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第3話

 T県青山町。清隆と桜子は桜子の運転によって出張してきていた。春の気持ちのいい晴れた日である。ドライブしながら、桜子は清隆を質問攻めにしていた。

「除霊ってどうやるんですか」

「場合によりけりだけど、だいたいは殴って蹴る」

「触れるんですか」

「そこは陰陽師の術を使う。見えるようにできるんだから、触ることもできるようになりそうでしょ」

「鎧武者って話ですけど、危なくないんですか」

「別に霊が刀持っていたって、それが即危険物ってわけじゃない。霊の本体が、持っているイメージをしているから生まれたものであって、ただの棒きれだよ。切れる刀を持っているとしたら、妖刀が本体だった場合とかかな」

「サカグラシはどういう役目なんですか」

「現地で見ればわかるよ」

「どういう手順で祓うんですか」

「それも見ればわかるから説明しない」

 途中から明らかに疲れてしまい、清隆が返事をしなくなる。「行けばわかる」「見ればわかる」しか繰り返さなくなってしまった。

 ちょっとがっつき過ぎたか、と桜子は反省する。だが、初めての本物の除霊の現場なのだ。烏丸のときは半端になってしまったし、落ち着いて見ることができなかった。これが胸躍らないでいられようか。

 鼻歌混じりに運転していると、清隆がスマートフォンを見ながらあっち、こっちと指示を出し始め、ここ、と停めさせられたのは郷土資料館だった。

「依頼があったのって、青山少年自然の家って場所じゃありませんでした? もっと山の方にあると思っていましたけど」

「まずは相手を知らないとな」

 そう言って、清隆はさっさと建物の中に入る。中には郷土資料館らしく、照明を適度に抑えたホールに、土地の成り立ちや大規模な治水工事の歴史に関わる品などがずらずらと展示されている。

桜子はそれらをふんふんと見て回っていた。二人以外に客はおらず、悠々と見て回れる。

「あった。ここだ」

 清隆の声がして行ってみると、展示室の角に青山の戦いというコーナーがあった。錆びた刀や矢じりなどが展示されている。

「これが鎧武者に関係あるんですか」

 清隆は頷く。

「これは経験則でもあるんだけど、相手が鎧武者なら、十中八九合戦の死者だ。となれば、地元には戦についての記録が残っているものだから」

 清隆は真面目に解説文を読み始める。重要らしいと思い、桜子も解説文に目を落とした。

青山の戦い。鎌倉時代末期、上皇が復権し、鎌倉幕府の凋落につながることとなる戦の一つ。上皇軍の大将はあさひ上皇。一度隠岐に流されたが脱出し、本州に戻ってきた。その後、地元の名士であった堀川重成を頼り、兵力を集める。上皇の動きを察知した幕府はさつ昌成まさなりを討伐に向かわせる。

 上皇軍も幕府の動きを察知し、戦の陣を敷く。その舞台が青山。砦を築き、立て籠もる。地元にパイプのあった堀川重成によって物資の補給と運び入れはスムーズに進み、上皇軍は万全の体制で幕府軍を迎え撃つことができた。

 戦では、天候の悪化やがけ崩れが重なり、攻める幕府軍に不利な状況となる。さらに反転攻勢に転じた上皇軍の手によって、薩昌成は討ち取られる。こうして上皇軍は勝利した。旭上皇は青山から遠隔で京に指示を出し、復権の下地を整え、やがて京に戻ることとなる。

 桜子は展示されている物品に目を移す。盾や鎧の一部も出土していた。鎌倉時代ということは、一五〇〇年以上は少なくとも経っているのに、まだ残っているのかと不思議な気持ちになる。ただ、戦の残骸という感覚はあった。これだけの展示で臨場感を覚えることはできない。

 背中を伸ばし、漠然と展示を見る。

 比較的近所にありながら、鎌倉時代に上皇が関わった戦があったことなんて知らなかった。日本史の成 績は悪くなかったけど、学校で教わることが全てではないということだろう。鎌倉幕府が倒れるまでの流れや理由も、元寇で疲弊し、武士からの不満が募って倒された、という程度のことしか言えない。本当はもっといろいろなことが起こって政権というものは打倒されるはずだ。現代でいえば、政府への不信や不満が国民の中に溜まりに溜まって爆発し、国家転覆するようなものだ。それが教科書数ページに収まる事件では、本来ない。私たちが知っている歴史は本当に大雑把な、大枠も大枠にすぎないのだろう。

