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7.5-1

愛する女が目の前に、血の気のない顔で横たわっている。


「花琳……」


本当に生きているのか怖くなって、その顔の上に手をかざした。

弱々しいけれど、温かい呼気が僕の手に当たる。


……生きてる。


それにほっと安堵し、また椅子に座り直した。

どうしてこんなことになったのかと考えるが、僕の甘さ以外なにものでもない。

あのとき、姉の参列を許そうとする花琳に断固反対していれば。

そうすればきっと、こんな事態にはならなかった。


「ごめん。

本当にごめん」


後悔したところで時間が巻戻るわけではない。

僕はただ、花琳にひたすら謝るしかできないのだ。


『私をこけにするからこうなるのよ!』


花琳に足を引っかけた姉は、その場で取り押さえられた。

僕が姉になにもしなかったのは、同情したからとかではない。

あんなバカ女にかまっていられなかったからだ。

花琳が死んだらどうしよう。

子供を失うのが怖い。

それ以上に花琳を失うのが怖い。

彼女の名を呼び、去っていきそうな命を留めようと必死に抱き締めた。

それからしばらくの記憶が曖昧だ。

何枚もの同意書にサインさせられ、ドクターに花琳を助けてくれと土下座したのだけ覚えている。


「花琳、花琳……」


僕の声が、静かな病室に響く。

非常に危ない状況ではあったが、花琳も子供も一命は取り留めた。

病院が近く、さらにここには優秀なドクターが集まっているおかげだ。

ただ、七ヶ月で緊急出産となってしまったため、子供はNICUに入っている。

今後の発育次第ではあるが、とりあえず大きな問題はないという。

花琳は出血が酷く、一時は危ない状態だったがどうにか安定した。

そして今、僕の前に横たわっている。


「早く目覚めて、こんなの悪い夢だと笑ってくれ……」


そっと彼女の手を握るが、握り返してはくれない。

指先は冷たく、このまま彼女を失うのではないかという恐怖が襲ってくる。


「……ん」


そのとき、花琳が小さく身動ぎをした。


「花琳!」


ベッドに飛びつき、彼女に呼びかける。

ゆっくりと瞼が開いていき、最初は虚ろだった目が僕を捕らえる。


「たか……とし……さん?」


「そうだ、僕だ!」


「赤ちゃん!」


次の瞬間、飛び起きた彼女は両手で僕の腕を堅く掴み、縋ってきた。


「赤ちゃん!

赤ちゃん、は!」


「大丈夫、大丈夫だ。

また出血するから、おとなしくしろ」


取り乱す彼女をベッドに押さえつける。

今、暴れてはようやく止まった出血がまた始まりかねない。


「私たちの赤ちゃん……」


さめざめと、酷く悲しそうに花琳が泣き出す。

その姿に本当に裂けたんじゃないかと思うほど胸が痛んだ。


「心配しなくても子供は無事だ」


「ほんとに……?」


それでもまだ、不安そうに瞳を揺らし、彼女は僕を見上げた。


「ああ。

むしろ花琳より元気なくらいだ。

だから、安心していい」


彼女の手を取り、力強く頷いてみせる。


「よかっ、た……」


すーっと声は、そのまま消えていった。


「花琳?

花琳!」


悪い予感がして、慌てて声をかける。

ナースコールのボタンを握ったが、すぐに先ほどまでとは違い、気持ちよさそうに寝息を立てているのに気づいた。


「もう、びっくりさせるなよ」


気が抜けて、倒れ込むように椅子に腰掛けた。

眠る彼女は僅かだが、顔色がよくなった気がする。

子供の無事を聞いて、安心したからだろう。


「……許さない」


眠る花琳を見守りながら、仄暗い復讐心が燃え上がる。

花琳を、こんな目に遭わせた姉さんを。

花琳の心を、踏みにじった姉さんを。

僕は絶対に、許さない――。

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