口コミサイトで平均評価、星0.5のお化け屋敷がある。
怖いもの好きの彼の今日の目当ては、その一風、悪い意味で変わった評判を持つお化け屋敷だった。
それは高速道路のインターチェンジを降りて十分弱車で走ると、集落からぽつりと離れたところにある。かつて小学校か中学校の校舎だったと思わせるその建物に、今は「お化け屋敷 後ろの真実」という屋号が掲げられている。木造の、耐震強度が心配になるような旧校舎然とした佇まいに、彼は床が崩れないか心配をした。
テーマパークのお化け屋敷とは違って基本的に予約制であり、予約なしで来訪すると、準備のためなのか前のグループとの時間調整のためなのか、少々待たされるらしい。とはいえ、時間を調整するほど繁盛している様子もないので、やはり準備時間が必要なようだ。
駐車場に車を停めて建物に入ると、男女二人組が受付に座っており、女の方は満点の笑顔で、男の方は俯き加減でぼそぼそと喋り、出迎えられる。
女が言う。
「後ろの真実へようこそ。中では決して振り返らないでくださいね」
来場者の十人中十人が振り返るであろう台詞で送り出され、いよいよ中に入る。
男女の奥には「入口」と書かれたドアがある。校舎の一階部分に通じる箇所に無理やりドアがくっつけられている格好だ。左を見ると階段が続くであろう位置に「出口」と書かれたドアが設置されていた。一階を巡って上に上がり、二階か三階から降りてくることで一周らしい。校舎を使うお化け屋敷は学祭や文化祭以外では聞いたことがないが、箱のサイズだけで言えばかなり広い部類に入る。順路も簡単な改装で作りやすそうだ。
彼は入口の引き戸を開く。小学校の両開き引き戸そのままの感触で、恐怖や高揚よりも懐かしさが去来した。
中は暗く、最小限の照明だけが点けられている。元学校ならば、片側に教室や職員室などの部屋が並んでいるはずだが、まっすぐな一本道の廊下だけが舞台のようだ。数メートル歩くと、すぐに彼は違和感に気付いた。
人影だ。
廊下の端に直立不動で立っている何者かがいる。近づくと、僅かにゆらめくように見えた。暗くてよく見えないが、動いている。マネキンではない。
キャストが登場するタイプのお化け屋敷なのか、と彼は少々驚いた。閑古鳥が鳴いていそうなこのお化け屋敷に、そんな人員を雇う余裕があるのだろうか。なまじ事情に通じているがゆえに心配になる。
立っているのは男だった。スーツを着た男性会社員という風貌で、まだ若そうに見える。二十代か、三十代前半だろう。ぶつぶつと、聞き取れない程度の声量で何かを言っている。法律上、彼らキャストは来客に触れてはならない。狭くはない廊下だが、わかっていても傍を通り抜けるときは緊張した。突然動き出して襲ってくると思ったからだ。
だが、男は体の向きも変えず、ぶつぶつと何かを呟いているだけだった。
ほっとしたような、拍子抜けのような気持ちを抱え、彼は進む。足元が時折不安を掻き立てるように軋むが、今のところ腐っているようなことはない。
一階の廊下は長い。だが、それきり何かが起きることはなかった。二階へ続く階段に辿り着いて振り返ると、男はもういなかった。せめて客が二階に上がるまではいろよ、と彼は内心で突っ込みをいれる。そういえば、決して振り返るなと言われていたっけ。あれは一体何だったんだ。
二階へ続く階段を上ると、階段の途中に男がうずくまっていた。彼はギョッとして立ち止まる。普通、階段にキャストは配置しないものだけれど。
階段の男はぴくりとも動かない。顔も上げない。何か声らしきものは聞こえるが、意味をくみ取れるほどではなかった。
居眠りした酔っ払い? どういうコンセプトでキャストを配置しているんだ、このお化け屋敷は。
彼は気味悪く思いながらも素通りし、二階へ到達する。三階へ続く階段は三角コーンとロープで封鎖されていた。越えて行ってみたい気持ちが浮かんだが、どうせ道具がしまってあるだけだろうと思って、大人しく二階を進む。
二階も薄暗かった。真っすぐな廊下が伸びている。今度は廊下に何もいない。のんびりとした歩調で観察しながら歩みを進めると、ある部屋のドアが開いていることに気付いた。そこから何かが覗いている。
彼はわくわくした気持ちでそれを注視する。やけに低い位置にあるそれは、子供だった。しかも般若面を被っている。
いや、だからコンセプト!
