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ダークサイド・フォーチュン
キャラ&シイ
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年07月13日
公開日
10,982文字
連載中
リーブラという組織の殺し屋として生を受けた管理番号QDBP6037。
彼は組織から受けた仕事を遂行するために、雪の降る街を歩き続ける。
そして、そこでターゲットの少女ミーアと出会う。
払拭しきれない思いを抱え、苦悩しながら少女ミーアを始末する
ことを迷い、何とかミーアを逃がそうと決意するQDBP6037。
しかし、その直後、ナノマシンの強制力が起動しQDBP6037はミーアに銃を向けてしまう。
果たして、QDBP6037はナノマシンの強制力に打ち勝つことが出来るのか?
そして、銃を向けられたミーアの運命は?

第1話 雪降りし日の闇夜と少女

(雪か……。)


男は何時もの如く、暗闇と排気ガスに塗れし薄汚れた空を見上げる。


闇夜に注がれているのは、真っ白な雪…。


今日も地面は真っ赤に染まるのだから白い雪が覆い隠してくれるのは都合が良い。


男は、そう感じていた。


間もなく、このアスファルトとコンクリートで作られた地面が、


白い壁が血の赤で染まりゆく。


そして、そんな状況を作り出すのは……間違いなく、その男だった。


しかし、そんな残酷な行為も今や、ただの日常。


犠牲者に感じていた……当たり前の感覚も既に男の中からは消え失せていた。


とはいえ、全く感情が無いのかと問われれば、意外とそうでもない。


男はそう感じていた。


そして、男の中に僅かに残った感情、それは……。


所属する組織の標的となった者の末路と、その不遇を哀れむ心だ。


ある者は泣き叫び、ある者は死にたくないと命乞いをする。


その中には罪の無い者もいるだろう。


心残りや未練のある者も沢山いるに違いない。


男は因果な仕事の中で、そんな悲痛の叫びを幾度となく聞いていた。


だが、標的になった時点で、その者達の運命は既に決まっている。


イレイザー達は狙った者を逃がさない。


命を消しに来る者故にイレイザー。


男もまた、イレイザーと呼ばれる殺し屋の一人だった。


そして、そんな因果な商売をしているからこそ、男は思ったのかもしれない。


なるべく苦しまずに、彼らの命を刈り取ってやる事……。


それが、哀れな彼らに唯一、してやれる事だと。


だが、そんな達観した思いの中で尚、男は憂鬱な気分を拭い去れずにいた。


なにせ、今日、消す相手は小さき者。


もっと具体性を示すなら恐らくは、か弱き女、子供だろう。


男は腕時計の端末でデータを眺める。


その詳細は未だ不明のまま。


通常ならば、こんな不鮮明な詳細データなど、あり得ないことだが何故か、それがまかり通っているのは情報部の怠慢か、それとも機密に関係するものなのか……。


いずれにしても彼が出したのは……。


(苦しませないように、手早く済ませよう……。)


そんな諦めに満ちた結論だった。


そして、男は雪の降り行く黒き空を見上げながら、ふと…あることを考える。


何時になっても慣れるものではない……と。


女、子供を殺すと、その声が、最後の言葉が、何時までも耳から離れない。


だからこそ、そういった仕事は心底、好きには慣れないというのが本音だった。


悲鳴や泣き叫ぶ声が、何時までも残り続ける。


男は心の底から気乗りのしない仕事内容に思わず、ため息をつく。


しかし……。


それでも尚、殺しを止めるという選択肢はない。


何故なら、それは抗う事のできない運命。


組織の者として生まれた以上、最初から選択肢などなかったからだ。


消されるべき者が死の運命から逃れられないように、消す者もまた狙った者を殺すという運命から逃れる事は出来ない。


だからこそ——。


男は迷いを振り払い、雪の降り注ぐ白い路地へと足を踏み入れる。


(あれが次のターゲットか……)


冷たい雪が降り積もる中、1人の黒髪の少女が佇む。


人気の無い路地で、明らかに不自然に空を見上げる。


年齢は恐らく、14歳から16歳といった所だろうか?


