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4-1

ベッドに横になり、ぐったりしていたらドアがノックされた。


「花琳……?」


ドアの外からは宣利さんの声が聞こえてくるが、返事をする気力もない。


「入るよ……?」


おそるおそるといった感じで彼が入ってくる。


「NyanNyan、電気つけて」


真っ暗だとわかり、宣利さんはすぐにスマートスピーカーへと指示を出した。


「大丈夫か?」


私の枕元に座り、心配そうに彼が聞いてくる。

もそりと動き、その腰に抱きついた。


「なにを、させられた?」


そっと彼の手が私の髪を撫でる。

でも、聞かれても答えられない。


今日は典子さんに呼び出され、同じようなセレブの奥様が集まるランチ会に連れていかれた。

しかも事前に説明なしで、だ。

当然、その場にふさわしい格好などしていない。

マナーも知らないのかと笑われた。

その場にいるのは典子さんと大変仲のいい方たちなので、その後も馬鹿にされ、笑われ続けた。

しかも立食で、私は典子さんに命じられるがままに奥様方を接待してまわり、座らせてもらえない。

これのどこが嫁教育なのかわからないが典子さん曰く、「上流階級の奥様としての品位を学ぶため」らしい。

私に言わせればそういう方たちの下品な部分を目の当たりにさせられただけ、だが。


そんなわけで体力、メンタルともに削られ、ぐったりとしていた。

けれどこれを話すのは典子さんの悪口を言うようで、気が引ける。


私が黙っているから呆れたのか、宣利さんが小さくため息をついた。

おかげでびくりと身体が小さく震える。


「怒ってないよ。

今日は姉さんとどこに行ったかだけ、教えて」


ぽんぽんと軽く、彼が私の頭を叩く。

それで身体に入っていた力を抜いた。


「……昼食会」


私から出た声は、聞き取れないほど小さい。


「うん、わかった」


でも、宣利さんには聞こえたみたいで、また軽く頭を叩かれた。


「食欲は、ある?

動けそうならなんか食べに行くし、無理なら買ってくるか取るかするけど」


「……傍に、いて」


「……わかった」


少し動いた彼の手が私の脇の下に入る。

そのままベッドヘッドに寄りかかるようにして座り、私を膝の上に抱き上げた。


「今日もいっぱい、頑張ったね」


宣利さんの胸に顔をうずめる。

そんな私の髪を、彼は撫でてくれた。


「花琳は偉いよ」


じっと、褒めてくれる彼の声を聞く。

それだけでささくれていた気持ちが治っていくのはなんでだろう。


「本当に偉くて可愛い、僕の自慢のお嫁さんだよ」


ちゅっと軽く、宣利さんの口付けがつむじに落ちる。


「僕はこんなに可愛くて頑張り屋な花琳が奥さんで、本当に幸せ者だな」


ちゅっとまた、口付けが落ちる。


「強くて、優しくて。

可愛いなんてもう、完璧じゃないか」


褒め続ける彼の声と口付けで、意識がとろとろと溶けていく。


「花琳と結婚できて、本当によかったな。

可愛い可愛い、僕の花琳。

もう、眠ったのかい?」


もう身体に力が入らず、ぐったりと彼にされるがままに身体を引き剥がされた。

私の目尻に口付けを落とし、宣利さんがベッドに寝かせてくれる。


「おやすみ、僕の花琳」


唇に落ちた口付けは、酷く優しい。

――けれど。


「僕の花琳を苛めるヤツは絶対に許さない」


最後に聞こえた声は、酷く冷たかった。




夜中、酷くお腹が張って目が覚めた。


……大丈夫なのかな。


そっと触れてみるが、判断がつかない。

前にお腹が張ったときはドクターから動きすぎだと言われた。

典子さんに倉森の祖父母の家に連れていかれ、何時間も廊下と床掃除をさせられた日の話だ。

適度な運動はいいが動きすぎはよくないと言われていたのに。


「どうしよう……」


気になると急に不安になってくる。

病院?

