「それは、どういう意味ですか」
学芸員の男性は戸惑っていた。桜子も同様だった。
清隆は、すいません、と何に謝っているのかわからない謝罪を口にして、続ける。
「薩昌成は、この戦で本当に死んだのでしょうか。実は生き延びていて、戦場を脱出したということはありませんか」
男性は、あごを一撫でする。
「ありませんね。薩昌成はこの辺りを治めていた武士なのですが、青山の戦い以降、記録には登場しません。厳密には、生きていたとする根拠は無い、というのが正しいでしょうが、死亡したということで専門家の間でも合意が取れていることです」
「そうですか。はっきりして良かったです。では、他に死んだ武将はいますか」
「他、ですか。薩昌成の家臣たちが、数名討ち死にしたと言われています」
「それは、誰でしょうか」
男性は嬉しそうな顔をした。もしかしたらこの戦の専門家なのかもしれない。突っ込んだ質問をしてくれて嬉しいのか。
「池田
清隆はじっと聞き、続けて聞く。
「薩昌成の最後は、どのようなものだったのでしょうか」
「はっきりしたことはわかりません。ですが、敗走中、青山の麓で天皇軍の兵士に追いつかれ、殺されたと言われています」
「自害でもなく、名のある相手に討ち取られたわけでもなく、ですか」
「ええ。戦場の武士としては最も無念な死に方と言えるでしょう」
無念。その言葉が桜子の胸に落ちる。その無念が理由で化けて出ているのならば、どうしたらその無念を晴らしてあげられるのだろう。
死者の無念というものを、はっきりと考えてこなかったことに桜子は気づいた。怖いもの見たさが趣味のような人間だと自覚しているが、その一方で幽霊という存在に現実感を持ってはこなかった。「後ろの真実」に来て初めてこの世ならざるモノたちを現実の存在として認識したが、それまではあくまでエンターテインメントの一環だった。
今は違う。清隆は幽霊と真剣に向き合っている。死に様を知って、言葉で語ろうとしている。幽霊を消滅させない方法を取りたいと清隆は言っていた。部下として、あるいは同僚として、私だってそれについていきたい。スタンスを共有しなくても、きっと一緒に歩いてはいける。でも、私は同じ景色を見てみたい。その方が、きっと面白いものを見られるから。
清隆はぼそぼそと礼を言い、二人は資料館を出た。外に出た瞬間、清隆がぶはあ、と息を吐いて猫背になる。
「ああ、緊張した」
「緊張するようなことがありましたか?」
「だって初対面じゃん」
「私たちは客ですよ。しかも結構正当な資料館の使い方をした客です。堂々としていればいいじゃないですか」
「桜子さんのそういうメンタルタフなところ、尊敬するよ」
「ガサツって言っています?」
「図太いって言っている」
「あんまり変わらないですね」
「俺くらい気弱なのとどっちがいい?」
「私は私の性格を気に入っていますので、こっちを選びます」
「そんな風に即答できる人格に生まれたかったな」
車に乗り込み、エンジンをかける。
「いいじゃないですか。陰陽師の家に生まれただけでも超レアですよ。充分幸運じゃないですか」
「望んでこの家に生まれたわけでもないんだけど」
うだうだと言いながら、清隆はカーナビを操作していく。画面に、青山少年自然の家へのナビゲーションが表示された。
「私相手なら軽口叩けるんですね」
「慣れた相手なら、さすがにね」
「彼女いたことあります?」
「さて、出発だ。さっさと行こう」
露骨に話を逸らされた。これは彼女いたことないな。
あまりいじめても可哀想なので、アクセルを踏み込んだ。
青山少年自然の家は、小中学生が宿泊訓練や林間学校などで利用する公営の施設だ。入口に貼ってあった行事予定表によると、年中何かしらの予約が入っているらしい。
桜子は建物の前に立ち、小学校時代を思い返していた。ここではないが林間学校があり、バーベキューや野外活動を二泊三日で行った。そのとき見たキャンプファイヤーの火を、今の今まで忘れていたのに急に思い出した。
当時は心霊スポットにも怖い話にも興味がなくて、男子に混ざってグラウンドで遊んでいるタイプの子どもだった。小学生の人数が少ない地域に住んでいたこともあって、みんな仲の良い、いいクラスだった。
今の私を知ったら、みんなはどう言うだろう。案外、笑い飛ばすだろうか。お化け屋敷に勤めているなんて聞いたら、胡散臭いものでも見る目をされそうだ。陰陽師の助手なんて言ったら、なおのこと。
「清隆さんって、どんな小学生でした?」
「何、急に」
「こういうところで林間学校とかしたな、と思いまして」
清隆は、ああ、と建物を一瞥した。
「自信満々で、陰陽師の家であることを誇っていた」
「意外」
思いもよらない答えが返ってきた。内向的な子どもだと思っていたのに。
清隆はトランクから荷物を出す。
「人前で堂々と喋るってタイプではなかったけどな。その頃から除霊しまくって、自信はあった。陰陽師としての才能があるって思って、日本一の陰陽師になる、だなんてことを親に言ったっけ」
「可愛いですね」
「本当に、可愛い自惚れ屋さんだった。行くぞ」
薄暗い言い回しをして、清隆は青山少年自然の家に向かった。その後ろ姿には、どこか期待させるものがある。本物の陰陽師ゆえの自信は、少なからず今もあるのだろう。
清隆が引き返してきた。
「やっぱり先行ってくれ。緊張してきた」
情けなさで荷物が肩から落ちそうになった。