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第2話 暗闇の中の灯

(おいおい、本当に状況を理解しているのか?)


ミーアはQDBP6037の言葉にまったく、動じる気配はない。


そんな想定外の行動を目の当たりにし、QDBP6037は動揺しつつも、ミーアに問いかける。


「いやいや、ちょっと待った!

それ、本当に状況を理解した上で、言っているのか?

俺は君を殺しにきた殺し屋なんだぞ?

その相手に命乞いではなく、名前を教えてくださいって何かおかしいと思わないのか?」


だが、そんな至極当然の一言に対して、ミーアも負けじと反論した。


「何を言っているんです

自己紹介をしたら自己紹介をして頂くのが礼儀じゃないですか?

何より、これから殺されるのに名前すら教えてもらえないとか、

あんあまりだと思いませんか!?」


「いや、まあ、そうなんだが……

普通は最初に命乞いだろ?

名前なんか知ったら絶対に助けてもらえなくなるし」


「なら命乞いをしたら、あなたは私を殺さないでくれるんですか?」


「そ、それはちょっと……無理かな~」


「だったら教えてくださいよ

お・な・ま・え・を・」


「あ~、分かった、分かった!

教える、教えるって!

俺は管理番号QDBP6037と呼ばれている

どうだ、これで満足か?」


しかし、名前を聞き、ミーアはキョトンとしながらQDBP6037に更なる問いを発した。


「管理番号QDBP6037さんですか

変わった御名前ですね?

QDさんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」


「うーん、まあ、実際のところ、これは名前じゃなくて管理番号だからな」


「管理番号ってなんですか?」


「管理番号は管理しているものを分かりやすくするために付けるナンバーや記号のことだ

要するに俺たちは人間であって人間じゃない

つまり、道具だということさ

そして、俺たちを作ったのが、君の父親というわけだ」


「そうなんですね!

じゃあ、私達は血の繋がらない家族って事でしょうか?」


「いやいや、どうしたら、そうなる?

そもそも、その理屈でいったら君は家族に殺される事になるんだが!?」


あまりにも楽観的なというか、危機感がないというか……。


そんなミーアの発言に困惑しつつ、QDBP6037は何とか現状を理解させようと奮闘する。


しかし、そんなミーアは少し寂しげな表情で微笑みながらQDBP6037に言った。


「言われてみれば、そうですね

でもQDさんに殺されるならまだ、納得できそうです

それに今なら父が言っていた意味が少しは分かるような気がしますし……」


「言っている意味が分からないんだが

いったい、何の話だ?」


「実は父が待ち合わせした時に言っていたんです

もし、僕が待ち合わせの場所に来なかった場合、他の人が私の所にくるって

そして、その人は私しか助けてあげられないから力になってあげなさいって、言ってたんです……」


(どういうことだ??

まったく意味が分からない……

コフィン博士、それが本当なら俺がミーアを殺しに来ることは予測していたということか?

なのにミーアが俺を助けるだと……正気か?)


正直、呆れるしかなかった。


自分達の命が失われつつあるのに、殺しにくる者の心配など正気の沙汰ではない。


何より、ミーアのような無力な少女に。いったい何ができるというのか?


