永遠に戻ってこないケースもあるらしいですが」

「消えている間の時間の流れがゆっくりになっていて、数年経過したのに、消えた本人は全く歳を取っていなかった、という話もある」

「時間が捻じれているというか、別時空にいた、という解釈が為されることもありますよね」

「まあ、実際のところどうなのか、わかりようがないんだけどな。記録も古いし、公式ってわけでもないし」

「あくまで民間伝承にすぎないでしょうからね」

 警察車両が向かいからやって来て、すれ違った。道すがら調べたネットニュースによれば、五十人態勢で捜索している、と報道されていた。消防や地元民も含めるともっと多いだろう。ここから先、警察関係車両は増えてくると思われた。清隆の顔が少しだけ渋くなる。

 清隆の仕事柄、警察は敬遠したい相手だ。霊媒師なんて詐欺師とどっこいどっこいだと考えている警察官はたまにいて、職質されると高確率で胡散臭そうに見られ、前科を探られることもある。

「変に目を逸らしたりするなよ」

「何の話ですか」

「警察がいても堂々としていろって話」

 一方で桜子も、警察と関わり合いになるのは御免だろう。なにせ元恋人の烏丸を殺している。今は烏丸が失踪しただけの事件だが、何かの拍子に遺体で見つかれば捜査の手が伸びるかもしれない。烏丸の遺体が現在どこにあるのかわからないが、できればこのまま誰にも発見されず朽ち果ててほしい。

 今の「後ろの真実」には桜子が必要なのだ。

「私は何も悪い事していませんよ」

「烏丸のことを隠したのが悪いことなんだよ」

「だって、正当防衛を認めさせるの難しいじゃないですか。目撃者がいたわけでもないですし、私は無傷でしたし」

「まあ、過剰防衛はたしかだよな」

 正当防衛は、やられた分、最小限の反撃を許すというものだったはずだ。無傷な桜子に対し、烏丸は命を失っている。いわゆるやりすぎだ。桜子が言うには首を絞められたらしいので決して行き過ぎた反撃ではないのだが、その傷も完治してしまった今となっては正当防衛を証明しようがない。

「私は一切悪くないのに、有罪になるリスクを背負って事を明らかにする必要って、無いと思いません?」

「その精神的タフさは尊敬するよ」

「嫌みですか?」

「本心だって」

 本当に。俺ならとても耐えられない。

 桜子の運転が少し荒くなったので、話を戻す。

「神隠しについてなんだけど、陰陽師的には解釈がある」

「神隠しの解釈ですか」

 清隆は一度頷く。

「神、妖怪、霊、そういったものの腹の中にいるっていう考え方だ」

「腹?」

「食べられたって意味じゃないし、そもそも人間を食べる神は少ないとか、いろいろ言い様に突っ込みは入れられるんだけど、吞まれている状態なのだろう、と考えられている」

 桜子は、はあ、と生返事をした。この程度の説明であっさり納得されるとは思っていない。清隆は続ける。

「例えば、ある土地に神がいる。その神が気まぐれに、近くを通りがかった子どもを自分の領域に閉じ込めてしまう。これが神隠しだ。外部からは、神の領域に吞み込まれてしまったように見えるから、腹の中に閉じ込められた状態だと表現している」

「いい迷惑ですね」

「神は気まぐれなものだからさ。それが怖いんだけど。とにかく、腹に呑まれた者は外部と遮断される。何かの拍子に戻れることもあるし、一生出られないこともある」

「死んじゃうじゃないですか」

「その通り。死んでしまう」

「どうすればいいんですか」

「腹に呑まれた者は、そこの主を倒さないといけない。一種の結界術だからな。結界を解除させることができれば出ることができる」

「どうすれば結界を解除させられるんですか」

 清隆は腕を組んで前を見た。霧崎山が見えて来た。

「ケースバイケース。正解なんてわからない。ただ、殴り倒すのが一番手っ取り早い」

「神様を?」

「神様でも。死にたくなければ。腹の中にいる間は触れるはずだから、戦える」

 桜子は納得していない顔で唸った。

「すっきりしません。何かこう、攻略法があるものじゃないんですか」

「ゲームじゃないんだ。そんなもの無いよ」

「今回も、神隠しの可能性が高いと思いますか」

 清隆は頷く。

「そうでなきゃ、志穂が俺を遣わす理由がわからない。そして神隠しなら、何人で捜索しようと意味はない。別の空間にいる子ども二人を探すには、そこにアクセスして助け出せる人間が必要だ」

 霧崎山の麓には、大量の車が停まっていた。仕方なく、少し離れた場所に車を停めて、歩いて霧崎山に向かうことにする。清隆はトランクから荷物を引っ張り出す。

「桜子さんは来なくてもいい。今回は何が山の中にいるかわからない。はっきり言って危険だ。浅田さんのときとは違う」

「ここまで来てそれはないですよ。最後まで付き合います。駄目だと言われてもついていきます」

 清隆はトランクを閉めると、桜子の方を見もせず歩き出した。捜索なら目が多い方がいいからという理由でついてきた時点で、こうなる予感はしていた。

「どうせ、上手くいったらキャストに加えようと思っているんだろ」

「当たり前じゃないですか」

 桜子は得意気に言う。

 まだ相手が神か妖怪かもわからないのに、気が早い。



 霧崎山は標高一四七七メートルの、県内有数の高い山だ。ハイキングコースが整備されており、そのゴール地点が中腹にある霧崎城跡になっている。石垣のないその城には、二の丸、三の丸があり、戦時には鉄壁の防御力を持っていた。


