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弘治元年一五五五十一月。

信光のぶみつが暗殺された事で城主不在となった那古野なごや城の留守居役に、はやし秀貞ひでさだが任じられた。

信長のぶなが一長いちのおとなであるが、同時に信勝のぶかつ擁立の筆頭でもある。

信長がそのことをどう思っていたかはわからないが、ともかく秀貞が那古野城を任された。


同じ頃、美濃みのにて政変があった。

斎藤さいとう道三どうさんが息子義龍よしたつに城を追われたのである。

時同じくして、尾張おわり上四郡の守護代である織田おだ伊勢守いせのかみ信安のぶやす信勝のぶかつに書状を送った。


「潮時か」


信勝はそう呟いた。

信安は美濃の義龍と組んで信勝を援護、反信長の旗を上げようというのだ。

ついに来てしまったと思った。

信長と正面から対立する。

胸は痛む。

しかし、その時が来てしまったからには覚悟を決めるしかない。


弘治二年一五五六、四月二〇日。

長良川ながらがわ合戦にて斎藤さいとう道三どうさん討ち死に。

一七五〇〇もの兵を率いる義龍に対し、道三に従ったのは僅か二七〇〇余りであった。享年六三。


信長は援軍に向かったが間に合わなかった。

道三が間に合わせなかった、というのが正しい。

道三は信長を巻き込むのを善しとせず、自ら死期を早めたのだった。

道三討ち死にとの通報があり、信長勢は大良おおらの本陣まで退いた。

本国尾張へは大河を隔てているので、兵員、牛馬をすべて後方へ退去させ、「殿しんがりは信長が務める」と言って全軍に川を超えさせた。

信長の乗る舟一艘だけを残し、他の兵たちが川を渡った時、義龍よしたつがたの騎馬武者が何人か川端まで駆けて来た。

すわ大将首、と勇んだ所、川向こうから鉄砲が撃ち込まれた。

川の中では鉄砲をかわすことはまずできない。大勢が騎馬から撃ち落とされた。

見事な手腕であった。


信長は一兵も損ねることなく、尾張へと帰還した。

信長のぶながは大きな後ろ楯を失ったが、道三どうさんは死の間際、信長に美濃一国を譲るという遺言状を託したという。

大きな、大き過ぎる置き土産であった。

しかしこれを拠り所に、信長が美濃みのを手に入れるには更に何年もの時が掛かることとなる。


同年五月二六日。

信長は一人の供を連れただけで清州から那古野なごやの城の留守居、はやし秀貞ひでさだの元を訪れた。

その弟の通具みちともは、絶好の機会とばかりに信長暗殺を兄に訴えた。

しかし秀貞は首を縦に振らず、そのまま信長を帰した。

「それでよい。もしもそなたらが早まったことをしでかしていたら、私がそなたらを斬っていた所だ」

ことの顛末を信勝のぶかつに報告した秀貞は、ただただひたすらに頭を下げた。

「しかし勘十郎かんじゅうろう様、惜しい事をなさったのではありませぬか。信長の殿とのを早々討ち取ってしまえば……」

「控えよ蔵人くらんど。戦国の世ではあるが、せめて兄上とは堂々と立ち合いたいのだ」

甘いことをと思ったが、津々つづき蔵人は黙って頭を下げた。


一両日過ぎて後、林兄弟は信長に敵対の旗色を明らかにした。

林方の荒子あらこ城も熱田あつたと清州の間を遮断し、信長に敵対した。

米野こめの城と大脇おおわき城も林の一味として信長に敵対することとなった。

信勝は、信長の直轄地である篠木しのき三郷さんごうを横領。

信長のぶなが信勝のぶかつに先んじて砦を築こうとし、八月二二日、佐久間さくま盛重もりしげに命じ、於多井おたい川を渡った名塚なづかという所に砦を築かせた。

佐久間盛重は信勝の宿老おとなであったが、弾正忠だんじょうのじょう家臣の多くが信勝方に走る中、同族の佐久間信盛のぶもりらと共に信長に味方した。

先の見えぬ馬鹿な奴等だと、信勝方からは嘲笑の的であった。

「先の見えぬのは、果たして誰であろうな」

信勝はそっと溜め息を漏らした。


翌二三日は雨。川の水かさが著しく増えた。

その上、信長方の砦工事もまだ完成はしていないと見て、柴田しばた勝家かついえが一〇〇〇人ばかり、はやし通具みちともが七〇〇人ばかりの兵を率いて出撃した。

秀貞ひでさだは通具に兵の全てを託し、自身は出陣しなかった。

信長も清州きよすから軍勢を出し、川を渡った所で先陣の足軽に戦いを挑んだ。

柴田勝家は稲生いのうの村外れの街道を西向きに、林通具は南の田園地帯の方から北向きに攻めかかった。