どう考えても不可能。


ミーアが助かることも、QDBP6037が救われることもありえない。


それはリュクス・コフィン博士自身が一番、理解していたはずだった。


イレイザーが狙った者を殺すために作られ、その運命に逆らえないと。


何故ならイレイザーの体内には、殺しを確実なものとするために、それを強制的に行わせるための機能が存在するからだ。


その機能の名は【ハウンド・リング】。


標的を生かそうとすれば、体の内に組み込まれた制御用のナノマシンが起動し、意思とは関係なく強制的に標的を殺すように動く。


その強制力は抵抗したからといって、どうにかなるというものではなく、抵抗し続ければ最終的に意識すら遮断され、任務を完遂させられる。


だからこそ、QDBP6037は絶望していた。


それは過去に幾度となく、抵抗し失敗し続けてきたが故の絶望。


相手を生かそうと試みて結局、最後は自らの手で狙った相手や目撃者などを射殺してしまう。


その度に、その行為の虚しさを見せつけられ、精神をすり減らし摩耗する。


自分自身の呪われた運命と無力さに嫌気が差すほどに。


だからといって、自ら命を絶つこともハウンド・リングによって阻まれ、それすら叶わない。


せめて関係ないものだけでも殺さないように様々な手段を講じるが、決して報われることもなかった。


薄汚れた殺し屋という生き方しかないとしても、せめて納得のいかない殺しはしたくない。


それがQDBP6037が持っていた唯一の信念であったが、その思いは結局、叶うことなく現在に至る。


抵抗しようが、どんな手を尽くそうが結末は、いつも同じ。


気が付けば血塗れのナイフを手にし佇んでいたり、銃を手にし佇んでいたり等。


状況は様々なれど唯一、共通している事柄がある。


それは自身の足元に血塗れの躯が多数、転がっていること。


そして、床や地面が常に血の海になっているということだ。


ある時には硝煙の舞う空気の中で立ち尽くし――。


また、ある時は標的となった者の鮮血を浴び、足元には肉塊と化した無残な遺体が霧散する。


気分は何時も最悪。


事ある度に結局、何をしても無駄なのだと思い知らされる。


こうして、常に惨劇を目にし続け……。


そして、常に自身の無力を噛みしめ続けたQDBP6037は、遂に標的を生かす事を諦めるようになっていた。


その後、希望を失い心の中が絶望に満たされたQDBP6037は、如何にして、標的を苦しませずに殺すを考えるようになっていったのである。


(なのに、どうして俺はミーアの言葉に希望を抱いてしまっている?)


突如として湧いてきた理解できない感情に困惑しつつ、QDBP6037はミーアの方に視線を移す。


だが、同時にQDBP6037の胸中にはある予感があった。


QDBP6037が抱いた予感、それは……。


天才科学者であるリュクス・コフィン博士は、何の意味もない気休めを言わないということである。


それは幾度か、コフィン博士と接する機会があったQDBP6037の中の確信だった。


(コフィン博士の行動や言動には常に意味があった

だとしたら本当にミーアなら俺を救うことが出来るということか?)


だが、問題は娘であるミーアに、いったい何を託したのかだ。


どんなモノを託したのかは知らないが、その前に殺意を放棄したことを察知し、ハウンド・リングがミーアを抹殺するために、自分の体を乗っ取り、コントロールする。


(ならば結局、これは希望には成り得ないということか……?)


QDBP6037は、そんな無慈悲な現実を瞬時に理解し……落胆した。


どんなツールでハウンド・リングの強制力を解除しようとしても、強制力による抹殺行動が行われ、それを成し遂げられるまで恐らく、2秒とかからないだろう。


だとしたら、どうやったって救えないし、救われない。


もし本気で、そんな事を考えているのなら、御笑い草だ。


だが、それでも叶うならば……。


QDBP6037は無慈悲にして、非情なる現実を嘲笑い夜空を見上げる。


しかし、その時――。


不意に背中に、温かい何かが触れた。


心地好い温もり……。


暫くして漸く、それが背中から抱きしめてきたミーアの体温であることに気づく。


「何故、こんな事をする…?」


「QDさんが、辛そうにしてたから…。

こうすると、気持ちが少し楽になるんです

私も悲しい事があった時、母が、こうしてくれました」


「そうか……」


母親を知らず温もりも知らないQDBP6037にとって、それは未知の感覚。


不可思議だが、確かに、その行為には妙な心地よさを感じる。


そして、この瞬間、QDBP6037はある決意をした。


ミーアを殺せない……。


今度こそ、やり遂げてみせると。


だが、ハウンド・リングの強制力は、そう甘くはない……。


その思いを感じ取られたら、即座に強制力を発動するだろう。


だから……。


QDBP6037はハウンド・リングを欺くためにを殺意を高め、偽装する。


しかし、それとて何時まで欺けるか……。


それでも命を懸けたなら今度こそ、成し遂げられるかもしれない。


そんな使命感にも似た感情を胸に秘め、QDBP6037は、ここで命を使い切る覚悟を決めた。



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