「
「お恥ずかしながら、私も数えるほどしか、父上にお会いしたことはございません。それも
「そうですね。俺もおぼろげとしか覚えておらず……おそらく、ひとことふたこと、お声をかけていただいた程度かと。ご多忙な方ですので」
「まぁ、毎日どこかでだれかが死にゆく世の中ですし、ご多忙なのも当然でしょうね」
天界やら地獄やら、神が関わる話となってくると、
「黒皇によく似た、若い男だったぞ。だから不思議とおそれはなかったな」
「私がお会いした
「僕の場合は、厳かなご老人のときもあれば、遊び人のような若者のときもありました」
おどろくべきことに、
「木王父さまは、死者の生前の所業を精査し、沙汰をくだされます。死者の心理状態を反映したお姿をとられることが多いせいか、私も本当の父上のお姿というのが、よくわからないのです」
まさに変幻自在。これも神のなせる
「俺も、
木王父がなにを考え、なにを成そうとしているのか。それを勝手に議論するのは、おこがましいだろう。
「私たち
「もうひとつ。僕ら猫族は『
「能力というのは、一心さまの空間を支配する力のような?」
「えぇ。ですから強大な力に目覚める可能性の高い
「事実、『
「地獄で審判を受けているあいだ、僕らは死者とおなじ状態ですから、年をとりません」
憂炎もようやく納得したようにうなずく。
「猫族のみなさんが若々しいのは、そのような理由があったのですね」
「えぇ。僕も実年齢は、四十をすぎています。若いころにやんちゃをして、死にすぎましたからねぇ。はは」
「一心さま……」
一心は冗談めかすが、その笑みが、早梅にはどこかさびしげに思えた。
九つの命をもつ猫族の秘密。
地獄の魔王の存在。
さまざまな真実が、次々と明かされてゆく。
「君が私たち兄妹を救ってくれたのだな、
「もちろん、危険をともなう禁術よ。だれにでも好き放題命を渡せるわけではない。猫族同士ですら、命の譲渡は忌避されているわ」
「危険を承知で、君は……」
「桃英も、桜雨も、私にとってたいせつなひとなの。かけがえのない唯一無二の存在なの。旭月をさがして、私は
「……紅娘」
そこまで矢継ぎ早に桃英へ吐露した二星が、ぐっと唇を噛みしめる。
「だけど、私、うまくできなくて……あなたたちに半分ずつしか、命をあげられなかったの」
弱々しい二星の言葉に、はっとしたように桃英が身じろぐ。
そうだ。紫月をかばって『四宵』が命を落とした時点で、残りの数は三。
そこから桃英と桜雨へそれぞれ命を譲渡したなら、彼女がいま『二星』であるはずがないのだ。
「桃英さまと二星は、男女のちぎりを交わされています。これは気交に等しいものです。ゆえに、桃英さまには耐性があった。しかし桜雨さまのおからだは、二星の命、つまり異物の侵入に耐えがたかったのでしょう」
本来命の譲渡は、成功率がきわめて低い。
奇跡的に成功したとしても、相性によっては拒絶反応が起きてしまう可能性が高いのだという。
その拒絶反応こそ、桜雨が長らく意識不明であった原因。
「譲渡の成功率は、命のもち主の肉体的、精神的状態に大きく依存します。無理な命の譲渡による反動で二星は記憶をなくしてしまいましたが、無事記憶を取り戻したことで、桜雨さまもお目覚めになったのです」
「でも、桃英を傷つけてしまったわ……こんなに愛しているあなたを忘れるなんて、酷い女よね」
うつむく二星。すると、桃英が静かに椅子から立ち上がる。
桃英は二星のもとへ歩み寄ると、ひざをつき、ゆれる紫水晶の瞳とおなじ目線までかがみ込んだ。
「私は平気だ。君が気に病むことはない」
「桃英、でも……私は生命の
「それでいい。なにを恐れることがあろうか」
「え……?」
「私と、桜雨と、君は、運命共同体。決して切れぬ強いえにしでつながっているということだろう。歓喜することはあっても、悲観することなどない」
「そうですね。お兄様のおっしゃるとおりです」
間髪をいれず、桜雨は断言する。
すぐさま桜雨は、呆けた二星の手を取った。
「私たちのために、必死にがんばってくれたんでしょう? こんなにうれしいことはないわ。また梅雪や紫月に会えたのも、あなたのおかげよ。本当にありがとう、二星」
「桜雨……」
「ねぇ、あなたはもっと自信をもっていいわ。愛されているっていう自信よ。お兄様なんてあなたを娶る気満々なんだから、観念してはやくお嫁においでなさいな。私、あなたと姉妹になりたかったの。本当の家族になりましょうよ」
「家族……私たちが……?」
「そうよ。家族。楽しい想い出を、みんなでつくっていきましょう。ね、二星、だいすきよ」
「っ、桜雨……私のほうが、だいすきなんだからぁ〜っ!」
桜雨の殺し文句に、二星も涙腺が決壊。がばりと抱きつき、号泣する。
「あらあら。うふふ、泣き虫なお姉様ね」
ほほをゆるめる桜雨は、まんざらでもなさそうだ。
瑠璃の瞳をゆらめかせた桃英は、言葉をかける代わりに、抱き合うふたりを両腕でつつみ込む。
力強い、慈愛に満ちあふれた腕だった。
(あぁお父さま、お母さま、二星さま……よかった。本当に)
目の前の光景を見守る早梅の胸にも、じんわりとぬくもりがともった。