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第13話

「おたくら、ここで何してんの」

 警官二人のうち片方が話しかけてきた。友好的でも敵対的でもない温度に、清隆が応対する。

「あの、あの、その、こ、ここで、行方不明になった、圭吾君と直樹君のおじい様が、俺の妹に」

「え、何?」

 警官の目が疑わしいものを見る目つきになる。清隆は慌てて言葉を繋ぐ。

「あ、怪しい者ではございません。救助、そう、救助にいくところでして」

「稲垣さんとこの子を?」

「そうですそうです」

「どうして地元の方々と一緒に行動していないの」

「ええっと、それは……」

 桜子は呆れ、清隆の肩に手を置いて下がらせた。

「ちょっと清隆さん、黙っていてください。私が説明します。稲垣さんのご兄弟が行方不明になったと聞きまして、私たちも捜索を手伝えないかと思って来ました。他の方々と一緒に行こうと思っていたのですけれど、タイミングを逃してしまったので、遅れて来ました」

「地元の方なんだね。この山には詳しい?」

 警官の方も、やたら口がつっかえる清隆から相手が変わって安心したようだった。声音が柔らかくなる。

「はい。人並みには」

「気持ちは嬉しいけど、絶対に無茶はしないでね。今は城よりも上に捜索範囲を広げているから、そっちに行ったほうがいいよ。麓から探していったけど、見つからなかったんだ」

「そうなんですね。わかりました、上に行ってみます」

「それから、探すなら声出して。名前呼んであげて」

「あ、はい。稲垣圭吾君と直樹君ですよね。了解です」

 警官はそれだけで通り過ぎていった。清隆は大きな息をついてしゃがみ込んだ。

「危なかった」

「勝手に追い込まれないでください。私たちは捜索に来た人間ですよ。何も恥じることなんてないじゃないですか」

「どうして地元民と一緒に捜索に当たっていないんだとか、訊かれたらどうしようかと思った。実際、聞かれたし」

「そんなもの、適当に言い訳すればいいんですよ。まさかこんなときに職質するわけもないでしょうし」

「堂々としているなあ」

「普通でしょ」

「地元民だって嘘つくし」

「地元の範囲なんて人によって可変ですよ。一時間半かけて来るレベルなら地元だと言えます」

「言えるかなあ……」

 清隆はよっこらせ、と声を出して立ち上がった。

「少なくとも、声を出して名前を呼んで歩けば、捜索隊に擬態できるってわかった」

「そうですね。さっそくやりましょう」

 二人は直樹君、圭吾君、と叫びながら山を登っていく。清隆は、呼んでいる拍子に出会えないかな、と期待したが、それなら捜索隊がとっくに見つけていると思い至り、声が小さくなっていった。

 そう簡単に見つかる範囲にいるなら苦労はしないし、志穂も動かない。

 とりあえず、志穂からの伝言通り、城跡に向かってみることを決め、ハイキングコースを歩いていく。


 霧崎城跡は、天守も石垣も無い城跡だ。

 天守ややぐらといった建造物は、失われて久しい。今ではのっぺりとした平たい地面に、天守跡と書かれた看板が差さっているだけだ。石垣はもとより無く、土の堀や土塀が各所に設置されて当時の守りを窺わせる。

 三の丸、二の丸といった守りの要所を抜け、一の丸に到達した二人は景色を見下ろしていた。麓の街が一望でき、その向こうには海が見える。ハイキングコースのゴールとしては申し分ない景観だった。