 そしてその陰に、多くの血が流れて人が死んでいった。この地も血と無縁ではいられない。そんな流れた血の一人が、今も彷徨って私たちの前に現れている。

 なんだか厳粛な気持ちになってしまった。僅かな展示品と解説文を、ここまで真面目に読んだのは初めてかもしれない。

 横を見ると、清隆も展示品に目を向けていた。桜子には物から残留思念を感じるような能力はないが、清隆には何か見えているのだろうか。

「清隆さん、何か見えるんですか」

 清隆は、ん、と生返事をした後、ぼんやりと言う。

「まあ、戦の名残みたいなものは見えるけど、これはここに置いておいて問題ないと思う。誰かに悪影響を与えるほどのものじゃない。勘の鋭い人なら何か見えたり聞こえたりするかもしれないけど、展示のアトラクションの一つくらいに思えばいい程度かな」

 やっぱり何か見えているらしい。桜子は羨ましく思いながら周りを見渡す。青山の戦いについてのエリアはこの一角だけしかないようだ。

「それで、この情報から何かわかりましたか」

「さあ、どうかな」

 清隆の反応の薄さに肩を透かされる。そりゃあ、何事も万事上手くいくとは思っていないけれど、無駄足だと言われても脱力してしまう。

「だけど」と清隆は続ける。

「これから会う人に対して、相手のことを何も知らずに会うのはできれば避けたいところじゃないか。桜子さんだって普通の会社で社会人をやっていたんだからわかるだろ。相手が本を出していたら読んでみるとか、インタビュー記事があるなら目を通すとか、するはずだ。これはそういう行為。わかる範囲で相手のことを知っておいて、除霊に臨む。それが役立つこともあるし、役立たないこともあるけど、準備はしておく。今回はそれをする時間も手段もあることだしね」

「除霊って、もっとこう、ばーって感じにやるものかと思っていました」

 清隆は「ばーって感じ」をどう受け取ったのか、ほんの少し笑った。

「まあ、そんな風にやることもあるけどね。言葉が通じない相手の場合は力づくで祓うことになるわけで。でも、言葉が通じる相手の場合、居場所を変えてもらうとか、恨みを抱えないでいてもらうとか、未練を晴らすことで成仏してもらうとか、交渉しようはある。消滅させるだけが全てじゃないし、俺はできるならそうしたくない」

「どうしてですか」

「霊だって一つの人格があるから。なんでもかんでも霊だの妖怪だのと一括りにして対処したら、大事なものを見失う。話せるのなら、話す」

「話が通じない相手が多いって言っていませんでしたか」

 清隆は痛い所を突かれたのか、苦い顔になった。

「そういうときは仕方ない。消滅させる」

「なんか、陰陽師というより霊媒師みたいですね。陰陽師って占いで政治を導いたり、暦を決めたり、っていうイメージでした」

 清隆は目に力が入っていない笑いをした。

「それは妹の方が得意なんだよね、今は。俺も昔はもっといろいろできたんだけど、サカグラシと契約するときにその色々を失ってしまったんだ。言ったろ、俺は落ちこぼれだって」

「由緒正しい一族だとも言っていました」

「言ったね」

「もしかして、安倍晴明の一族ですか」

「言うと思った。俺の母親の言を引用しよう」

「はあ」

「安倍晴明の叔父の末裔である可能性がある家系、だそうだ」

桜子は、ええ、と不満げな声を出す。

「つまり、よくわからない、と」

「そう」

「しかも、肝心の安倍晴明の末裔ではない、と」

「そういうこと。調べる気も失せるだろ。知らない方がいいまである。下手したら安倍晴明とはまるっきり何の関係もないかもしれない」

「ロマンが無いですね」

「そうだろ」

 二人が話していると、後ろから声を掛けられた。

「いらっしゃいませ」

 清隆は飛び上がって驚いた。桜子はうるさかったかな、と注意されることを警戒しながら振り向く。

そこには六十か、七十歳くらいの男性がいた。名札に、「学芸員 波戸」と書かれている。

「すいません、うるさかったですか」

「いえ、今は他のお客さんもいらっしゃいませんし、お構いなく。ただ、このコーナーをこんなに熱心にご覧になる方は珍しいもので」

 なぜか清隆は桜子の後ろに回った。

「あ、あの、青山の戦いに関して、く、詳しく、知りたくて」

 清隆が大仰な身振り手振りで話す。桜子はこっそりとため息を吐いた。この男は慣れない人と話すとき、挙動不審になる。今回は相手が男性だからまだマシだが、桜子相手のときは本当に酷かった。

 普段の暗い喋り方でも、できれば及第点なのに、それすらできないのが可哀想になってくる。もう二十代中盤のはずだけれど、これまでどうやって生きてきたのだろうか。陰陽師って客商売じゃないのか。

「はい。何をお知りになりたいのでしょうか」

 学芸員の男性はそんな清隆の態度に戸惑うことも蔑むこともなく、穏やかな物腰で接する。桜子は丁寧な対応に好感を持った。単に暇すぎて来客を構いたかっただけかもしれないけれど。「後ろの真実」の受付に座っていると頻繁にそういう気持ちになる。

 清隆は、ええと、とまごつき、解説文を指さした。

「この幕府軍の大将、薩昌成はたしかに死んだのでしょうか」

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