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第3話 苦難と救いの道

どのみち、かつては一度は基準に達していないと不良品として始末されそうになった身。


それをコフィン博士により庇ってもらい、救われた命だ。


だからこそ、コフィン博士の娘であるミーアのために命を使うのも悪くない。


QDBP6037は自身のそんな考えに驚きつつも、決意を固める。


抵抗し続ければ体と精神に負荷がかかり、最終的に体内のナノマシンの暴走を招き、死に至る可能性は高い。


それでも時間を稼がなくてはいけなかった。


全ては承知の上。


そんな決意とともにQDBP6037はミーアに告げる。


「逃げろ、ミーア」


「えっ……?」


「間もなくハウンド・リングの強制力が発動して、俺は君を殺してしまう

何とか抵抗して時間を稼ぐから早く逃げてくれ!」


「でも、QDさんは、どうなるんですか?」


「大丈夫だ

心配しなくていい」


それは完全なる虚勢だった。


大丈夫なはずがない。


強制力は肉体を乗っ取り、抵抗すれば意識を断ちにくる。


そうなれば自由は完全に奪われ、自分が自分でなくなってしまうからだ。


そして、命が失われない限り、任務は遂行されるだろう。


しかし、もし、深手を負った状態ならば?


自決はできなくとも自分の動きを止める手段はゼロではない。


攻撃する対象が自分自身でなければ、ハウンド・リングは身を守るための反射行動は行わないのだから。


命を懸ければ、抵抗は不可能ではない。


QDBP6037は全身を脈動する不快な感覚と神経を走る痛みに耐えながらミーアへと微笑みかけた。


だが……。


そんなQDBP6037の覚悟を前にして、ミーアは強い口調で放つ。


「嫌です!

QDさん、とても苦しそうじゃないですか!

だから私が必ず助けます」


「聞き分けのない……ことを

いいから早く逃げて……くれ」


「大丈夫です

漸く、力の意味を理解しましたから」


「何を……言っている……んだミーア……?」


虚ろな意識を保ちながらQDBP6037は何とか、問いを発する。

しかし、もう時間がない。


間もなく意識が途切れ、体の自由が失われてしまう。


QDBP6037は体の自由が失われる前にどうにかしようと上着の内に潜むホルダーから銃を引き抜いた。


だが、その直後……。


「QDさんは私が助けます」


ミーアは覚悟と決意を含む表情で微笑みながらQDBP6037の首に刻まれた黒い輪の刻印に両掌を当てる。


首元に差し出されし、か弱き両の手。


その刹那、両の手から闇夜を照すような眩い光が生じた。


光は首の刻印を包み込み、QDBP6037の体内に温かい光と熱が迸る。


直後、全身を脈動する不快な感覚と神経を切り刻まれる様な痛みは突如として消失した。


(いったい、何がどうなっている……?

強制力はどうなったんだ?)


QDBP6037は己の身に生じた奇妙な状況に戸惑いながらミーアを見下ろす。


自由に動く体に鮮明なる意識。


全てが正常だった。


(まさか……強制力が失われたのか?

でも何故こんなことが?)


考えられる事は恐らく……。


いや、それしか考えられなかった。


ハウンド・リングの強制力を司るナノマシンの制御機構をミーアが何かしらの方法で破壊したのだろう。


方法の詳細は不明だが、それとは別にQDBP6037はリーブラがミーアを消そうとした理由を理解する。


QDBP6037をハウンド・リングの強制力から解放した力の正体は不明だが……。


ミーアがハウンド・リングの強制力を無力化できるという事は明確だ。


この力はハウンド・リングに縛られた者たちにとっては救いだが、支配者であるリーブラからしてみればどうだろうか?


答えは限りなくシンプルだった。


従う理由がなくなった者たちは、支配していた者に反旗を翻す。


つまり、絶対者であるリーブラは権威は失墜し、全てのイレイザーに狙われる立場になるのだ。


ならば、その状況はリーブラにとって由々しき事態。


その要因は率先して排除しなければならない事柄だった。


だが、ミーアがその要因であることが判明しているならば、コフィン博士は既に確保され、全てを自白しているということに他ならない。


QDBP6037は、そのことを瞬時に認識し、その後の行動についての思考を開始する。


(俺がミーアを始末出来なかった事もハウンド・リングの呪縛から解放された事も嗅ぎ付けられるのは時間の問題だな

信号が遮断されたことを訝しんで調査は必ず行われる

例え、小細工をしても稼げる時間はせいぜい10時間程度か)


