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貧乏神が嫁にきまして
凪瀬夜霧
BL現代BL
2024年07月13日
公開日
7,969文字
完結
就活に失敗したのを切っ掛けにダメ人間になった俺の所に突如現れたのは貧乏神だった。
なんでも俺に取り付いているらしいが、俺がダメ人間すぎて腹が減って死にそうだという。
まさか貧乏神から「働け!」と説教されるとは思わなかった俺だけれど、妙に馴染むのもあって一緒に生活する事にした。
貧乏神(通称貧ちゃん)は翌日から奥さんみたいに家事をこなし、節約に励みながら俺を真人間にすべく力をかしてくれる。
そんな彼の期待を一度裏切った俺は、彼を大切にしたいと一念発起して真人間になる事に。
だが真人間となってまともな生活が出来るようになり、やせっぽっちだった貧ちゃんの肌艶も良くなった頃に突然のお別れ宣言。
泣きながら「お前が頑張ったから、俺は出て行かなきゃならない。これからは福の神がくるから」という。
そんなの知ったことか! 俺の嫁は貧ちゃんだけって決めたんだ! 福の神なんぞくそ食らえ!

挫折したダメ人間と真面目な貧乏神のほっこりする、人生やり直し物語です。

貧乏神が嫁にきまして

 就活あぶれた。

 でもまぁ、あまり焦っていない。というよりは、あまり働く気がない。単発のバイトして生きてる。幸いな事にアパートは両親の持ち物で家賃なんて払った事がない。

 近所のおばさん達は俺が小さい頃からいるからまるで子や孫のような気分なんだろう。心配しておかずのお裾分けをしてくれる。これにご飯で十分食べられる。

 貧乏ではある。貯金はゼロ。でも今時スマホがあればそんなに暇もしない。毎日寝る前に「明日から本気出す」と思うけれど、朝起きると「やっぱ今日もパス」と思う。

 こんな生活なのでとうとう三日前、彼女と別れた。

 まぁ、それも割とどうでもよかったりする。むしろよく今まで付き合ってたよ。ダメ男に捕まる子だから今後気をつけた方がいいと思う。と言ったらクッション投げつけられた。

「……暇」

 毎日休日だけれど世の中的にも休日の午後、俺はぼんやりベッドでだらけていた。でも、動くと腹も減るから寝る事にした。


 しばらくして、誰かが側で話しかけている気がして目が覚めた。一瞬彼女かと思ったけれど、そんなわけがない。それに声は男のものっぽかった。

「おい、起きろよ」

「ん? 誰だ?」

「お前に取り憑いてる貧乏神だ」

「あはは、そりゃご苦労様で……」

 ん? 貧乏神?

