この頃は、多くの妻をもち多く子を為すのは、世継ぎの問題もあり普通のことだったが、それにしても多い。
そして
また吉法師の
信秀は那古野の城を吉法師に譲り、自分は
この吉法師が後の信長である。
吉法師の母は正室の
二四人も居れば十人十色は当然のこと。優れた者もあれば、そうでない者もあった。
信長は嫡男ではあったが、同時にうつけで有名であった。
信長の十六の頃の
異様な風体で、目立つことこの上ない。
更に目立つことに、伴の者らには皆揃って朱色の武具を身につけさせていた。
そんな者たちを引き連れて何をするかと言えば無論のこと、武芸である。
それに鷹狩りに専心していた。とはいえそれは形式に則ったものではなく、傍から見れば鳥さえ取れればよいという乱雑なものであった。
特に見苦しかったこと記されているのが、町を行く際の振る舞いである。
人目を憚はばからず、栗、柿は言うまでもなく瓜にまで
また町中で立ちながら餅を頬張り、人に寄り掛かり、常に人の肩にぶらさがりながら歩いていたという。
大うつけたる
一方信長の二歳下の弟、
織田家の者は総じて
卵形の輪郭。
涼しげな目許に長い睫毛。すらりと通った鼻筋。
やや薄めの唇は常に笑みを湛えているように穏やかに結ばれていた。
身のこなしは、細かい所まで行き届いて丁寧で。
ぴんと背筋を伸ばし、乱雑な所がない。
兄と同じく鷹狩りを好んだが、こちらは所謂いわゆる正しい鷹狩りであった。
更には気も優しく、誰からも好かれる性分であったという。
それ故に、母である
その度毎に信勝は母を諫いさめ、兄を支え申し上げるのが弟の務めと口にする。
その健気な振る舞いにますますのこと、信勝が可愛く思える土田御前であった。
「母上は私に甘過ぎるのです」
信勝はいつも苦笑する。
「お優しいこと。お前様の兄は
「母上、お言葉が過ぎますよ」
優しく諭す信勝に、土田御前はまた溜め息を吐ついた。
「本当に逆であったなら……。信勝殿、
信勝はにこりと笑った。
「大変にお美しい方だそうですね。此度こたび兄上との縁談が纏まとまったとか」
美濃の蝮こと
この縁組が整ったのは平手政秀の働きである。
東に駿河するがの
四面楚歌の
そして、嫡男とはいえ何かと評判の悪い信長にも。
「殿は信長殿の地位を確たるものにしたいのでしょうね。美濃の蝮を後見とすれば、
「弾正忠家も安泰となりましょうな」
「そうとなれば、どんなにかわたくしの気も楽でしょうに」
信勝はそうっと微笑んだ。
「楽にはなりませぬか」
「なりませぬな。お前様に蝮の娘を娶めあわせたならば、お家も盤石。さすれば気も楽になりましょうが。見目麗しい者同士、さぞ似合いの夫婦となりましょうに」
「私には
苦笑を深くするしかない信勝である。
美濃の蝮殿は姫君と兄上との婚礼を足掛かりに、
うつけと名高い兄を呑み込み、或いは殺害するつもりで帰蝶を送りこんでくるだろう。
言えば母はますます、信長廃嫡に燃え上がることは目に見えている。
だが信勝では蝮の娘を抑えられる自信はなかった。
兄はうつけと名高いが、その器は誰よりも大きいと信勝は思っていた。
信長ならば、きっと蝮だろうと鬼だろうと取り込んでしまえるのではないかとすら。
そのくらい、大きい。
兄のうつけが「ふり」なのか素なのかは、信勝には量りかねた。
凡人には遠く及ばぬ境地である。
「信長殿も、もう少し身形に気を使いなされば宜しいのです。折角元は麗しく産んで差し上げたものを……」
黙っていれば信長も眉目秀麗な凛々しい若者に見える。
筈である。
黙ってさえいれば。
「帰蝶殿は才色兼備と名高い方。嫁に迎えれば兄上も落ち着かれるやもしれませんよ」
「落ち着くと思いますか」
胡乱うろんな眼差しの母に、信勝はぺこりと頭を下げた。
そうすると十三歳の少年らしい悪戯っぽい表情である。
「申し訳ありません。心にも無いことを申し上げました」
「ええ、ええ。そうでしょうとも」
土田御前は扇で口元を隠し、深々と溜め息を吐ついた。