宣利さんを起こしたら怒られるかな。

悩んだ末、彼の部屋のスピーカーへ話しかけた。


「宣利、さん」


「どうした?」


すぐに向こうから、声が帰ってくる。


「お腹が、張って……」


「すぐ行く」


それからまもなく、宣利さんが勢いよくドアを開けた。

もう寝ていたのか、パジャマ姿だ。


「大丈夫か?」


傍に駆け寄り、ベッドサイドに膝をついてまだ横になっている私の顔を彼が心配そうにのぞき込む。


「あ、すみません……。

なんか少しずつ、治まってきてるみたいで……」


あんなに感じていた張りは次第に治まりつつあった。

これなら起こしてしまって、申し訳ない。


「本当に大丈夫か」


起き上がる私に手を貸してくれた宣利さんの眉間には、深い皺が寄っていた。


「はい、大丈夫です」


大丈夫だと笑ってみせる。


「無理してないか?

花琳はすぐに我慢するから」


けれど彼の不安は晴れない。


「大丈夫ですよ。

もうだいぶ、治まりました」


「なら、いいが」


ようやく安心してくれたのか、彼はほっと息をついた。


「お腹、空いてないか?

夜も食べてないし、昼もほとんど食べられなかったんだろ」


「そう、ですね……」


言われればお腹が空いていた。

けれどこんな時間に食べるのはどうかと思う。


「なんか食べるものを用意する。

ちょっと待ってろ」


「あの!」


止める間もなく宣利さんは部屋を出ていった。


「なん、だろ」


ぽすっと枕に頭を預ける。

復縁してからというもの、とにかく彼は私に甘い。

前の生活が嘘みたいに、なんでもしてくれる。

なんでだろう?

きっと自分の子供を妊娠しているから、っていうんだろうけれど。


「お待たせ」


少しして宣利さんがトレイにミニ土鍋をのせて戻ってきた。


「そのままでいい」


ベッドから降りようとした私を彼が止める。

トレイは脚付きだったようで、ベッドにいる私が食べやすいようにセットしてくれた。


「おじやにしたが、よかったか?」


蓋を開け、彼がよそってくれるけれど。


「どうかしたのか?」


不思議そうに彼がレンズの向こうで瞬きし、自分が彼を凝視していたのに気づいた。


「……いえ、なんでもないです」


笑って誤魔化し、お皿を受け取る。

料理ができたなんて意外すぎる。

ひとくち食べたそれは、お出汁が優しく身体に染みた。


「初めて作ったんだが、どうだろう?」


「え?」


レンゲに掬ったそれを、まじまじと見つめる。

初めてだと言われなければわからないくらい、美味しい。

でもまあ、おじやなんて出汁さえちゃんとできれば、あとはご飯入れて玉子を流し込むだけだから、失敗はほぼないともいえるが。


「美味しいです」


「よかった」


本当に嬉しそうに宣利さんが笑う。

おかげで胸がきゅんと甘い音を立てた。


「そうだ。

明日、念のために病院へ行こう。

予約を入れておいた」


なにが楽しいのかベッドサイドにスツールを持ってきて座り、宣利さんは私が食べるのをにこにこ笑って見ている。


「えっ、いいですよ!」


もう治まったし、大袈裟だと思う。


「そりゃこのあいだ、すぐに治まるんなら気にしないでいいとは言われたよ?

でもそれは昨日、花琳が無理したからだろ。

なんかあったら心配。

だから念のために診てもらうに越したことはないだろ」


「うっ」


その長い人差し指で額を小突かれ、返す言葉がない。


「なにもなかったらなにもなかったでいいんだし。

わかったか」


「……はい」


レンゲを行儀悪く口に咥え、了承の返事をした。


食べ終わったら今度は、宣利さんに寝かしつけられた。


「ひとりで寝られますよ」


「いいからさっさと寝ろ」


抗議したものの、無理矢理枕に押さえつけられる。

枕元に座り、子供を寝かしつけるみたいに身体をぽんぽんと軽く叩いてきた。


「……子供扱い」


唇を尖らせたら、すかさずそこにキスされて黙ってしまう。


「んー?

じゃあ、ついでに子守歌を歌ってやろう。

London Bridge falling down……」


優しい歌声がダウンライトにした、薄暗い部屋中に響く。

それが酷く心地よくて、お腹も満たされたのもあってそのうち眠っていた。



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