 怠い体を起こして見てみると、知らない男が脇にいてこちらを睨み付けている。

 首とか袖口とかが伸びたねずみ色のスエット上下に、ボサボサの黒髪。でも顔は案外整ってるかもしれない。

 そいつは恨みがましく俺を見て、溜息をついた。

「驚けバカ」

「いや、驚いてるけど」

「どこがだ。それといい加減働け」

「えー、面倒だし。それにお前貧乏神なんだろ? 働いても無駄じゃん」

 働いても働いても生活が上向かないのが貧乏神スキル。なら馬鹿らしい。最低限やれてるんだからいいじゃないか。

 思うのだが、貧乏神は俺を睨み付けて一喝した。

「よくない! いいか、貧乏神ってのは働き者の財を食って腹を満たすんだ!」

「うわ、ろくでもない」

「うるせ! だがお前は食い潰す財もない! お陰で俺はひもじくて腹と背がくっつきそうなんだ!」

「だから働いてお前を肥やせって? 嫌だよそんなの。俺の得にならないし」

「おまえな……」

 貧ちゃんががっくりと崩れ落ちる。それと共に蚊の鳴くような腹の音がした。

「腹が減って死ぬ」

「貧乏神って死ぬの?」

「死なないけど死ぬ」

「面白い事言うな。ってかさ、俺に憑いてないで他に行けば? 世の中もっと食い応えのある奴らいるだろ? 稼いでる奴のところに行けよ」

「そういう奴らは大抵福の神が側にいたりでつけいる隙がない。それに俺はペーペーだから優良物件には手が出せないんだよ。これでも年功序列だ」

「うわ、神様の世界も切ないな。貧乏神やめたら?」

「望んでなったわけじゃないが勝手に辞める事もできないんだ。仕事なめんな」

「まぁ、俺ニートだから」

「……はぁ」

 また、切ない腹の虫が鳴った。

 これを聞くとなんだか俺が悪い事をしている気がする。立ち上がって冷蔵庫を見ると、昨日隣のおばちゃんがくれた唐揚げとポテサラ、お向かいのおばさんがくれた肉じゃがが残っていた。

