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5-3

車は少しだけ走って、近くのホテルに入った。

チェックインを済ませ、最上階の部屋に案内される。


「今日はここにお泊まり」


部屋は広く、きっと上ランクのスイートなんだと思う。


「うわーっ」


正面の窓の外には海が広がっている。

右手奥には先ほど港で見た、船が見えた。


「ここからならゆっくり、花火が見られるだろ?」


「ありがとうございます!」


大興奮でお礼を言っていた。

こんな素敵なサプライズ、あっていいのかな。


「いっぱい頑張った、花琳にご褒美」


ふふっと小さく笑い、宣利さんが口付けを落としてくる。


「これってこのあいだ約束した、ご褒美デートですか?」


典子さんの嫌がらせに耐えたご褒美をくれるというので、デートのお願いをした。

今日のはそれなのかな。


「んー?

そうだな……。

ご褒美デート第一弾?」


ちょっと首を傾げ、彼がぱっと笑う。


「第一弾、なんですか?」


「そう。

ほかも乞うご期待」


宣利さんの手が、まるで犬でも撫でるみたいにわしゃわしゃと私の髪を掻き回した。


「もう!

なにするんですか!」


「んー?

花琳は可愛いなーって思って」


眼鏡の向こうで目尻を下げ、本当に嬉しそうに彼が笑う。

……だから。

そういう顔をして私を惑わせないでほしい。


少し休んだらいいよと言われ、お言葉に甘えてベッドで横になった。


「宣利さん、本当にいい人だな……」


もう限界だったみたいで、頭を枕に預けた途端、眠気が襲ってくる。

人混みが増える前に屋台を楽しませてくれたうえに、花火も楽しめるようにホテルまで。

ほんとに至れり尽くせりでますます好きになっちゃうよ……。


「花琳、もう寝た?」


宣利さんの声が聞こえてきたが、もう返事をする気力はない。


「寝ちゃったか。

おやすみ、僕のお姫様」


優しい口付けを最後に、意識は完全に眠りの帳の向こうへ閉ざされた。




「ん……」


寝返りを打とうとしたが、身動きが取れない。


「なに……」


目を開けたらすぐ傍に、宣利さんの顔があった。


……えっ!?


おかげで、いっぺんに目が覚める。

身動きが取れないとは思ったが、がっちがちに彼の手足が絡まっていた。


……いやいやいや。

これはどういう状況だ?


動きたいが気持ちよさそうに眠っている彼を起こすのも忍びない。

仕方なく、じっとした。


……てか、眼鏡かけてない顔、初めて見るな……。


もう夕方だというのに、髭が伸びている気配がない。

お肌も羨ましいくらいつるつるだ。

睫は存外長く、ビューラーでも使ったみたいに綺麗にカールしている。


……ほんと、綺麗な顔してるよね。

嫉妬しちゃうよ。


鼻でも摘まんでやりたいが、がっちりホールドされていて無理だった。


「んん……」


そのうち、宣利さんが小さく身動ぎをした。

そのままゆっくりと、瞼が開く。


「おはようございます」


「……おはよう」


目のあった彼がふわっと笑う。

空気に溶けてしまいそうなそれは酷く幸せそうで、私の心まで幸福感で満たされる。


「この状況を少し、説明してもらえると……」


「ん?」


起き上がった彼は、近くに置いてあった眼鏡を手に取ってかけた。


「花琳の寝顔を見てたら僕も眠くなってきちゃって、一緒に寝たんだけど……。

悪かった?」


少し、心配そうに彼が眼鏡の奥からうかがってくる。

そんな情けない顔しないでよ!

ダメって言えなくなっちゃうじゃない。


「……ダメじゃないですけど」


「よかった」


私の返事を聞き、彼の右の口端が僅かに持ち上がる、途端にカッと頬が熱を持った。

あれ、演技だったんだ!

ほんとに意地悪なんだから。

……でも。

宣利さんに抱き締められていたのは、それだけ愛されているみたいで嬉しかったのも事実だ。


「夕食はルームサービスを取ろうと思ってるけど、どうかな?」


「ルームサービス……?」


別にわざわざそんなもの取らなくても、ホテルに入っているレストランで摂ればいいのでは……?


「ここで夕食を摂りながら花火を見るのもいいだろ?」


思わず、うんうんと頷いていた。

なんで宣利さんってこんなに素敵なことばかり思いつくのだろう?


それでも少し早めの時間にルームサービスを頼む。

やっぱり花火は暗くした部屋で見たい。


「花琳。

姉さんの嫁教育、お疲れ様」


「ありがとうございます」


ノンアルコールのカクテルで乾杯。

泊まりなんだから宣利さんは飲めばいいのに、ひとりだけ飲んでもつまらないと私に付き合ってくれた。


「ほんとにごめんね、花琳をあんな目に遭わせて」


本当に嫌そうに、彼の眉間に深い皺が刻まれる。


「もし、流産していたらどうするつもりだったんだろうね」


「そう……ですね」


つい、ナイフとフォークを置いて自分のお腹を見ていた。

そうなっていたらと考えると、怖い。

子供の命を失うのはもちろん、……この子がいなくなったら?

そのときはこの婚姻関係も終わるんだろうか。

そう考えると怖くて怖くて堪らない。


「宣利さんは……」


そこまで言って、止まる。

子供ができなかったら復縁しなかったのかなんて、聞けない。

そんなの、当たり前じゃないか。


「花琳?」


私が言い淀み、彼は怪訝そうだ。


「宣利さんは子供、好きですか?」


笑って、話題を変える。


「んー、正直言って苦手なんだが……」


それは以前の彼ならば意外でもなんでもない答えだった。


「子供が生まれると思ったら、急に可愛く見えてきたんだよな。

他人の子でもそうなんだから、不思議だよ」


盛んに彼は首を捻っているが、それって父性が芽生えてきたってことじゃないのかな。


「だから、目一杯可愛がると思う。

少なくとも僕みたいには育てたくない、かな」


笑う宣利さんは少し淋しそうだった。

その顔を見て、胸がつきんと痛む。

前も言っていたがこの人はきっと、淋しい子供時代を送ってきたんだろうな。

それを、私が少しでも癒やしてあげられたらいいのに。


「いっぱい甘やかせて可愛がりましょう!

淋しい思いなんて私が絶対、させません!」


「そうだな」


泣き出しそうに彼が笑う。

こんな顔、もうさせたくない。

私が絶対に宣利さんを幸せにするんだ。

彼からしたら迷惑かもしれないけれど。


「あ、でも、ただ甘やかせるのはダメですよ。

いけないことはちゃんと叱らないと」


「そうだな、いい反面教師がいるしな」


同じ人を思い浮かべているのか、宣利さんはおかしそうだ。

うん、典子さんのようにだけは絶対にしてはいけない。

極端なんだよね、ここの姉弟。

姉は我が儘放題だし、宣利さんは生命の危機を感じるほどストイックだし。



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