彼女が何の為に、ここに居るのかは不明だが、そんな事を考える

意味は皆無。


誰を待っていようがいるまいが、彼女はここで命を奪われる。


その事実は変わらない。


それが事実だとしても、ある疑問が男の脳裏を過ぎった。


何故、この少女をここで殺す必要があるのか―—と。


今までも、確かに指令を受けて女、子供を殺した事はあったが、

女、子供が直接的に殺しのターゲットになった事は一度もない。


あくまでも標的と一緒に居て、目撃者になってしまったという、パターンが大半。


後は稀にターゲットへの見せしめとして、目の前で始末するくらいのものだった。


だから今回の状況は異例中の異例。


本来ならあり得ない状況だと言わざる得ない。


(何故、こんな少女をメイン・ターゲットにしたんだ……リーブラは?)


男は気付かれないように少女の方を確認しながら思考を巡らす。


リーブラが無力な少女をメイン・ターゲットにするなど、余程のことだ。


何かの間違いか、或いはリーブラにとって、何かマズい情報でも握っているのか……。


だが、男はふと我に返り、そんな疑問を頭の中から振り払う。


疑ったからといって何になるというのか?


少女の命を狙う詳細が不明だろうと何だろうと、取るべき行動も方針も何一つ変わらない。


男は疑念を持つこと自体なんの意味もないことに気付き、慌てて迷いを振り払った。


そして、男はさりげなく少女に近づき、銃を向けようとしたのだが……。


どうしても、迷いが拭えず……仕方がなく少女へと問いかける。


「君は誰かを待っているのかい?」


こんなところで声掛けなど怪しまれても不思議ではないのだが、少女は微笑みながら男に言った。


「はい、ここで父と待ち合わせしていたんです

でも中々、来なくて」


不用心で屈託のない微笑み。


警戒心が無いのか、そんなことを考えている余裕すらないのか……。


いずれにしても痛みを感じる間も無く少女を殺すのなら、今が絶好の機会だった…。


そして、それが少女にとって一番、楽な死に方なのだろう。


それを実現するに足る技量を保有していたのだが、どうしても男には、その瞬間での任務遂行は出来なかった。


(こんな好機を逃すのか?

くそ……どうかしているぞ、今日の俺は)


自分自身の愚かさを呪いつつも男は一度、抱いてしまった思いを

無視することが出来ず、少女に向けて再び、話しかける。


「そうか……それより寒いだろう

こんなに雪が降っているし、気温も低いしな」


「はい、大丈夫です

防寒対策はバッチリですから

心配してくださって、ありがとうございます」


「いや、それより、このまま待ち続けるのもキツいだろう

俺も君のお父さんを探そうか?」


「本当ですか、有り難う御座います!

連絡しても返答がないし、もう約束の時間を一時間も過ぎているのに来ないから少し心配だったんです!」


何となく、そう告げた直後、少女はとても嬉しそうに微笑み、男に感謝する。


男は少女の反応に、少し戸惑いつつ……。


「そうか

それは心配だな」


……と素っ気なく答えを返す。


正直、何で、そんな後々、面倒になりそうなことを言ってしまったのか、男自身にも、よく分かってはいなかった。


ただ……殺す前にせめて父親には会わせてあげたい……との思いは少なからず抱いていたことも確かで。


それで少女を殺す時の罪悪感が少しでも薄れるならと、それらしい理由付けを何とか自分自身を納得させる。


「それじゃあ、探しにいきましょう」


「ああ、分かった」


少女は、そう言いながら優しい笑顔を男に向けた。


ほんのりとした温かさを感じさせるような心に安らぎを与えてくれる笑顔。


それは、まるで闇夜を照すロウソクの光と熱。


僅かな光源でありながら弱々しくも暖かさを含む光のようだった。


だが、この薄汚れた街には似つかわしくない。


こんな無垢で純粋な温かさは……。


しかし、そんな男の思いなど露知らず、少女は屈託のない笑顔を向けながら問いかけてきた。


「あの……私はミーア

ミーア・コフィンと言います

名前を伺ってもいいですか?」


だが、少女の名前を聞き、男は一瞬、動揺する。


(え……いま、何て言った?

