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1-5

「今日は接待かなー」


毎日夕食を作っているが、たまに無駄になる日がある。

宣利さんの予定を確認しているわけではないので仕方ない。


「これはもう、いらないなー」


十時を回って帰ってこないときは諦めてひとりで食べるようにしていた。

彼の分はあとでラップしてしまって、明日のお昼に回す予定だ。


ごはんを食べていたら玄関が開く気配がした。

宣利さんが帰ってきたようだ。


「あっ、おかえりなさい」


いつもは直接部屋へ行くのに、彼がダイニングに顔を出して驚いた。


「今頃食べているのか」


「そう、ですね」


さらに珍しく質問をされた。

明日は雨なんだろうか。


「これは僕の分?」


「はい……」


彼がテーブルの上に並ぶ食事を見下ろす。

しかしレンズの奥の目からはなにを考えているのか読み取れない。


「……はぁーっ」


大きなため息をついたかと思ったら、ノットを何度か揺らしてネクタイを緩め、彼は椅子に座った。

そのまま、箸を取って食べ始める。


「えっと……」


「作ったのなら食べないともったいないだろ」


それはそうだけれど、食べて帰ったのなら無理して食べる必要はない。

それに作ったのは私の勝手だ。


「もしかして今までも、僕の帰りが遅い日も作ってたのか」


「……はい」


「うん、わかった」


それっきり彼は黙って料理を食べている。

てっきり、怒られるのだとばかり思っていた。

それとも呆れ果ててなにも言えない?

いや、もしかしたらただの事実確認という可能性も捨てきれない。

なにしろ宣利さんはいつも真顔だから、なにを考えているのかわからないのだ。


「ごちそうさま」


今日も食べ終わり、丁寧に彼が手をあわせる。

しかしいつもと違ったのは、食器を避けて携帯を手にした点だ。


「君の携帯、貸して」


「はぁ……?」


なにをしようというのかわからないが、渋々自分の携帯を渡す。

どのみち、ロックがかかっている。


「ロック、解除して」


「えっと……」


受け取った携帯を彼が戻してくる。

さすがにそれはたじろいだ。

私の素行調査でもしようというんだろうか。


「早く」


「……はい」


レンズの奥から睨まれ、仕方なくロックを解除して渡した。

別に見られてやましいものなんて……電子書籍のBLとTLのコレクションくらいしかない。


「アカウント登録して」


今度、戻ってきた携帯の画面にはスケジュール管理アプリが表示されていた。

もしかして、これをインストールしていたんだろうか。

宣利さんがなにを考えているのかさっぱりわからないまま、アカウントを作った。


「できたら、貸して」


「はい……?」


再び携帯を彼に渡す。

画面にしばらく指を走らせたあと、彼はまた私に携帯を返してくれた。


「僕のスケジュールを共有してある。

これで確認すればいい」


椅子から立ち上がり、宣利さんはテキパキと自分の食器を下げていく。

確認したそのアプリには確かに、倉森宣利さんとスケジュールが共有されていると表示されていた。


「あ、あの」


「じゃあ」


私を無視し、数歩歩いたところで彼が振り返る。


「今日も美味しかった」


「えっ、あっ、お粗末様でした」


戸惑っているうちに彼はリビングを出ていった。


「えっと……」


じっと、携帯の画面を見つめる。

これは今日みたいな日、このアプリで確認して食事を用意して待たずに食べればいいということですか……?


「なんだ」


気づいた途端、おかしくなってくる。

もしかしたら本当は、私の顔を見たくないほどこの結婚が嫌だったんじゃないかと思っていた。

けれどこうやってちゃんと気遣ってくれている。

少しずつ歩み寄っていけば、彼もこうやって返してくれるかもしれない。

そうすればそのうち、打ち解けられるかも。

でも、そこまで時間があるのかはわからないけれど。




それからは宣利さんのスケジュールを確認しながら食事の用意をするようになった。


「かえった」


「おかえりなさい」


この頃は帰ってきたら声をかけてくれる。

ちなみに出ていくときは私の部屋をノックだ。

これだけでも今までに比べたら大きな変化で、嬉しくなってしまう。


「明日、実家に行かなくていい。

僕から連絡を入れておいた」


「えっと……」


別に共有する義務もなかったが、一応連絡のつもりでスケジュールアプリに宣利さんの実家へ行く旨、入れておいた。

でも、行かなくていいって?

彼の姉である典子さんに呼びつけ……お招きされたんだけれど。


「本当にいいんですか」


そろりと上目遣いで彼をうかがう。


「僕がいいと言っているんだから、行かなくていい。

それだけだ」


「はぁ……」


それで話は終わりとばかりに宣利さんはお味噌汁を啜った。

行かないでいいのは少し……とても助かる。

典子さんは私がお金目当てでこの家に嫁いできたと決めつけていて、私をよく思っていなかった。

確かに父が経営している会社の立て直しを条件に結婚を決めたので、お金目当てと言われても否定はできない。

そんな具合なのであまり顔をあわせたくなかったのだ。

それに。


『宣利はあなたに好き勝手させているようだけど、私はそうはいかないわ。

倉森の嫁としてしっかり躾けてあげる』


……なんて呼び出されて、行きたい人間がいるだろうか。


……もしかしてまた、気遣ってくれたのかな。


もくもくと箸を運ぶ彼をちらりと見る。

宣利さんは自己完結しているからか、とにかく言葉が足りない。

でも、なんとなく私を凄く気遣ってくれている感じがする。

もしかして私と同じように、私がこの結婚は凄く嫌で、自分の顔を見るのも不快なんじゃとか思って部屋に閉じ籠もっているんじゃないかとか考えてしまう。

まあ、彼の場合それよりも、部屋で仕事やなんかいろいろするほうが好きって可能性が高いけれど。



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