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1-4

結婚後は宣利さんが住んでいたタワーマンションで引き続き暮らすようになった。

新婚生活はもちろん、寝室は別だし生活も別だ。

結婚にともなって仕事は辞めさせられたので、できた時間を資格取得に当てる。

……そう。

仕事は宣利さんの曾祖父に辞めさせられた。


『倉森の嫁が一般社員として働くとかみっともないことはさせられない』


……らしい。

まあ、仕事に未練はないからいいけれど。

この機会に飲食の資格を取れるだけ取って、離婚後は父の仕事を手伝おうと思っていた。


夜、自室で映画をパソコンで観ていたら人の気配がして、一旦止めた。

廊下に顔を出すと隣の部屋のドアが閉まるところだった。


……帰ってきたんだ。


宣利さんは家を出るときも帰るときも声をかけてくれない。

それどころか私はまるで空気にでも思われているようだ。

そこまで無関心なのは返って清々するが、一応は一緒に暮らしているので挨拶くらいはしてほしいと願ってはいけないだろうか。

それに知らないうちに帰ってきているのはびっくりするし。

あと、気になることがあるのだ。


もう、夜中に近い時間になってキッチンへ行く。

ゴミ箱を開けて中をチェックした。


「やっぱり食べてないよね」


宣利さんが家で飲食している形跡がないのだ。

最初は外食派の人なのかと思った。

しかし今日のように、仕事が終わってどこにも寄らなかったとしか思えない時間に帰って来るときも多い。

それに休日はトイレと入浴以外、ほぼ部屋から出てこないのだ。

もしかして部屋で食べているのかと失礼ながら週二で入っている家政婦さんに断ってゴミチェックさせてもらったが、やはり形跡はなかった。

代わりに入っていたのは、大量のサプリメントの空袋だった。


……あの人はサプリメントだけで生活しているのか?


そんな疑惑が持ち上がってくる。

いや、ここまで変態チックにチェックする必要はないのはわかっている。

ゴミチェックする私を家政婦さんだって苦笑いしていたし。

しかし飲食業の娘、しかも人々をお腹いっぱいにして笑顔にしたいなんて理念の企業だからか、人様がきちんと食べているのか気になるのだ。


「よしっ」


宣利さんにごはんを食べさせよう。

自分勝手にそう決めた。


翌日は近所のスーパーでメニューを考えながら買い物をする。

今までは自分ひとりだから好きなものを作っていたが、今日はそうはいかない。

見栄えとバランス、味も考えなければ。

しばらく悩んでメインにカレイの煮付け、ポテトサラダにほうれん草のおひたし、キノコと玉子の味噌汁にした。


帰ってくる予想時間を見据えながら調理する。

けれどできあがって一時間経っても帰ってこない。


「遅いなー」


とはいえ約束をしているわけでもない。

時間が経つにつれて、もしかして今日は接待だったんだろうかと不安になっていく。


「あっ」


そのうち、玄関の開く気配がした。

ダッシュでリビングを出る。

部屋に入られる前に捕まえなければならない。


「おかえりなさい!」


黙って私を見下ろしている彼がなにを考えているのかわからない。

けれど断られるのが怖くて、一気に捲したてる。


「食事、作ったんです。

一緒に食べませんか」


しばらく私を見つめたあと、彼は面倒臭そうに大きなため息をついた。


「だから僕のことは気にしなくていいと……」


「その。

つい、作り過ぎちゃったんです!

だから、食べてくれると嬉しいなー、……なんて」


必死に挽回を図ったが、眼鏡の奥からこちらを見る冷たい目にたじろいだ。

おかげで最後は小さな声になって消えていく。


「……はぁーっ」


さらに彼にため息をつかれ、びくりと身体が震えた。


「わかった。

食べるからそんな目で見るな」


「え?」


そんな目と言われても、自分がどんな目で彼を見ているのかわからない。


「着替えてくる。

あれだったら先に食べていてもいい」


私の脇をすり抜け、宣利さんは自分の部屋へと向かった。


「あっ、じゃあ温めておきますね!」


閉まるドアに向かって声をかけ、私もキッチンへ行って料理を温め直す。

とりあえず、食べてくれると言った。

それだけで一歩前進だ。


そのうち、着替えた宣利さんがダイニングに来た。


「お口にあうかわかりませんが」


ご飯をよそい、温めた料理と一緒に並べる。

椅子に座った彼は、無言で食べ始めた。

私も前に座り、食事を口に運ぶ。


……き、気まずい。


誘っておいてなんだが、無言の食卓は精神に堪える。


「その。

お味は、どうですか?

薄かったり濃かったりしないですか」


ぴたりと箸が止まり、じっと彼が私の顔を見る。

けれど少ししてまた、食べだした。


「え、えっと……」


それ以上、尋ねる勇気もなく、もそもそと私も食事を続けた。


「ごちそうさま」


食べ終わった宣利さんが、丁寧に手をあわせる。


「美味しかった」


椅子を立った彼は手早く食器を流しに下げ、ひと言そう言って去っていった。


「……へ?」


ひとりになり、間抜けにも変な声が出る。

渋々、食事をしてくれたのだと思っていた。

しかし、「美味しかった」って?

ただの社交辞令?

それとも喜んでくれた?

ううん、あれだけ私に無関心だった彼が、社交辞令でも美味しかったと言ってくれたのは嬉しい。


「よーし、これからも張り切って作っちゃうぞー」


せめて会社の同僚程度の関係くらいにはなって、居心地のいい生活をゲットするのだ!




それからも毎日、食事を作って宣利さんの帰りを待った。


「ごちそうさま。

美味しかった」


最初のうちこそ渋られたが、最近は根負けしたのか文句を言わず食卓に着いてくれる。

食事中はいつも無言だが、食べ終わったあとは手をあわせてそう言って、食器を下げてくれた。


「今日も完食、と」


料理の残っていないお皿を見て、にんまりと笑う。

宣利さんは必ず、残さず全部食べてくれた。

きっとそれなりに美味しいと思ってくれているんだと私は思っているんだけれど、どうだろう?

でも、社交辞令だったとしても、私を気遣ってくれている気がする。

それに思ったことをはっきり言う彼のことだ、マズかったり嫌だったりしたらそう言うはずだ。


「明日はなんにしようかなー?」


この頃は毎日、夕食を作るのが楽しくなっていた。



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