ミーア・コフィン……?

コフィンって、まさか……!?)


だが、その動揺を見抜かれないように平静を装いつつ、男はミーアに問いかける。


「なあ、ミーア……

もしかして、君のお父さんというのは、リュクス・コフィンさんのことかな?」


「はい、そうです!もしかして、父をご存じなのですか?」

「あぁ、俺は君のお父さんとは面識があってね

昔、お世話になったことがあるんだよ」


「本当ですか!?

こんな偶然ってあるんですね?」


「そうだな」


男は動揺を押し殺しながらミーアに微笑みかけた。


だが、内心はそこまで穏やかなはずもなく、ただただ動揺が心の中を渦巻く。


(何故だ?

何故、リーブラはコフィン博士の娘を消そうとしている?)


男……管理番号QDBP6037は、この不可解な状況に混乱しながら思考を巡らせる。


コフィン博士はQ【クイーン】ナンバーズの生みの親であり、リーブラにとっても重要人物だった。


そして、リュクス・コフィン博士はQDBP6037の創造主。


だが、リーブラに反逆したなどの嫌疑をかけられたなどの話は一切ない。


もしそんなことがあったら既に指名手配されているはずだし、情報も入ってくるはずだ。


なのに、情報は一切なくリーブラはコフィン博士の娘を抹消しろとQDBP6037に指令を出している。


状況が不明確すぎることにQDBP6037は戸惑いを隠せずにいた。


もし、コフィン博士が何かしらの反逆行為をしていたのならば恐らく、今頃は身柄を拘束され、良くて薬漬けにより廃人。


悪くすれば、既に始末されているであろう。


いや、コフィン博士ほどの天才科学者が何の対策もせずにただ、捕まるというのもあり得ない話だが、リーブラから逃げ切れるとも思えなかった。


何より、この場に来ていないのは既に捕縛されているからなのではないか?


QDBP6037は、そんな結論に辿り着き、思わずため息をつく。


(どうする?

この事実をミーアに伝えるべきか?)


QDBP6037は正直、迷っていた。


この事実を話せばミーアは苦しむかもしれない。


そして、もしその事実を伝えたとしたら自分が殺し屋である事も言わなければならなくなる。


どうせ、このミーアを殺すという運命は変わらないが、それでも……。


このまま真実を知らないで死ぬのは彼女にとって本当に幸せなのだろうか?


QDBP6037は不意に、そんな思いを抱く。


だが、その時。


ミーアがQDBP6037の方を見つめながら静かな口調で言った。


「父のこと何か知っているんですか?

知っているなら教えてください……」


真剣で思いつめた青い瞳。


ミーアは何かを覚悟しているような表情をQDBP6037に向ける。


(そんな目を向けられてしまってはな……)


そして、QDBP6037は諦めたように口を開く。


「ああ、知ってはいる

しかし、これを聞いたらきっと後悔をすると思うぞ?」


「それでも……構いません

私は事実を知りたいんです!」


「そうか、分かった

真実を伝えよう……

君のお父さんは恐らく、殺しを生業とする巨大組織リーブラに狙われている

そして、もう既に確保、或いは始末されてしまっているだろうな」


「そうなんですね

だから時間になっても……

でも、なんで、そのことを?」


「その答えは簡単だ

俺が君を殺す為に派遣された殺し屋だからだよ」


QDBP6037はミーアに、そう答えながら、その懐より銃を抜いた。


銃口は眉間へと向けられている。


しかし、ミーアは銃を突きつけられているのにも関わらず、屈託のない笑顔のまま、QDBP6037に向けて言った。


「殺し屋さんだったんですね

ところで私、まだ名前を伺ってませんよ」


……と。



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