彼は二度目の突っ込みを入れながら般若面の子供に近づく。労働基準法的に、子供を雇っていいのだろうか、それともマネキンか、と思っていたら、子供が引っ込んだ。しかも生きている動きで。マネキンや機械式ではない動きだ。
小柄に見える大人なのだろう、と結論づけてその部屋を覗き込む。中では、般若面の子ども(に見えるキャスト)がガランとした部屋で両手を腰に当て、堂々と立っていた。
一種の気まずさを覚える。
怖くない。
というかつまらない。
彼は白けた気持ちで廊下を再び進む。順路は下行きの階段を示しており、それに従って階段を下りると、「出口」と書かれたドアがあった。終わりのようだ。
なるほど。ううん、星一つかな。
「怖くないのよ、うちは」
受付をしていた女の方、鬼頭桜子は頭をかきむしりながら喚いて机に突っ伏した。明るい色のボブカットがぐちゃぐちゃに乱れる。
「何にも、欠片も、一切合切怖くない。会社員と階段の男と般若面の子どもがいるだけって、ふざけんな。せっかく幽霊を見せることができるっていう破格の好条件を全く活かせていないじゃない」
「ボロクソに言うなあ、昨日入ったばかりの新入社員のくせに」
「中途採用ですからね」
ふん、と鼻を鳴らす桜子に、隣の男、安倍清隆は愛想笑顔をつくる。目が隠れそうなほどに伸びた前髪が陰鬱な印象を与えるので切った方がいいと桜子は思うのだが、まだ言えていない。
「そんなに怖くないかな。幽霊が見えているんだから、怖いだろ」
桜子はスマートフォンの画面をずいっと突き出す。口コミ評価0.5のサイトだ。
「本当に怖かったら、こんな低評価つけられません。本物の幽霊だからって、怖いと感じるかは別物というか、多分ただのキャストだと思われているんじゃないですかね」
清隆は隠れかけている目を見開いて驚きを露わにした。
「嘘。それはショックだな。ちゃんと正真正銘本物の幽霊なのに」
「はっきり見え過ぎるんですよ。陰陽師の術って話ですけど、もうちょっといい感じに透けさせられませんか」
「そういう調整はやったことがないなあ」
話している二人のもとに、入口ドアを透りぬけて、スーツ姿の男が現れた。
「桜子さん、どうでしたか、反応は。渾身の演技だったでしょう」
「鈴木さん……」
桜子は呆れるを通り越して憐れむような表情を鈴木と呼んだ男に向けた。
「あれは、立って、何をしているんですか」
鈴木は胸を張って答える。
「挨拶です。いらっしゃいませ、こんにちは、と。先鋒たる私が言わずして誰が言いますか」
「私たち受付が言うんだよ!」
言いながら桜子は立ち上がり、鈴木に詰め寄る。
「いらっしゃいませと言われて怖がる客がいるか、ああん?」
「で、でも、礼儀は大事ですよ」
「ここは、お化け屋敷なの。お金を貰って怖がらせる場所なの。商談に来た客じゃないんだよ」
鈴木はおろおろと目線を彷徨わせた。両手を胸の前に出し、何を否定するわけでもないが左右に振る。
「清隆さん、助けてください」
「桜子さん、それくらいにしてあげてください。鈴木さんも頑張っているんだから」
桜子はじろりと清隆を睨むと、受付テーブルを回り込んで手をついた。
「どうして清隆さんがそんなに余裕で構えていられるのか、私にはわからないんですけど。私の給料出るんでしょうね」
「押しかけで入った社員にちゃんと払う必要あるのか、あ、ごめんなさい。払います、払いますから」
ここは「後ろの真実」。本物の幽霊たちがキャストを務める、弱小お化け屋敷である。