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第246話 地獄の魔王【前】

「……お話を逸らしてしまい、申し訳ございません」


 早梅はやめはこほん、と咳払いをひとつ。

 収拾のつかない会話に、なんとか区切りをつけた。


「目的地が決まったことですし、私からも現状のご報告をさせていただきます。お任せいただいている皇兄殿下──ルオ蒼雲ツァンユンさまと、捕虜として尋問をおこなっているシュンについてです」


 一心イーシンをはじめとして、円卓を囲んだみなが真剣な面持ちを浮かべ、早梅を見つめ返す。

 早梅は蒼雲を一般の船室へ移動させたこと、みずから迅のもとへおもむいたことなどを、簡潔に説明した。


「蒼雲さまは、私になんらかのお話があるようでした。幸建こうけんの街へ着くまでに、個別でお話をする機会をもうけさせていただきます」

「それがよろしいでしょうね。『彼』については、いかがいたしましょうか?」

「ひとまず、迅はここから逃げ出すつもりは毛頭ないということがわかりました。今後も合間を見て面会の時間を取りたいと思います。彼から得られる情報は、すくなくありませんので」

「おまえがそこまでする必要はないだろ」


 すかさず、紫月ズーユェが異議をとなえる。

 反対されるのは承知の上だ。だが早梅とて、迅を警戒していないわけではない。


「彼は私に好意的ですが、まだ噛みつかないとも言いきれません。ですので、完全に手懐けます。そのためには、相応の時間が必要なのです。『首輪』も私が用意します」

「なにか、考えがおありなんですね」

「はい。彼をこちら側へ引き込んだ責任があります。どうかこのまま、私におまかせください」

「わかりました。梅雪メイシェさんのお考えどおりになさってください。でも、困ったことがあれば、すぐに僕たちに声をかけてくださいね。君のために協力は惜しみませんから」

「ありがとうございます、一心さま」


 この場において、一心の発言力は大きい。その一心が早梅の方針に理解を示しているのだから、紫月もあからさまな不満は口にできなくなった。

 その後、六夜リゥイ五音ウーオンにまかせているようにマオ族の男衆が迅の監視を続け、早梅が面会の際にさらなる情報を聞き出すということで、話はまとまった。


「あらかた、話は終わったか。職務にもどる」


 折を見て、陽茶木ヤンチャムが椅子から腰を上げる。

 そうだ、陽茶木はこの船の船長。長話で拘束しているわけにはいかない。


「陽茶木さま! お忙しい中に貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」


 時間を取らせた謝罪も含め、早梅は頭を垂れる。


「礼は必要ない」


 だが陽茶木はそうと言い残しただけで、談話室を出てゆく。

 黒皇ヘイファン以上に無口で、無表情なため、陽茶木の考えていることがさっぱりわからない。


「ふふ、『助け合うのは当然のことだから、わざわざお礼を言わなくてもいいんだよ』という意味です」

「一心さまは、陽茶木さまの考えていらっしゃることがおわかりで……?」

「えぇ。おおらかで、とてもおやさしい方です。梅雪さんもすぐに打ちとけられますよ」


 一心はそこまで言うと、「さて」と卓上で手を組む。


「今後の方針に関するお話は、このあたりで。ここからは、僕個人から、みなさまへたいせつなお話をさせていただきます。猫族に関するお話です」

「でしたら、わたしたちは席をはずしましょうか?」


 憂炎ユーエンはそういって、シアンのほうへ目配せをするも、席を立つ前に一心が首を横にふってみせた。


「いえ。これから申し上げますことは、本来ならば一族の機密情報となります。ですが、八歌バーグェの一件もございます」


 たしかに憂炎も爽も、彼ら自身は猫族と関わりはない部外者ではあるが、八歌──九詩ジゥシーが命を落とし、よみがえるさまを目のあたりにしている。


「ともに手を取り合うみなさまにはお伝えすべきと思い、この場を借りて『すべて』をお話しさせていただきます。そのままご同席ください」

「承知いたしました。外部には一切もらさないことをお約束します」


 憂炎は浮かしかけた腰をふたたび椅子へ落ち着けると、一心へ続きをうながした。


「ありがとうございます。それでは──今回お話しさせていただくことは、桃英タオインさま、桜雨ヨウユイさまと大きく関わりがあります」


 琥珀色のまなざしが、桃英、桜雨を見据えた。

 背をのばし、身構える桃英たちを前にして、早梅は瑠璃色の瞳を細める。


(あぁ、ついに……か)


 これから語られるだろうことを、早梅はすでに知っている。

 一心が、六夜が、五音が、教えてくれた。


「二年前、おふたりの身に、いったいなにが起こったのか」


 心臓をつぶされた感触を覚えていると、桃英は話していた。

 だというのに、どうして桃英、桜雨のふたりは、五体満足でここにいるのか。

 その答えを、一心はこう断じる。


「おふたりは、死の淵からよみがえったのです」

「死の淵から、よみがえった……やはり生き返ったということか? 猫族でもないのに?」

「えぇ、猫族ではないのに。ですがおふたりは、猫族と関わりがあった。それこそが唯一にして最大の理由。『たったひとつの例外』なのです」

「例外……ですか」

「それについては、私が説明するわ」

「……紅娘ホアニャン?」


 いまだ理解が追いつかない様子の桃英、桜雨に向けて、二星アーシンが口をひらく。


「ふたりには、私の命を分け与えたの。猫族は、じぶんの命を他者に譲渡できるのよ」

「なんと……」


 絶句する桃英。二星は静かな声音で、事のいきさつを語りはじめる。


「十五年前、私は旭月シューユェと離ればなれになり、一度命を落としたの」


 梅雪と出会う前、紫月たち母子おやこは行商で各地をまわっていた。

 あるとき、おとずれた街で貴族の放蕩息子に乱暴をされた二星──当時の四宵スーシャオは、命懸けで幼い紫月を逃がしたという。

 それは、紫月の口から聞かされた早梅も知るところである。


「ここでみなさまに知っていただきたいのは、命を落とすと、僕ら猫族はみな、地獄へ墜ちるということです。そこで木霞帝君ぼっかていくんより、審判を受けます」

「木霞帝君……」


 どこかで、聞き覚えがあるような。

 記憶をたどる早梅のそばで、息をのむ気配がした。


「木霞帝君。天界とは対極に位置する地界、木海ぼっかいにて死者を管理するお方──木王父ぼくおうふさま。私の、父上でございます」


 すべての女仙の母である金王母こんおうぼに対し、すべての男仙の父となる神、木王父。

 その名を黒皇から聞いていたことを、早梅は思い出す。

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