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第7話 臆病者ゴートゥヘル(1)

「おはよう、シキ!」

「ん……はよ……」

 眩い朝日……とともに制服越しにハルのほどほどに大きなOPPAIが目に飛び込んで。

「……なんでせーふくきてんの?」

 寝ぼけ眼で舌も回らないながらにした質問に、彼女は少しイラついた声で答える。

「これから学校に行くからよ! いつまでも休んでるわけにはいかないし」

「……なんで僕の部屋に来たんだ?」

「決まってるでしょ。一緒に行くからよ!」

 嘘、だろ?

「やだやだやだやだ行きたくない行きたくない~~!!」

「いいから早く着替えなさい!!」

 僕が必死にしがみついている布団を無慈悲にも引っぺがそうとしてくるハル。僕は半泣きで言った。

「というかなんであんなとこに行かせようとするのさー」

「学校は行かなきゃダメな奴でしょーが!」

 わかってるけど! 普通は行った方がいいのはわかってるけど!!

「僕、友達いないし」

「いるでしょ、ここに一人」

「ほぼ身内だし。それに……」

 いじめられるのが怖い。笑われるのが怖い。悪い印象を持たれるのが怖い。

 故に、誰とも会わない。誰とも会わなければいじめられることもない。笑われることもない。何故なら、いじめる人も笑う人もいないのだから。

「とにかく、僕のことなんて気にしないで! 早く学校行ってきなよ」

「やだよ。シキのいない学校なんて言っても面白くないんだもん」

「いいや、僕以外の友達と遊んだほうが楽しいだろ」

「そんなわけないし。確かに遊べるけどシキといたほうが楽しいもん」

 一方通行な議論。僕は少しの怒りを抱き。

「すとっぷ。落ち着いてくださいお姉ちゃんたち」

 そこに現れたのは、赤いランドセルを背負ったアキちゃんだった。

「痴話喧嘩はよそでやってくださいよ。いくら両思いだからって」

『ち、違うしっ! ただの幼馴染だし!!』

「……いつまでもお幸せに」

 言ってる意味はちょっとよく分からなかったが、ひとまず頭を冷やす。

「その、悪かった」

「いいの。それで、学校行くの?」

「行きたくない」

 そこは譲る気はない。理由は先述の通りだ。だが、そこにいる小学生は僕の方をじっと見つめて言った。

「行った方がいいと思いますよ、学校」

「なんでアキちゃんまでそんなこと言うんだよう……」

 半泣きで尋ねると、少女はまじめな顔をして。

「お姉ちゃん、今のあなたは昔のあなたじゃないんです。姿も変わって、心も……きっと、変わりつつある」

「人生、何事も挑戦っていうじゃん?」

「ハルさん、いいこと言いますね。……きっと、大丈夫。あなたが信じる限り、なんだって変えられるのだから」

 じっと目を見つめられ、少しだけどきりとして、さっと目を逸らした。

 変わりたい。こんなくそったれな自分を変えたいと願った僕はどこに行ってたんだ。

「……わかったよ。行けばいいんだろ! 行けば!」

 やけくそになって叫ぶと、ハルは「やったぁー!」と年甲斐もなくはしゃいだ。それほどのことなのか……?

 ひとまず僕は制服を手に取り、数秒の硬直。そして、またも半泣きで聞いた。

「女子制服ってどう着るの……」


 まあ、昨日の認識改編だか何だかの話の時点で察してはいた。僕は生まれた時から女の子だったことにされているので服も女物しかない。すなわち制服も女子のそれに置き換わっているというわけで。

「シキ、制服の着方くらい」

「わかるかっ! というか制服一つでも男女で結構違うものなんだね……ワイシャツのボタンが逆だし……スカート短いし……」

「いいじゃん、これから慣れてけば。あんまり似合ってないのも……まあ、どうにかなるって」

「やっぱり似合ってないよな!? ……心配だ……」

「どうしてこの人はネガティブなとこばっかり拾うんでしょうか……」

 ため息を吐くアキちゃん。かわいい。

 それを横目に、今度は教科書の束を引っ張り出してきて。

「……今日の授業、なに?」

「えーっと……英語、数学、現代文……あと体育! あとは……」

 言われた通りの教科書とノートをリュックに詰め込んでいく。

 誰かに迷惑をかけるわけにはいかないから、忘れ物は絶対にしないように気を付けるのだ。

「というか、体育か……やだな……」

「なんで? 今日はテニスだよ?」

「いや、体育自体が嫌いなんだよ。体を動かすのが苦手というか……あんまりいい思い出はないし……」

「あー……そうだったねそういえば」

 忘れてたのか、俺がものすごい運動音痴だということを。

 この姿ならそりゃワンチャンいけるかもだけど……。

「でも、大丈夫でしょ。いざとなったら『生理です』って言って休めばいいだけだし」

「それはズルだろ……」

 冷静なツッコミもほどほどに、僕はリュックを背負った。

 うわ、めっちゃ重い……。少しだけよろめきつつも立ち上がり。

「じゃあ、早く行きましょう」

 無表情のアキちゃんがせかす。……いま気づいたんだけど。

「……アキちゃんも学校行くの?」

「はい。外面上有利になりますし……あと人脈はどんなものでもうまく使えば武器になると親に教わったので」

 きっといい親に育てられたんだろうな……。うちの親も見習ってほしいところだよ。いや、悪い親ではなかった……はずだけど。

 ……そんな親ともう数か月も顔を合わせてないのは申し訳ないと思ってます。

『行ってきまーす』

 僕たちはおそらく誰も残っていないであろう自宅に別れを告げて、学校へと歩いた。

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