伊東ハル。十七歳、女性。
十年前、一家心中により両親を亡くす。
二〇一一年のある春の日。とある森の中の、沼と見まがうほど汚れた小さな池のほとりで、全裸の幼い少女が釣り人により発見された。
池に続く道には自動車が通った形跡があり、警察がその池の中を捜索したところ、軽自動車が発見された。
その自動車の扉は開いており、中には男女二人の水死体。
倒れていた少女の両親であることが判明したのが、その年の夏になってからのことである。
家族を巻き込んだ無理心中であると断定された。そして、少女――自らを「ハル」と名乗るひどくやせこけたその少女は、奇跡的に水没した車の中から脱出し生還していたのだ。
それから、彼女は身元を特定され、親戚の家を転々とさせられたという。
どの親戚も、彼女を引き受けようとは思わなかった。
たいていの場合、彼女は「悪魔の子」とされ、誰も引き受けたがらなかった。
少女の出自――十分な食事も与えられないような環境下に育ち、一家無理心中に巻き込まれてなお一人だけ生存しているという現状から、周りの運や生命力を吸い取っていると勘違いされていたものと思われる。
実際、何度か一緒に住むところまでこぎつけたことも何度かあったが、すべてのケースにおいていじめや虐待の標的にされ、一週間以上同居できたケースは一件もない。
そのようにして、ついに二年間、正式な引き取り手が現れることは一切なかった。
十歳になった秋の日、彼女は生まれ育った旧家にて正式に一人暮らしを始めることになった。
親戚や公的機関からの経済的援助、そして生活保護。それらを命の綱として。
もっとも、親戚筋からの経済援助はすぐに形而上のものになってしまったが。
来宮家、そして来宮シキと深く関わることになったのも、この頃からである。
家が隣同士だったことから、彼女はたびたび来宮家に足を運び、夕食を頂いていたりしたという。
また、来宮シキと友人関係になり、やがて共依存ともいえるような深い親友関係を築いていったのである。
四年生で編入した小学校でも順調に過ごしていき。
ようやく彼女は人並みの幸せを享受できていたのである。
惨劇から十年後の、初夏までの話である。