 ご飯もこの間買ったばかりで余裕がある。更に言えば実家の持ち家だから電気ガス水道は止まらない。

 冷凍ご飯をレンチンしてテーブルに出して、コンビニで貰った割り箸を出した。

「食べるか? ってか、人間の食いもの食べられるのか?」

「食べられる。でもそれ、お前のだろ」

「まぁ、そうだけどさ。でも、そんな切ない腹の虫聞きながら俺だけ食べるのも気が引けるわ」

 ダメ男だけど鬼じゃない。俺が伝えると、貧ちゃんはそろそろっと来て俺の前に座った。

「頂きます」

「うん」

 ちょこちょこおかずに箸をつけながら、貧ちゃんは嬉しそうに食べている。美味しそうだ。

 なんか、申し訳なくなってくる。こんな美味しそうに食べるってのに、ひもじい思いをしているんだから。

 綺麗に平らげた俺はベッドにゴロン。お礼にと貧ちゃんが洗い物をしてくれている。テキパキ働いているのを見るとこいつが働いた方が稼げるのではないかと思えてくる。

 それにしても貧ちゃん、汚れてる。ってか、今日どこで寝るんだろう。予備の布団とかないけど。

「なぁ、貧ちゃん」

「貧ちゃん? あぁ、俺か? また捻りのない名前つけたな」

「いいじゃん、分かりやすくて。ってかさ、今日どこで寝る? 布団一つしかないよ?」

 声をかけたら、貧ちゃんはもの凄く驚いた顔をした。

「いや、むしろ俺に布団敷いてくれるつもりだったのか? 貧乏神の俺に?」

「え? まぁ。一緒にメシ食ったし。今更その辺で寝とけばって、冷たくない?」

 なんだか凄く馴染みがいいのは確か。前から側に居た的な。いや、居たんだろうな、取憑いてるって言ってるし。

 貧ちゃんはなんか、嬉しそうだ。肌白いんだな、顔が赤いのが分かる。

「ほんと、お前そういう所が厄介だよな」

「ん?」

「俺は別にどこだって構わないから気にするな」

「えー、でもさ。あっ、俺のベッドで一緒に寝るか?」

「はぁ!?」

「いや、他にないし」

 俺的には名案。

 でも貧ちゃん的には違う様子。戸惑って焦って面白い。

「でも俺、汚い」

「風呂入れば? ってか、俺もか。ついでにそのスエットも着替えろよ。俺の適当なの貸すからさ」

「え!」

「あー、風呂洗うか」

 腰を上げて風呂に。デカくはないけどちゃんとしたのが付いてる。

 洗ってボタン押せばあとは自動でやってくれる。タオルも2人分出してふと、ちょっとだけ働く事に前向きな自分に気づいた。とはいえ、家事だが。

 一人だと面倒だけれど、誰かがいればそうでもない。ちょっと発見だった。

 風呂が沸いて、俺は頑なに脱がないと主張する貧ちゃんから服を剥ぎ取った。そしたらめっちゃ痩せてた。

 そんな体を抱きしめて、貧ちゃんは赤くなりながら怒っていた。

「お前が俺に食わせてくれないからだぞ!」

「あー、ですね」

「食わせろ!」

「今食ったじゃん」

「働け!」

「うーん、どうすっかな」

 そもそも働き口がないというか、合わないというか。

「保留で」

 まずは風呂だな。

 嫌がる貧ちゃんを風呂場に放り込み、汚れた髪を洗ってやる。最初は泡立たなくて焦ったけど、何度かやるうちに綺麗に泡だらけになった。

 体も洗ってやると垢が出る! ちょっと面白くてこっちも綺麗にしたらいい匂いの柔らかしっとり肌になった。

 そしたら貧ちゃん、凄くイケメンだ。肌白いし、顔も俺好み。今度少しだけ髪整えてやろう。そうしたらもっと俺好みになる。

「よし、綺麗!」

「……有り難う。お前のは俺が洗ってやるよ」

「ん? いいって別に」

「俺がしたいんだ。やらせろ」

「……うん」

 素直に洗われていると、ちょっと気持ちいい。背中とかとても丁寧にしてくれる。なんか、くすぐったいよなこういうの。

 さっぱりして、俺の高校の時のジャージとTシャツを貧ちゃんに貸した。背丈同じくらいだから大丈夫だと思ったけれど、Tシャツぶかぶかだった。痩せすぎだ。

 でもこれなら二人でベッドでもなんとかなりそうだ。

 遠慮する貧ちゃんを引っ張りこんだ俺は久しぶりに体温を感じたからか、もの凄くしっかりと寝る事ができた。


§


 翌朝7時、普段なら間違いなく寝ている時間に俺はベッドから落とされた。

「いって! もぉ、どうしたのさ貧ちゃん」

 俺Tのまま、貧ちゃんが怖い顔で仁王立ちをしている。そしてテキパキと寝具を取り去るとそれらを洗濯機に放り込み、敷き布団も掛け布団も干してしまう。

「俺の布団!」

「これがあるからいつまでもゴロゴロしてるんだ! あと、臭い」

「シンプルに刺さるな」

 確かに万年床だからな。

 貧ちゃんは洗濯をしている間にトーストを焼いて玉子を目玉焼きにしている。その尻が妙にそそる。

「……てぃ!」

「んな!」

 後ろから尻を鷲づかみにしてみると面白い声が聞こえた。その後で思い切り殴られたけれど。

「何すんだお前は!」

「いや、いい尻してるからさ。小ぶりだけでキュッと上がってていいぞ貧ちゃん」

「嬉しくないわ!」

 皿一枚にトーストと目玉焼き、昨日の残りのポテサラが乗る。こいつ、家事力高いと思う。

「食って、仕事探しに行け」

「いや、探しに行けって。俺の一番いい服でもジーンズとパーカーなんだが」

「リクルートないのかよ!」

「ない!」

 就活あぶれて半年で俺は諦めた。リクルートでも売れば金になるかと思って売ってしまった。

 貧ちゃんは頭が痛いと額を押さえる。そして徐に脱衣所に行くと、がま口の財布を首からかけて持ってきた。

「これで買ってこい」

「!」

 なんと、諭吉が出てくる。俺は神を見る目で貧ちゃんを見た。神だけど。

「これ、どこから!」

「少しは蓄えてた。だがこれっきりだぞ! これでリクルートと髪なんとかしてこい。リサイクルショップなら買えるだろ」

 俺はうんうん頷いて財布に入れて、朝から出かけた。


 ……パチンコで諭吉が消えた。いや、増やそうと思っただけなんだよ。

 夕焼けの空、トボトボと帰ると貧ちゃんが俺を迎えて……グッと睨んだ。

「何してた」

「あぁ、えっと……」

「服は?」

「……悪い」

 素直に頭を出来るだけ下げた。殴られたり蹴られたりは覚悟した。俺も流石にクズだって思うから。

 でも貧ちゃんは何も言わなかった。泣きそうな顔をギュッと引き結んで、くるりと背を向ける。ドアは開いたままだから、俺も中に入った。

 部屋は一日で別の家みたいに綺麗になっていた。皿も全部綺麗だし、ゴミも分別してある。床は掃除機の他に拭き掃除までされているし、窓も曇っていない。詰んでいた服は畳まれてクローゼットの中。何より布団がふかふかになっていた。

