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第3話 決意・トランスセクシャル(1)

 目が覚めたら、日の光が開きかけの瞳を刺す。

「っ……」

 わずかに呻き声。日光を見るのはいつぶりだろう。少々早起きしすぎたようだ。

 ……ちょっと待って、と僕の中の誰かが言う。微かな違和感。

 まず、こんなに早く目覚めても眠気がしないというのがおかしい。

 今までがおかしくてこの状態が正常なのだと言われればそれまでだが、異常な感覚が正常に戻るのにも時間が必要なはずだ。学校に通わなくなってから夜型生活に移っていったのも、徐々に睡眠時間をずらしていった結果である。

 これまでのように、夜に起きて昼間は寝るという生活リズムが一晩で覆っている。それがおかしいのである。

 それに、腕に触れる妙な感覚。起き上がると、それが髪の毛であることがわかる。しかも、その起き上がった拍子に胸部についていた二房のそれほど大きくない脂肪塊がぷるんと揺れた。おっぱいだ。

 ……僕はこんなに髪が伸びてはいなかった。一年ほど切っていなかったので肩くらいまでは伸びていたが、腰付近は流石に長すぎる。ついでにこんなにさらさらしてもいない。まして、男なのにおっぱいが付いているわけはない。女性化乳房になるほどホルモンバランスは崩れちゃいなかった、と思う。はず。

 これじゃあ、まるで女みたいじゃないか。

 そう思い至ったところで、ものすごく嫌な予感がした。

 現実的にありえるわけない。というかありえてたまるか。そう思ったけれども、もはや確かめざるを得ない。

 すうっと息を吸って、吐いて、ズボンに手をかけ、一気にずり下ろ「お姉ちゃん、おはようございます」「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 少女――昨晩、僕と『ひとつになった』はずのめちゃくちゃ天使かわいい精霊の女の子である――の乱入に僕は悲鳴を上げた。その声は、あたかも担当声優が変わったようだった。わかりやすく言えば、凛としつつも可愛らしい女声だった。

「……体の調子はどうですか、お姉ちゃん」

「最悪さ」

 ついでに言えば気分も最悪である。幼気な少女に局部をガン見されながら無感情&無表情で詰問されるのは精神的にキツイ。

「つるつるですね、お姉ちゃん」

「その、感想はいいからまずは少し出て行ってくれる? 着替えたいんだ、僕」

 ……話の腰をへし折られた感が否めないが、少なくとも僕の性別が変わっていることは確かだった。未成熟だったのはこの際置いておくとして。

「で」

 僕は着替えた。中学生時代のジャージに。というか、それ以外の服はほぼ女物に取り換えられていて、着方もよくわからないものばかりだった。

「色々聞きたいことがあるんですが」

 と目の前にちょこんと座る少女に言う僕。

「どうぞ、お姉ちゃん」

「まずそのお姉ちゃんってのなに」

「妹が姉をお姉ちゃんと呼ぶのはおかしいでしょうか」

「おかしくないけどわけわかんない」

 まず僕に妹などいない。母親がいつの間にか出来てたことを秘密にしていたとかでもない限り、僕は妹を知らない。

「すみません、説明不足過ぎました。わたし、今日からあなたの妹になりました。どうぞ、『アキ』と呼んでください」

 その説明も正直よくわからないのだが、もう考えるのをやめることにした。

「……じゃあアキちゃん、どうして僕は女になってるのかな」

「あー……そこからですよね」

 そう言って、彼女はまたファンタジーな長い説明を始めた。初対面の公園と同じような感じのアレだ。

 長いので要約するが、要するに僕は目の前の精霊少女と融合して半分精霊の身体になったことで身体構造が精霊と同じそれに変化してしまったらしい。ちなみに精霊は女性型にしかなりえないそうで。

「それで僕も女の身体になったということ?」

「そういうことです」

 一瞬納得しかけたが。

「……でも、なら君は誰?」

「アキです」

「それはわかるけど」

「正確に言えば、お姉ちゃんの分身体です。お姉ちゃんの中にわたしの本体があって、それがこの身体を操ってしゃべらせているのです」

「……ついでにタンスの中の服まで変わってるのは?」

「あなたを『最初から女性だった』と定義づける認識改編の副産物です。お姉ちゃんは最初から女の子だったことになっているので、男物の服を持っていること自体がおかしいのです」

「…………ちなみに、君が妹になったのは」

「認識改編のついでです。一緒にいるには都合がいいでしょ、お姉ちゃん」

 冗談めかした抑揚のない声で妹ぶって見せるアキ。可愛いから許そう。

 僕は(納得ができない部分がありつつも)ため息を吐いて半ば無理やり納得した。

「聞きたいことはそれで全部ですか、お姉ちゃん」

 アキの質問に、僕は首を縦に振る。

「それはよかった、です。じゃあ、わたしからもいくつか質問してもいいですか」

「うん、いいけど」

「じゃあ……お姉ちゃんの名前は、なんですか?」

 ……そういえば、まだ自己紹介をしていなかった。

「僕は来宮シキ。十七歳で、高校二年生……だったはず。不登校だけど」

「なるほど、ならわたしは来宮アキですね。十二歳ということにしておきましょう。小学六年生ですね。まだ学校はいってませんけど」

 そうやってあいさつを交わしあって。

「……シキお姉ちゃん。おぼえた、です」

「うん。アキちゃん。僕も覚えた」

 笑いあった。

 そういえば、久しぶりに笑ったな。下手したら、ハル以外の人間と話したのも結構久しぶりだ。

 ……ハル。ふと幼馴染の顔を思い出す。

 アイツ、今頃は学校行ってるかな……と思ってみたりして。

「ねぇ、お姉ちゃん。今日は親睦を深めるため、すこし散歩してみたいです」

「じゃあ、そうしようか」

「うん、賛成。昨日のことも詳しく聞きたいし」

 三人の声が順番に聞こえ――三人?

「というか、うちの幼馴染の名前勝手に名乗るのやめてくださいますか? そこのシキを名乗る誰かさん」

 そこにはハルがいた。

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