「戦国時代も、遠くが見えることって大事だっただろうからな」

「攻めて来る敵が良く見えるのは大事ですよね」

「石垣も何も残っていないとなると、寂しいものだけど」

「そうですか? 私は土の堀にもロマンを感じられるタイプですよ」

「土が掘ってあるだけじゃない?」

「そんなことを言ったら、家なんて木を組み合わせただけのものだし、道路もただのアスファルトを敷き詰めただけの場所ですよ」

 清隆は両手を挙げて降参の意を示した。そんな議論をしている場合ではない。

「で、志穂の言いつけ通り来たわけだけど、これからどうしようかな」

 清隆は志穂から受け取った手紙を取り出した。

――拝啓、お兄様。まずはニュースを見てください。稲垣という名字の兄弟が霧崎山で行方不明になったという報道が見られると思います。今回お手紙をしたためさせていただいたのは、他でもないその件についてです。本日、その兄弟の祖父母を名乗る方々から依頼を受け、兄弟の居場所を占いました。その結果、霧崎城跡にいるということがわかったのですが、いかんせん、私の体が空いておらず、迎えに行くことができません。そこで、暇を持て余しているであろうお兄様に兄弟を迎えに行かせて差し上げます。依頼料の五〇%をお支払いしましょう。我が家の料金体系はご存知でしょうから、説明は不要と存じます。サカグラシ様と新しい社員さんによろしくお伝えください。それでは、くれぐれもお気をつけて。

 清隆の眉間に皺が寄る。山に行くのだから気を付けるのは当然として、本当にそれだけだろうか。最大限の準備はしてきたけれど、相手と事情がわからないのが不安を煽る。そもそも、新しい社員が入ったことなんて伝えていないし、ここのところ会話すらしていない。文面の固さから明らかなように、冷戦はお互い継続中だ。

 仕事を回してやったというより、嫌がらせを回してきたと考えた方が近い気がする。何が待ち受けているのやら。

 ともあれ、現地に来たら文面が変わっている、などということもなく、ここから先は足と頭を使って自分たちで何とかするしかなさそうだった。

 桜子を見ると、スマートフォンで何かを調べている。

「清隆さん、この城、いろいろと残っているものがあるらしいですよ」

「残っているものって?」

「堀や二の丸、三の丸跡もなんですが、当時の食事跡が発掘されたり、柱の跡が見つかったり、いろいろです」

「柱の跡ねえ」

 発掘が行われたということは、その近辺だけ掘り返されたということで、土が緩くなっている可能性がある。そこに嵌まって動けなくなった、などということがあり得るだろうか。少し考えにくい。

「観光するわけじゃないけど、子どもが隠れられる場所がないか、探してみるのはありだな」

「じゃあ、見て回りましょうか」

 二人は天守跡を見て回る。キャプション付きの看板がいくつかあり、柱跡の発掘経緯などが説明されていた。流し読みながら歩き回る。所々に細い木が生えていて、実は木の上にいるのではないか、と見上げてみたものの、あるのはただの葉だった。

 そう上手くはいかないと思っていた。だけど、志穂がここに誘導したということは、少なくともここにはヒント以上の何かがあるということだ。何も掴めずすごすご帰りました、兄弟は死にました、では、さすがの志穂も後味が悪すぎる。

 そのとき、蔦に巻かれるように立つ看板が目に入った。完全に自然に擬態していて、近くにいかないと気付かなかった。

 看板には、「井戸→」とだけ書かれていた。ピンと来るものがある。

「桜子さん、こっち、井戸があるらしい」

「井戸ですか。そんなものありましたか」

 兄弟は井戸に落ちたのでは、という仮説が浮かび、すぐに打ち消す。片方が落ちたのなら、もう片方が親を呼びに行けばいい。助けるのに時間はかかるかもしれないが、少なくとも行方不明にはならずに済む。

 とはいえ、手掛かりが何もない状態だ。手当たり次第に見ていくしかない。

「井戸なんてどこにありました?」

「この先みたい」

 看板は、天守跡の奥を指していた。木が数本生えていて、おそらく城跡の最奥にあたる。

「井戸なんて、籠城戦をしようと思ったら最重要だろうからな。隠すように設置してあったわけだ」

「あ、ありますね。閉じてありますが」

「どこ?」

 問うた瞬間、清隆の背中に一斉に鳥肌が立った。

 後ろに何かいる。

 迷わず振り返る。あちらを認識していることを悟られてまずいこともあるが、今回は相手を避けていても始まらない。いざとなれば戦うこともできる。

 清隆の動きにつられて桜子も振り返るのが横目に見えた。

 振り返った先には、女がいた。泥で汚れたシャツとパンツを着て、足は裸足。長い黒髪も土に汚れ、乱れている。目をこれでもかと見開きこちらを凝視していた。

 死者だ。間違いない。

「おい、お前」

 突然の浮遊感。

 桜子の短い悲鳴が聞こえる。

 二人の足元が消え、落下していった。


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