 貧ちゃんは首からがま口をさげていて、そこからもう一枚諭吉を俺に出した。

「明日こそ、買ってこいよ」

「……うん」

 なんだよ、この胸が痛む感じ。クズの自覚あるし、罵られるのにも慣れた。親だって俺をほぼ見捨ててるし父親は勘当したと思っている。だから失望には慣れてる。

 なのに、今は痛い。信頼が辛い。

「昼に、上の家のおばさんがお前にって魚くれた。旦那さんが釣りすぎたって。新鮮なアジだったから、刺身にした。あと、食える野草で味噌汁にした。玉子もだし巻きで」

「貧ちゃん」

「なんだ」

「俺、真面目に働くわ」

「……そうしろ」

 俺、初めてだよ。こんな風に誰かに信じられてるの。見捨てていいのに見捨てられないの。でもさ、説教よりも俺には染みるんだよな。

 貧ちゃんの作ったご飯は美味しかった。レンチンじゃない飯なんてどのくらいぶりに食べたんだろう。

 風呂は俺が明日から掃除する事にした。なんか一つでも返そうと思った。

 貧ちゃんはスマホで内職の仕事を探していた。やった事ないけれどやってみるそうだ。

 そして次の日、俺はちゃんとリクルートを買って、髪を綺麗に切ってきた。そうして家に帰ったら、貧ちゃんはとても嬉しそうな顔をして迎えてくれた。


§


 さて、いざ就職探し。だがこれが問題だ。

 今はネットで求人が見られる。でもサイトも沢山あるからどれがいいのか。スマホを睨む俺の後ろから貧ちゃんが不意に指を差した。

「ここだな」

「へ?」

「ここに登録するといいぞ」

 俺は慌ててそこをタップする。登録料はない。エントリーすると直ぐに先方からメールが来て、希望職種や給与面、条件を色々書き込むエントリーシートが送りつけられてきた。

「えっと……仕事は何でもいいで」

「おい、それはダメだ」

「え? だって、選んでる場合じゃないだろ」

 仕事すればいいんだろ? という俺の視線に、貧ちゃんは呆れたように首を横に振る。

「あのなぁ、だから続かないんだ。お前、やりたい事とかないのかよ」

「やりたい事って……」

「最初、何したかったんだ?」

「そりゃ大手の広告代理店で……」

 あぁ、そうだったな。そういう夢も持ってたっけ。

「でもさ、俺に務まるか?」

「それはお前次第だろ。根性出してしがみつけばなんとかなるもんだ。それでもどうしようもない時は、諦めて次行けばいい」

 インターホンが鳴って、貧ちゃんが出て行く。

 俺はベッドの上でエントリーシートを見つめたまま、貧ちゃんの言葉を反芻していた。

「広告代理店希望。未経験。これで本当に大丈夫かよ」

 言いながらも書き込んで送った。

「送ったか?」

「おう。ってか、デカい荷物だな」

 貧ちゃんは大きな段ボールを抱えて入ってくる。どうやら内職らしい。

 開けてみるとなんか緑の軸に葉っぱ、花が袋詰めされている。

「これ、造花作りってやつだ。100均で見るやつ」

 作り方を見るとそんなに難しくない。

「やるか」

 そう言いながら貧ちゃんがどっかりと腰を落ち着けて手を動かすけれど……なんか、苦戦してる?

「貧ちゃん、そんな強くやったら軸折れるよ?」

「うっ」

 もしかして、不器用? 家事はできるのに手先不器用??