状況から推測するに遅くとも10時間後には、リーブラは動く。


つまり、刺客が差し向けられるということだ。


ならば、選択できる手段など僅かしかない。


1つは、まだ組織を裏切ろうとしている事が発覚していない今、リーブラに戻り、組織中枢のシステムを破壊し尽くすこと。


だが、これはイレイザー最強格であるネームズたちと戦うことになる可能性が高く、失敗の可能性が高かった。


結局、目的が発覚した時点で全てが終わる。


ならば残された手段は1つしかない。


その手段とはミーアを連れて逃走し、可能な限り、都市部から離れること。


潜伏先を上手く、監視機能のないの地方に逃れれば或いは……逃げ切れるかもしれない。


しかし、これとて、かなりの博打だった。


果たして、こんな見え透いた行動でリーブラの目を欺けるのかどうか……。


(だが、行動するにしても父親であるコフィン博士のことは、どう伝える?)


QDBP6037は、どう伝えるかを悩み、言葉を詰まらせる。


真実を伝えたらミーアはどう思い、どう行動するんだろうか?


そんな不安がQDBP6037の心の中に渦巻く。


自分を殺しに来た殺し屋に救いの手を差し伸べるような、優しさを持つ彼女ならコフィン博士の命が危険に晒されている事実を知ったならば、助けに行くというかもしれない。


だが、それはまさにリーブラの思う壺。


確実な死が待っている。


しかし……。


QDBP6037は覚悟を決め、ミーアの顔を見つめる。


それでも尚、言うべきことは言わねばならない。


例え、逃避行を強制することになったとしても……。


「大丈夫です

分かってますから」


「えっ……?」


「父を助けには、行けないんですよね?」


「何故、それを?」


「聞いていましたから

もし自分が来なければ、街を出てほしいと父は言っていましたから

だから……大丈夫です」


ミーアはQDBP6037の目を見つめつつ、笑顔を作る。


しかし、その直後、ミーアの瞳から涙が零れ落ちた。


「すまない……」


QDBP6037はただ一言、謝りながらミーアのことを抱きしめる。


その直後、胸の中でミーアのすすり泣く声が響き……QDBP6037は、かける言葉もないまま、夜空を見上げた。


こうして、数分後、漸く泣き止んだミーアはQDBP6037からハンカチを渡され、それで涙を拭う。


「少しは落ち着いたか?」


「はい

時間が無い時に、ごめんなさい」


「いや、それは仕方がないことだ

それより、これから街を出るがいいか?」


「分かりました

それで、何処に行きますか?」


ミーアの問いにQDBP6037の少し、考え込んだのち、静かな口調で答える。


「行くなら北だろう

北の地方は未だ監視システムが行き渡っていないからな

追っ手を撒くには都合がいい」


「そうですか

でも、向かう前に1つ、決めておかなければならないことがあります」


「なんだ?

同行時のルールか?」


(確かにミーアは、まだ子供とはいえ女性

プライベートで、気にしなければならないこともあるか)


QDBP6037は思考を巡らせ、そんな大多数が考えそうな結論を導き出す。


しかし、ミーアが告げてきたのはQDBP6037とって想定外の一言だった。


「QDさんの名前、ちゃんと決めないとダメですよね?」


「え……?

いや、別にQDでもいいと思うんだが?」


「ダメです!

言いにくいし、他の街とかで名前を呼ぶときに困りますから!」


「う……うん

まあ、確かに、そうだな」


ミーアの気迫に気圧され、QDBP6037は僅かに、たじろぐ。


だが、名前に無縁だったQDBP6037に、まともな名前など思いつくはずもなく、結局、ミーアの好きな名前をつけるということになった。


そして、ミーアが名付けた名前というのが……。


「セイヴァーなんて、どうでしょう?」


「救う者か

名前負けしてる気がするな

何より、救われたのは俺の方なんだが」


「そんなこと、ありませんよ

これから私を救ってくれるじゃないですか

それに…貴方なら、これから色々な人を救えると思います」


「そうか、なら名前負けしないように頑張らないとな

それで、後は苗字だが……」


セイヴァーは夜空を見上げ、降り注ぐ雪を見据える。


そして、苦笑しながらミーアに告げた。


「雪の降る日に出会った記念に、スノーにしておくとするか」


「セイヴァー・スノー

悪くないですね」


「ああ、そうだな」


「というわけで、セイヴァーさん

早く、行きましょうか」


「確かに、そうだ

流石に名前を考えるのに10分も時間を無駄にしたしな」


「今なんか言いました?」


「いや、何でもない」


セイヴァーは苦笑しつつ、ミーアの問いに答えると彼女の後を追った。


この後に訪れる苦難に立ち向かう、その覚悟と共に……。

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