 桜子がスマートフォンの画面を読み上げながら、清隆の後をついていく。清隆よりも荷物が少なく身軽であることを差し引いても、足腰には余裕が感じられる。

 清隆は足元に延びる道を見る。ハイキングコースはしっかりと整備されていて、これに沿って歩けば迷うこともなさそうだった。子供だけで脇道に逸れて迷子になるなんてこと、滅多に起こるとは思えない。

 神隠しの可能性が高まる。そもそも、ハイキング中に両親が子供二人を同時に見失うなんてこと自体、まともな物理が働いていないような印象を受ける。実際にいなくなったときのシチュエーションを聞いていないから何とも言えないが、子供たちがいなくなったのも、コース上ではないんじゃないか。

 今、ハイキングコースを歩いていても妙な気配は感じない。すっきりとした道だ。神だの妖怪だのは、自身のテリトリーに侵入されない限りは大人しくしていることが多い。もしも兄弟が怪異に巻き込まれたのだとすれば、今までも同様の事件が多発していておかしくない。そうなっていないということは、兄弟が偶然滅多に人が入らない場所に入り込んで、何かの領域を犯してしまった可能性がある。

 もしくは、最近、この山の状況が変わったか。

 志穂の指示は、霧崎城跡に行け、というものだった。そこに行けば兄弟がいるから、救助しろという。志穂がそう言うということは、道には何もなく、城にこそ何かがあると考えるべきだ。だが、観光地でもある霧崎城跡にいまさら怪異がいるとも思えない。潜んでいたなら、とっくの昔に被害が出て、どこかの陰陽師や霊媒師の類に依頼が出ていそうなものだ。

「清隆さん?」

「ん?」

「どうしたんですか、黙り込んで」

「考えていた。どうして兄弟が神隠しらしき現象に遭ったのか」

「どうしてなんですか」

「現段階では可能性が多すぎて何とも言えないな」

「圭吾君と直樹君、無事でいるといいですけど」

 そんな名前だったな、と清隆は内心苦笑した。志穂の手紙の内容のことばかり考えて、肝心の救助対象の名前を忘れていた。

 人に興味を持っている桜子の視点は、やはり自分の死角を埋める。浅田のときも、さつだと決めてかかった自分とは違う、ある種立体的な視点で物事を見ていた。

感性。それは大きな武器にだってなる。特に霊や妖怪など、認識によって変わるものを相手にする場合。

 とはいえ、危険がある場所に連れて行くのは気が引けるけれど。

「無事だとは思う。本当に緊急で間に合わないって場合は、さすがの志穂もそう書いたと思うしな。常識的な動きをすれば間に合うからこそ、俺たちを動かそうと思ったわけで」

「そんなに精度高く予知できるものですか」

「できるんだよな、あいつは」

 志穂は安倍家相伝の式神のほぼ全てを与えられている、次期当主だ。サカグラシという拾ってきた妖怪しか式神として使えなくなってしまった俺とは違う。サカグラシは比較的汎用性の高い式神だが、複数種の専門性の高い式神を切り替えて使える志穂は、レベルが異次元に高い。

 加えて、元々の占術の才が開花した志穂は手が付けられない。志穂がこうと決めたら、その流れに従うしかない。今回の件だって、その気になれば撥ねつけることはできたけれど、それで後味が悪い思いをしたくないから断れなかった。

 志穂には、最初から依頼を受ける俺の姿が見えていたに決まっている。

「名字は稲垣だっけ」

「行方不明になった子たちですか? そうですよ」

「稲垣兄弟が行方不明になることすら、志穂は予見していたかもしれないな」

「本当ですか」

「だって、動きが早すぎる。行方不明になったのが昨日の午前だ。下山して、警察に通報したのが午前十一時。同時に祖父母に連絡が行って、志穂に相談する。うん、どう考えても志穂に相談するのは今日の午前が最速だ。かかりつけ医じゃないんだから、予約必須だしな。なのに、その時間には式神が桜子さんに接触してきていた。時間的におかしいだろ」

「たしかに」

 清隆は大きくため息をついた。

「行方不明になること自体を避けさせることはできなくて、警察が動くだけじゃ助けられなくて、次善の策として俺が動かされたわけか」

「どうして志穂さんは自分で動かないんですか。売れっ子なんですか」

「売れっ子って言葉、久しぶりに聞いたな。どうせ、俺の方が近いからとか、そういう理由だろ」

「清隆さん、あれ」

 桜子の視線は、二人の人間を指していた。

 警官だ。

 清隆の心臓が跳ねた。



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