 俺に背中を向けていても、肌色白いから分かるって。耳、真っ赤じゃん。

「貸してみ」

 言って、俺は隣に座って花を作り始めた。案外器用なんだぜ、俺。

「上手いな」

「任せろって」

 隣り合って2人で花つくって。でも、案外嫌いじゃない時間だった。

 翌日、登録したサイトから連絡がきて、いい就職先があるって言われて急いで行った。その日のうちに面接があって、即日採用。職場の雰囲気も悪くない。なんでも立ち上げたばかりらしい。明日から、俺は社会人だ。

 伝えたら、貧ちゃんはちょっと泣きそうになって笑って喜んでくれた。お祝いだって例のがま口を首に買い物に行って、俺たちは肉の入った鍋に発泡酒を飲んだ。

 たった缶1本で顔を赤くして酔っ払う貧ちゃんが、俺は少し愛おしく思えている。


§


 俺は滅茶苦茶働いた。それでも夜の10時には家に帰った。貧ちゃんが夕飯を用意してくれているから。

 貧乏神スキルで相変わらず貧乏ではある。でも、俺としては満足だ。

 初任給で新しいエプロンと発泡酒、そしていつぞやパチンコで使った諭吉を返したら、貧ちゃんは顔を真っ赤にして泣いた。あんまり目を擦るから目元が赤くなって止めたら、俺を抱きしめて「有り難う!」と言ってくれた。

 俺は、多分貧ちゃんが好きなんだろう。ボーナスは突然水道が壊れて修理したらぶっ飛んだし、貯金もまだ少しだけ。でもその分貧ちゃんの体が逞しく肉付きよくなっていく。最近は血色もいいし、腹筋が六つに割れてきた。

 そしたら見違えるほどいい男だ。モデルだって言っても通るんじゃないだろうか。

 就職して半年、ぐーたらなダメ男の俺はいなくなっていた。


 ある日仕事から帰ってきたら、貧ちゃんは凄く悲しそうに俯いていた。何かあったのかと思って、俺は少し焦って近づいた。

「どうしたんだよ貧ちゃん。何かあったか?」

「あぁ、いや……」

「なんだよ、俺と貧ちゃんの仲だろ? 言えよ」

「…………そう、だな。そのうち分かるしな」

 首を傾げる俺の腕を掴んだ貧ちゃんは、その次に俺を強く抱きしめる。俺と同じ石鹸の匂いがする、もう汚くない貧乏神はブルブル震えていた。

「頑張ったよな、お前」

「だろ? もう、ひもじくないだろ? 体も逞しくなったじゃん」

「あぁ、ひもじくない。毎日お腹いっぱいで幸せだ」

「ははっ、そりゃ良かった。俺も本気出した甲斐があったわ」

「……だから、お別れだ」

「え?」

 震える涙声に、俺が驚いて止まる。お別れってなんだ。俺は別れるつもりなんてない!

「どういうことだよ、貧ちゃん!」

「いいことだよ。俺の目に狂いはなかったって事だ。お前、ちゃんとすれば頑張れる奴だった。つまずき方半端なかったけど、持ち直したし」

「俺の質問の答えになってない!」

「……もうすぐ、福の神がくる。お前、次のステージに上がるんだ。俺はここを出て行かなきゃいけない」

「な!」

 驚いて、俺は貧ちゃんの肩を掴んで引き剥がした。涙と鼻水でグチャグチャになった顔で、貧ちゃんは必死に笑おうとしていた。

「いいんだ、それで。いつまでも俺みたいなのと一緒にいたらお前、上に行けないしさ。今なら彼女だってできるし、もっといいところ住める。発泡酒じゃなくてビール飲める」

「そんなのいらない! 俺は貧ちゃんがいいんだ!」

「ダメなんだって。俺じゃ、福の神には勝てない。そういうもんなんだよ」

 俺の手を振り払おうとするけれど、俺は離す気がない。だって俺はお前が好きで、お前が笑ってくれたり喜んでくれたりするから仕事してるんだ。そんな見ず知らずの福の神なんかに用はない!

