泣きはらした
二星の
「
桃英の声音は、とても静かなものだ。
その静けさのなかに強い意志を宿した、鮮やかな瑠璃の瞳をしている。
「
「一族の秘密を明かしてくださったあなた方の信頼に、私たちも応えたい」
「……と、おっしゃいますと?」
ただならぬ気配を察したのだろう。慎重に一心が問う。
しばしの静寂をへて、ついに桃英が口をひらいた。
「われら早一族の機密。早家が生み出した秘薬、『
刹那、この場に居合わせただれもに、戦慄が走る。
──『
──殿下を助けたいなら、急ぎな。
──お父上に、『千年翠玉』の作り方を訊くんだ。
「
「落ち着きなさい、
桃英になだめられ、はっと我に返る。
「……申し訳、ありません」
焦る気持ちをぐっとこらえ、早梅は居住まいをただした。
表情に暗い影を落とした娘を前に、桃英がふと瑠璃のまなざしをやわらげる。
「梅雪、おまえの気持ちはわかる。殿下の御身を案じるならば、このまま私の話を聞いてくれ」
「お父さま……それって」
思わず聞き返した早梅に、桃英はうなずく。
『すべて』を話すつもりなのだと、早梅は悟った。
「摂取した者の内功を爆発的に増幅させ、強大な力を養わせる秘薬、それが『千年翠玉』だ」
実物を目にしたことはある。が、その詳細を、早梅は知らない。
『千年翠玉』とは、いったいなんなのか。
どのようにしてうまれたのか。
早梅は息をのみ、じっと桃英の言葉を待つ。
やがて、決定的な言葉がつむがれる。
「『千年翠玉』の原料は、入手がとても困難であり、容易でもある」
「どういうこと、ですか……?」
「早一族の者の血液。それが、『千年翠玉』の原料であるからだ」
「なっ……血液ですって!」
「そうだ」
にわかには信じがたい話だ。
しかし、桃英はこんな冗談を言う性分ではない。
(『千年翠玉』の原料が、早一族の……私たちの、血液? それじゃあ……)
その事実が意味することに、早梅は気づいてしまった。
「『千年翠玉』の主成分は、『
あぁ、そうか。
──早一族のみにつたわる秘薬。
──それがなぜうまれたのか、なにを原料としているのか、考えたことはあるか?
──その答えは、そなたの身近にあるぞ。
思わせぶりな言葉の意味が、ようやく理解できた。
(
だとするなら、飛龍の凶行の理由も説明がつく。
桃英らを惨殺し、早梅のみを連れ去ろうとしたのは、か弱い早家の娘がひとりいれば、事足りるからだ。
そして飛龍の予想に反し、奪い取ろうとした最後の『千年翠玉』は、早梅が摂取してしまった。
求めていた秘薬は、すでにない。
生き残った早家の娘は、製造法を知らない。
となれば、飛龍が取る行動はひとつ。
(私の血から、直接『氷毒』を摂取していたのか)
事あるごとに早梅の首すじに食らいつき、血を啜っていたのは、『千年翠玉』の原料である『氷毒』を体内に取り込むため。
早梅の血を啜り、弱るどころか力をみなぎらせていたのは、『氷毒』の作用を完璧に制御し、我が物にしたがためなのだ。
「通常、『氷毒』は猛毒だ。摂取したほとんどの者を死にいたらしめる。だが見事制御し、糧とできたならば、王たる毒すらかき消す力をもたらす」
「思い返せば、
すくない情報から物事の核心にせまるさまは、さすが一心といったところか。
「梅雪、それから
「はい。俺はとくに、問題はありませんでした」
「私は内功が暴走する寸前でしたが、紫月兄さまが制御法を教えてくださったおかげで、事なきを得ました」
「そうか。おまえたちが摂取した『千年翠玉』は、私の血と氷功によって作り出したものだ。とくに近しい血縁者の場合は、拒絶反応もすくない。そのために、うまく肉体になじんだのだろう」
「そうだったのですね……」
ほっと胸をなで下ろす早梅だが、はたと気づくことがある。
同様に、反応を見せる人物がいた。
「お待ちください。二年前、わたしも梅雪に『千年翠玉』を分けてもらいました。拒絶反応もまったく現れませんでした」
「なんと……それは本当か、梅雪」
「あぁそうだ、なんであんなばかげたことになってたのか、説教するの忘れてたわ」
早梅はぎくり、とした。
「おいしかったから、ノリでシェアしちゃったんです〜」とは、口が裂けても言えない。
「えっと、それはその……」
助けを求めて
「ったく、いくら可愛いわんこ相手でも、危険なものをホイホイ食わせんな」
「ごめんなさい……」
紫月に小突かれる。これでもかなり手加減をされているほうだ。
「紫月の言うとおりだ。何事もなかったからよかったものの、一歩間違えば憂炎殿の命を奪っていたかもしれないのだぞ」
「はい……二度と、このようなことがないように気をつけます……」
ずぅん……と重い空気をまとって消沈する早梅に、桃英は嘆息をひとつ。
「わかればいい。拒絶反応がなかったということは、憂炎殿の内功と『千年翠玉』の相性がよかったのだろう。奇跡的なことだ」
「だとすれば、わたしのような若輩者が
「うん、まぁただでさえラスボス補正があるのに、そこに最強強化アイテムを投入しちゃったら、なおさらやばいことになるもんね」
「え? なにか言いましたか、梅雪?」
「なんでもないです」
ちなみに、『
つまり、原作の『憂炎』よりも強化された状態なのだ。
いろいろぶち壊しちゃったかな……と焦りを覚える早梅だが、いまさらである。
早梅は咳ばらいをひとつ。気を取り直して、桃英へたずねる。
「もうひとつ、お父さまにお聞きしたいことがございます。飛龍は、なぜ『千年翠玉』の存在を知っていたのでしょうか?」
とたん、桃英の面持ちが険しくなる。
「飛龍は、皇室と早家が、古くから切り離せない関係にあると話していました。
意を決し、桃英へ問う早梅。
にわかに緊張が走る。
長い長い沈黙ののち、ようやく桃英が言葉をつむぐ。
「『そのこと』について話す前に……お祖父様にご協力いただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
ここで名を呼ばれたのは、
「んお? 俺か? おう、べつにかまわねぇけどよ」
晴風も、まさかじぶんが名指しされるとは思わなかったのだろう。
首をかしげつつも、桃英の申し出にふたつ返事で了承した。
「一心殿、少々用意していただきたいものがあるのだが」
「承知いたしました。すぐにご用意しましょう」
そうこうしているうちに一心も席を立ち、桃英、晴風とともに退室してしまう。
「お父さま……なにをなさるおつもりなの?」
いったいなにが起ころうとしているのか。
ざわつく胸を、早梅はどうすることもできなかった。