信長は村外れからやや下がった所に軍勢を配備。総勢七〇〇人ばかり。


「こちらの半分以下か」

信勝は呟く。

柴田勝家らに押し止められ、またも出陣はならなかった。

末盛すえもり城に在って報告を受けるのみである。

何とも歯痒く、口惜しい。

せめて戦場で敵として、兄と真向かいたかった。

せめて対等な者として、立ち会いたかった。

信勝の表情は暗く、重い。

そこへいちが走って来た。

「これ、市。此処へきてはいけないと申し付けたであろう。母上の所へ戻りなさい」

優しく諭す信勝に、市はいやいやと大きく頭を振る。

「信勝の兄上。兄上は信長の兄上と戦をなさると聞きました。本当なのですか」

今にも泣き出しそうな幼い妹に、信勝は神妙に肯いた。

「そうだよ」

「なぜ?なぜ、兄上方が戦うのですか!」

「戦国の世だからだ」

「意味がわかりません!」

「戦国の世だから、家の主は強くなくてはいけない。家をひとつに纏めなければいけない。兄上か私か。弾正忠だんじょうのじょう家の主は、どちらか一人でなくてはならないのだよ」

市は悔しそうに地団太を踏む。

「どうして仲良く二人で治めてはいけないのですか!兄上は信長の兄上をお嫌いなのですか?」

「いいや」

信勝は小さく笑った。

穏やかで優しい声は少し震えていただろうか。

「好きだよ」

その顔は泣きそうであった。

泣きそうに笑っていた。

「ならばなぜ!」

「生まれた時代が悪かったのだ」

もう行きなさい、と信勝は市の背を押した。


もはや、どうしようもないのだと悟って。

市は泣き出した。

大好きな兄二人が争い血を流す。

自分には止められない。


静かになった広間で、信勝は小さく呟いた。

「天が選ぶだろう」

兄か弟か。どちらが当主に相応しいか。

こうして奥に守られている自分か。

それとも自ら前線に出て戦う兄か。


「わかるはずだ」


自嘲気味に信勝は天井を仰ぐ。

この戦いで誰もがわかる筈だ。器の違いが。


そうでなければならない。

そうでなければ、謀反を起こした意味が無いのだ。


自分は間違いなく地獄へ往くだろう。

自分を信じ、付いて来てくれた者たちを裏切るのだから。

その心を踏み躙り、兄信長の勝利を願うのだから。


誰の目にも明らかにせねばならない。

どちらが相応しいのかを。




八月二四日、うまの刻。

まず東南方の柴田しばた勢に向かって、信長のぶながは過半の兵を攻めかからせた。

散々に揉み合い、柴田勝家かついえ山田やまだ治部左衛門じぶざえもんを討ち取った。

しかし勝家も手傷を負い、後方へ退いた。

柴田勢は佐々さっさ孫介まごすけ他、屈強な者たちを次々と討ち、この時信長の周囲には織田勝左衛門しょうざえもん、織田信房のぶふさもり可成よしなりほか、槍持ちの中間衆四〇人ほどしか居なかった。

信房、可成両人が、柴田勢の土田の大原という武者を、突き伏せ揉み合い、首級くびを取った所へ双方から掛かり合い戦った。

酷い乱戦であった。

すうっと信長が息を吸い、大音声を上げた。


織田おだ弾正忠だんじょうのじょう信長であるぞ!」


敵方といえど身内である。

あまりの威光に誰もが打たれ、立ち止った。


「当主に弓引く覚悟のある者のみ、掛かって来い!」


一瞬の静寂。

そして柴田勢は、わぁっと逃げ崩れた。

次に信長は南へ向かい、はやし勢に攻めかかった。

黒田くろだ半平はんぺいと林通具みちともは長時間に渡り斬り結んでいた。

半平が左の手を切り落とされた時、信長が駆け付けた。

「謀反人林美作みまさか!」

その声に通具がゆっくりと動きを止める。

「これは信長の殿との、よくぞここまでお越しになられた」

ふてぶてしくも通具は信長を見遣り、笑った。

満足げな笑みであった。

「謀反にござらぬ。拙者は勘十郎かんじゅうろう信勝様こそ弾正忠だんじょうのじょう家の当主たるべきと思ってござる」

「よくぞ申した!」

信長はにやりと笑った。

そしてぶん、と力強く槍を振るう。

「その首級くび、此処ここに置いてゆけ!」

「此方の台詞にござる!」

二人の槍が交差する。

槍が通具の胸を貫き、ゆっくりと倒れ込む。

通具は少し笑ったように見えた。


信長自ら敵大将を討ち取ったのは、これが最初で最後であると伝えられる。

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