「全部いらない。貧ちゃんが居ないんじゃ意味がない」

「なんだよ、それ。馬鹿なのかよ。福の神だぞ? これから福が舞い込むんだ。幸せに」

「貧ちゃんがいないと俺の幸せにはならない!」

 言い切ったら、貧ちゃんはビクッと震えて……更に泣いた。

「好きだよ、貧ちゃん。俺は貧ちゃんが幸せなら貧乏でもいいからさ」

「……っだよ、お前ほんと、質悪い。貧乏神だぞ、俺」

「いいんだよ、それで。最初から知ってたし、俺は貧ちゃんを肥やす為に仕事してる」

「バカ……だから俺も離れたくなくなるんだよ。お前の為には出て行くのがいいのに、出て行きたくないんだ。第一、貧乏神と嫌な顔一つしないで一緒にいる人間なんて初めてだ。ほんと……俺……」

 俺は貧ちゃんを強く抱きしめる。そんな俺の腕の中で、貧ちゃんはグズグズに泣き崩れた。

 その時チャイムが鳴って、勝手にドアが開いて誰かが入ってくる。ちょっと強引そうな俺様男だ。

「あ? なんだ、まだ居たのか貧乏神。さっさと出てけって言っただろうがよ!」

「!」

 その言葉だけで貧ちゃんが後ろに飛ばされてよろけて尻餅をつく。それを見た俺は咄嗟に貧ちゃんの前に出た。

「あ?」

「お前に用はない。貧ちゃんは俺の嫁だ」

「は? お前、何言ってるか分かってるのか? そいつ、貧乏神なんだぞ」

「知ってる」

 でも貧ちゃんがいたから、俺はクズから少しまともになった。貧ちゃんがいるから今もまともに仕事してる。俺のやった高校ジャージにTシャツ嬉しそうに着て、エプロンつけてる背中見てるんだ。こいつが俺の嫁だ。

「それでも、貧ちゃんが俺の嫁だ。お前が出てけ」

「意味が分からねぇ。頭おかしいのかよ」

 福の神は呆れたが、それでも出てはいかない。それどころか軽く笑っている。

「そんなに出て行かせたいなら力尽くで」

 言い切る前に、俺は福の神の顔面に綺麗な右ストレートをぶち込んだ。神様死なないから割と本気だ。

 顔の真ん中凹むくらい本気で殴ったから、福の神はそのまま後ろに派手にぶっ倒れる。なんか、すげースッキリした。

「お前、何してるんだよ!」

 慌てたのは貧ちゃんだ。福の神に駆け寄って起き上がらせているけれど、福の神は顔を真っ赤にして払いのけた。

「やってられっか! お前なんか不幸にでもなってしまえ!」

 吐き捨てるような言葉を残して忽然と消えた福の神に、俺は呆然とする。マジで神かよ。

 貧ちゃんは申し訳ない顔をして俺を見る。でも俺は誇らしいくらいだ。

「良かったのか?」

「最高じゃん?」

「……バカ野郎」

 言いながら嬉しそうに泣き笑う貧ちゃんを、俺は躊躇いなく抱きしめた。

 そしてふと、テーブルの下になんか光る物を見つけてそれを拾う。それは親指の先っちょくらいの金色のストラップだった。木槌の形をしている。少しお高いおみくじに入ってる開運グッズみたいだ。

「あ!!」

「え! なに!」

「それ……ミニだけど打ち出の小槌」

「…………は?」

 一瞬の静寂だった。

「え、落としてった?」

「多分。お前がぶん殴った時に」

「マジかよ。御利益ある?」

「少なくとも生きてくのに苦労はしないし、運も舞い込む。ミニだけど立派な神様アイテムだからな」

 マジかよ。

 俺は少し悩んで、それを貧ちゃんのがま口財布の紐に括り付けた。

「え!」

「コレで今日から貧ちゃんは俺の福の神ってことで」

「そんな!」

「あと、嫁な」

「嫁……」

 また貧ちゃんが赤くなる。でも今後は笑ってくれたから、俺はホッとしてたりする。

「よし、飲むぞ! 今日はお祝いな!」

 こうしておれは貧乏神の嫁を無事にゲットできました。めでたしめでたし。

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