「清隆さん!」
桜子は「後ろの真実」に戻ってすぐ、客が来ていないことを確認し、清隆に詰め寄った。
「これ! これこれこれ!」
桜子が受け取った封筒を興奮しながら突き出すと、清隆は怪訝な顔をした。
「何これ」
「妹さんからです」
桜子の言葉に、清隆は受け取ろうとした手を引っ込めた。
「どうして桜子さんが志穂の手紙を持っているわけ」
「私が聞きたいんですけど。とりあえず受け取ってくださいよ」
「なんか、テンション高くない?」
「人外に遭っちゃいました。最初は老紳士だったのに、途中で少年になって、最後は消えちゃったんですよ。この手紙を残して」
「ええと、うん? ああ、そういうこと。もしかして、式神と遭ったのかな」
「あれも式神なんですか」
「多分。見る者によって姿が変わるものがいるから、それかな」
「すごいものを見ちゃいました。「後ろの真実」の外でも見られるんですね」
「まあ、元々そういう目的の術だから」
「喋っちゃいましたよ」
「実際には喋っているというより、メッセージを一方的に送ってくる存在で、桜子さんの脳内で勝手に会話調に変換されているだけなんだけど、まあいいや。ほとんど会話したようなものだから」
手紙を突き出しているが、清隆はうんうん、と頷くばかりで受け取ってくれない。
「早く受け取ってください」
手が疲れてきた。
「嫌だなあ。占っちゃった後だからなおさら」
「占い?」
「こっちの話。さっきちょっと占いをしたら良くない結果が出たんだよ」
「え、陰陽師の占いですか。今度私も占ってくださいよ」
「いいよ。代わりにこの手紙、無かったことにしてくれない?」
「そんなこと私に言われても」
無茶苦茶なことを言う。
サカグラシが壁から現れた。ぐずる清隆に呆れたような声を浴びせる。
「いい加減に諦めろ。妹御の手の平で動かされるのはいつものことだろうが」
「そうだけど」
「妹御の方が圧倒的に能力が高いんだ。ここで逃れても第二、第三の手を使われるだけにすぎないぞ」
「仕方ないか」
清隆はようやく封筒を受け取った。いかにも渋々、という様子で封を切る。
「今回は罠もないみたいだな」
「罠?」
「魑魅魍魎をパッキングして送りつけてきたりすんの、あの妹は」
「魑魅魍魎って」
「今回はただの手紙だな。拝啓、ニュースを見よ。そんな挨拶があるかよ」
霧崎山で四月十五日午前、ハイキング中に兄弟が行方不明になるという事件が発生しました。行方不明となっているのは、稲垣直樹さん十二歳と稲垣圭吾さん九歳の兄弟で、両親と共に霧崎城跡を目指して登山を楽しんでいた最中に突然失踪しました。
テレビには、捜索にあたる警察と消防、そして地元住民の姿が映し出されていた。
「霧崎山って、ここから一時間半くらいですよね。こんなことになっていたんだ」
「演技指導に忙しくて気づかなかったな」
行方不明になったのが昨日の午前。今は約二四時間と少しが経過している。食料や水を持っているかわからないが、タイムリミットはそれほど遠くない。
志穂からの手紙は、霧崎城跡に兄弟はいるから、迎えに行ってあげて欲しい、という内容だった。経緯としては、兄弟の祖父母が藁にもすがる思いで、評判高い陰陽師である志穂に占いを依頼。その結果、居場所はわかったが、志穂は別業務で動けない。そこで代打として清隆が指名されたと、そういうわけらしい。
「この家族の目的地は霧崎城跡だったんですよね。じゃあ、真っ先に捜索の手が入りそうなものですけど」
「だよなあ。まあ、その辺に俺が指名された理由があるんだろう。この稲垣兄弟の両親に居場所を伝えれば済むって話でもないってわけで」
「どういうわけでしょう」
「それは、つまり」
清隆はテレビを消して立ち上がった。冷蔵庫から数本の瓶をまとめて取り出す。
「神隠しってやつだ」